ビスマルクの残光

八島唯

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第3章 ベルリン、陰謀の都

大西洋の彼方に

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 闇のベルリンを黒い車が走る。まだ自動車が珍しいこの時代、軍用車ということであれば人目を避ける理由にはなりえただろう。運転席にはヴァイマール共和国の軍服を着たナージ。助手席には同じ服装の峻一朗。後部にはエットカルトが大佐の階級章をつけて、尊大な態度で座席に身を預けていた。隣に、セドラークの皇太子がいることも知らずに。
 セドールの身分をエットカルトは明かしていない。ある意味皇太子の存在は、切り札である。温存しておくに越したことはない、という判断であった。そんな皇太子も兵士の軍服をまとっていた。
 エットカルトの指示に従って、いくつもの角を曲がりベルリンの旧市街地にたどり着く。質素な石造りの建物が居並ぶ地域。そこに車を止めるように指示して、四人は車を降りた。
 宿屋であろうか。重々しい扉をノックすると中から初老の男性が現れる。それにエットカルトは慇懃な態度で何やらカードを提示した。それをじろじろと見た初老の男性は、これまた慇懃な態度で家の中への四人をいざなう。
 地下へ延びる階段。微妙なランプの光で足元を照らすすすむ。
 その正面にはまた大きな扉が待ち構えていた。
 小さな小窓にカードを差し入れるエットカルト。中から視線が感じられた次の瞬間、ゆっくりと扉が開く。
 小さな空間。背広姿の——武器を持った制服の男が何やらエットカルトに話しかける。手袋のままエットカルトは男に何やら手渡す。金か、目ざといナージはそれを見とがめる。
 再びゆっくりと歩みを進める四人。
 また扉が見えるが、さほど重々しいというほどのものでもない。ただ作りがいやに派手な感じがしたが。
「ここから先は大西洋の彼方となる。よろしいか?」
 エットカルトはそう言い終わらぬうちに、扉を開く。
 まばゆいばかりの光が視界にあふれこむ。
 煙、そして酒の匂い——そこは酒場であるようだった。
 天井が高い。地下とはいえかなりの高さである。
 シャンデリアがいくつもぶら下がっている。まるでブランコのように天井からつるされた椅子がゆらりゆらりと会場を駆け巡る。そこには椅子に乗った少女が香り箱を手に持ち、広い部屋に香の匂いをばらまいているようであった。いくつもの豪奢なテーブルがそこかしこに並ぶ。その上にはだらしない——というか『新世界的な』格好をした女性が何人もそのうえで酒を飲んでいた。
 まるで禁酒酒場だな、と峻一朗は思わず口に出す。
 振り返りエットカルトはうなずく。
 壁には看板が掲げられていた。
『ここは、合衆国。大西洋の彼方よりようこそ!』と——
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