ビスマルクの残光

八島唯

文字の大きさ
上 下
37 / 63
第4章 国防軍との対決

フレーデン平原にて

しおりを挟む
 どこまでも続く地平線。ベルリンから少し離れただけで、このような草原が広がる。
 もし前大戦でロシア軍が攻めてきたら、ここが最終防衛ラインとなることだろう。第一次世界大戦ではまだ電撃戦、つまり機動力を利用した戦いは体系的に確立されていなかったが。
 しかしこの大地には何台もの戦車が展開する。歩兵と並走しつつ、仮想敵をゆっくりと掃討しながら進む。その姿は鉄の象さながらに、勇壮なものであった。
「すごいな」
 物陰から双眼鏡を覗きながら、峻一朗はそうつぶやく。そのかたわらにはナージが銃を構え、少年姿のリドールもいた。そして相変わらず『大佐』の服装できめているエットカルト。同じく軍服をまとうのはジョフィ女史である。もちろん男性の兵士の軍服であった。床には手錠をかけられたフリューガーがげっそりとしながら座っていた。
 古びた農家の二階。住人はすでになく、廃墟となっていた。そこからはこのフレーデン平原を一望することができた。逆に家の周りの小さな木々が家を隠し、向こうからは見えない。
「戦車――新兵器じゃないか。ヴェルサイユ条約で保有を禁止されたのでは」
「シュナイダー戦車でもなければ、イギリスの鹵獲品マーク戦車でもないですな。ありゃ、『ルノーFT』のように見えるが、どうなんだい?」
 エットカルトは双眼鏡を目からはなしながら、フリューガーに問いかける。しかし、フリューガーは無言である。
「まあ、予想するに――自国で生産できない以上輸入するしかない。イギリスやフランスはヴァイマール共和国に新型戦車を渡すなんてありえない。他に戦車を作れる国と言ったら――」
 エットカルトの独り言にびくっとフリューガーは反応する。それを面白そうに見つめるエットカルト。
「『ソヴィエト社会主義共和国連邦』......!」
 一九二二年、ヴァイマール共和国政府はいまだ国家としての体をなしていないソビエト・ロシア政府との間に秘密条約を締結する。お互いの友好条約であるとともに、秘密裏にお互いの軍事的な援助を定めたものであった。
 つまりヴェルサイユ体制下で表立って新兵器開発をできないヴァイマール共和国に変わって、ソ連がそれを援助する。ソ連国内でヴァイマール共和国の軍人が新兵器の開発に携わり、再び起こるであろう世界大戦に向けてちゃくちゃくと準備をすすめていたのだ。
「噂には聞いていましたが......まさか二カ国がこのような形で協力するとは」
 リドールが息を呑む。
「この場合、お互いがお互いを利用しあっている関係ですね。すこしでもそのバランスが崩れれば再び対立し合うでしょうが」
 そう言いながら、再び峻一朗は双眼鏡を覗く。そこには何人かの軍人が話し合いをしているようだったーー
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~

黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。 新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。 信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

朱元璋

片山洋一
歴史・時代
明を建国した太祖洪武帝・朱元璋と、その妻・馬皇后の物語。 紅巾の乱から始まる動乱の中、朱元璋と馬皇后・鈴陶の波乱に満ちた物語。全二十話。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...