ビスマルクの残光

八島唯

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第2章 バイエルンの夜の霧

鉄と血の統一

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 宴は次のステージに移行しようとしていた。一通り美食を楽しみ、酒も入った貴族たちは華麗な演奏に乗せて優雅に舞踏する。
 それを一段高いところから見ているのがルードヴィッヒ二世。その左右には『王女リーディエ』と峻一朗が備え付けられた椅子に腰掛け、客人としての礼をもてなされていた。
「如何かな?」
 正面を見据えながらルードヴィッヒ二世がそうつぶやく。若く、はない。かと言って老人と言うにしては外見的にも雰囲気的にもそぐわない感じがした。もし、彼が本当の『狂王』ルードヴィッヒ二世であれば、すでに齢八十を越していてもおかしくないはずなのだが。
「セドラークの王女殿には私が怪物にでも見えるかな?」
 リドールの心の中を見透かしたように、ルードヴィッヒ二世は質問する。いえ、と言ったきりリドールは言葉を失った。
「無理もない。歴史上ではそうなっておるからな。儂は死んだ。一八八六年にシュタルンベルク湖で、グッデン医師と共に――」
 王の水死。かの森鴎外の『うたかたの記』にもその事件が取り扱われているくらい、有名な出来事である。
「しかし、私は死んではいなかった。ある人物がそのように取り計らったのだ。私が自由に生きることができるようにと」
 ルードヴィッヒ二世は目を閉じながらそう述懐する。
「ある人物――ドイツ帝国宰相ラウエンブルク公爵オットー=フォン=ビスマルク閣下ですね」
 峻一朗がそう答えると、無言でルードヴィッヒ二世はうなずく。
「立派な政治家であった。彼の求めるところはヨーロッパの勢力均衡による安全保障であった。そのためにはまずドイツが一つにまとまる必要があった。しかし、オーストリアの存在はそれを不可能とするものであった。オーストリアは旧態依然とした国家体制と国内に多くの民族を抱える多民族国家。大ドイツ主義といえば聞こえはいいが、なんてことはないまとまりのないドイツ人とドイツ人以外の国家に過ぎなかった。ビスマルク殿はそのオーストリアを除外したドイツ統一を『鉄と血』によって達成しようとした。それが普墺戦争――我がバイエルンは立場上オーストリア側に立って参戦したが、私は反対だった。戦争は何より憎むものであるし、ビスマルク殿――彼は私に密書を送ってきていたのだ。いわく『平和のためにご決断を』と」
 はあ、とため息をルードヴィッヒ二世はもらす。リドールはこのとき初めてこの人物が老王であることを実感した。
「その後、あのナポレオン三世との間に普仏戦争が始まった。戦争はあっという間に終わり、北ドイツ連邦にバイエルンが編入する形でドイツ帝国が成立した。プロイセンにつぐ領邦として、ビスマルク殿は色々配慮してくれた。そして私の身の振り方も――」
 昔を語るルードヴィッヒ二世。話は『あの事件』に移ろうとしていた――
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