ビスマルクの残光

八島唯

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第2章 バイエルンの夜の霧

『会議は踊る』

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「客人よ。そして、我が同胞よ。私の力を借りたいという話だが」
 玉座のルードヴィッヒ二世は指輪をつけた指を差し出しながら、そう問いかける。
「は。このヨーロッパに再び混乱がもたらされようとしています。それを防ぐためにも陛下の御威光におすがりしたく――」
 普段はあまり見ない峻一朗の慇懃な態度に、ナージは目を見張る。
 ナージ自身、ここに来たのは初めてであった。玉座のルードヴィッヒ二世なる人物――物語上の人物としか知らない存在であった。ドイツ統一に関係するキーパーソンであり、そして謎の死を遂げた人物。亡くなったのは一九世紀後半、今から半世紀も前の出来事である。しかし、玉座の男性はまるで時を超越しているように若々しく感じられた。
「『ビスマルクの残光』を浴びたいのか。よろしい。詳細を聞かせてもらおう。ただ――」
 ルードヴィッヒ二世は隣の廷臣になにやら耳打ちをする。
「客人を迎えるにあたってまずは宴をひらくのが筋であろう。なぁに、今宵限りのことだ。どうか楽しんでいってほしい」
 それが謁見が終わる区切りとなった。
 
 時は夕方に。
 相変わらず『王女リーディエ』であるリドールは前世紀的なドレスを身にまとっていた。同じくナージも同様のドレスを身にまとう。長いテーブルが大広間に並べられ、その上には地中海の産物や高級そうなワイン、そして果物が山のように盛られていた。
 そして多くの人たちが、その大広間には集い、食べ、談笑していた。
 リドールは耳をそばだてる。
 主に聞こえるのはラテン語。稀にロシア語やイタリア語、フランス語も聞こえてきた。
 彼らの服装は豪華であり、王侯貴族の雰囲気を伺わせた。かつて『会議は踊る』と評されたウィーン会議の舞踏会も、かくのごとき華やかさであったのだろうかと思いを巡らす。
 そんな事を考えていると、思わず人にぶつかってしまうリドール。その体を倒れないようにおさえる手が伸びる。
「大丈夫ですか?王女殿下」
 峻一朗である。それに対して立礼でリドールは答える。
「ここにいる人々は――」
 峻一朗はグラスを持ちながらあたりを見回す。
「『革命』で母国を失った貴族たちです。近くはロマノフ家に連なるもの、古くはナポレオン帝政下で幅を利かせていた新貴族もおります」
「ここは一体」
「この城はそのような人々の終着地なのです。ルードヴィッヒ二世陛下はそのような方々を自らのもとに集めたのです。『ビスマルクの残光』の名のもとに、ヨーロッパの勢力均衡による平和を目指して」
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