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第1章 セドラーク王国への旅路
ヴァイマール共和国への土産
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じわりと黒い男が距離を詰める。殺気はさほどではないが、明らかに次の一手を狙っているように見えた。両手に握られた短剣がゆっくりと上下する。見たことのない短剣であるが、かなり使い込まれているように思われた。
峻一朗はベッドの皇太子をかばうように、向きを変えずにゆっくりと移動する。
足元のトランクを軽く蹴り上げる。床に中身が転がる。その中から転がりだした瓶をつま先で蹴る。一直線に男の方にそれは飛んでいく。
怯む様子も見えないが、僅かな時間がそこに生まれた。
テーブルの黒い棒を峻一朗はつかむ。長さは腕にも満たない。武器とするにはあまりに非力に思われた。
しかし
次の瞬間、黒い棒は銀の刃となって男の右手を切り落とす。
あまりの瞬間的な出来事に、男は反応すらできない。
そしてもう一閃。首の急所を返す刀で切り裂かれた男は、ゆっくりと座るように床に倒れ込んだ。
軽く刀を振る峻一朗。あまり出血はしていない。というか出血させぬように、相手を屠るのがこの剣技の奥義であった。
「外交官でありながら、そっちの方にも造詣が深いとは」
後ろから声がする。当然、それは皇太子リドールのものである。多分寝たふりをして、逐一を見物していたのだろう。
「見たことない剣技ですね。東洋のものですか。そのいやに中途半端な長さの剣も」
軽く紙で刃を拭うと、黒鞘に刀をおさめながら峻一朗は答えた。
「小太刀といいます。日本の規格で一尺六寸。このような旅行でもトランクに入るので重宝しています」
峻一朗は床に転がる短刀を拾い上げる。両刃のそれは一見、豪奢なペーパーナイフにも見えたがその雰囲気は明らかに人の血を吸ってきたことが感じられた。細かな細工のされた柄を見ると、そこにはアルファベットとは別な文字が彫られていた。
「キリル文字......するとこれは『キンジャール』、か」
キンジャール。ロシアのコサックが好んで身につける短刀である。宝飾としての儀礼品として常に身につけ、いざとなった際には実戦に用いられる武器でもあった。
「聞いたことがあります。ロシア、いやソ連にそのような武器を好んで使う暗殺者の集団がいるということを」
皇太子リドールはちょこんとシーツの端を握りながらそう諳んじた。
「ツァーリの秘密警察の暗殺部隊として国内外問わず暗殺をよくする者たちと。しかしロシア革命の際に四散して今は行方知れずと聞いていました」
「革命を期に、主人を変えたのかもしれませんね。そして今回の『セドラークのオルガン』の件が露呈すると困る立場の主人の命令によってムラーゼク書記官をフォン=フリューガー頭取を、そして私を消すようにと」
そんな中に、ナージが息を切って現れる。右手には気を失ったフォン=フリューガーを引きずりながら。
「フォン=フリューガー氏を助けました。結構やってしまいましたが」
ナージのスーツは赤く染められていた。
「さて」
峻一朗はあたりを見回す。
列車はゆっくりとスピードを落とす。誰かが車掌に通報したのであろう。すでに列車はヴァイマール共和国内へと入ろうとしていた。
あまりにも血なまぐさい『土産』を豪華列車に詰めながらーー
峻一朗はベッドの皇太子をかばうように、向きを変えずにゆっくりと移動する。
足元のトランクを軽く蹴り上げる。床に中身が転がる。その中から転がりだした瓶をつま先で蹴る。一直線に男の方にそれは飛んでいく。
怯む様子も見えないが、僅かな時間がそこに生まれた。
テーブルの黒い棒を峻一朗はつかむ。長さは腕にも満たない。武器とするにはあまりに非力に思われた。
しかし
次の瞬間、黒い棒は銀の刃となって男の右手を切り落とす。
あまりの瞬間的な出来事に、男は反応すらできない。
そしてもう一閃。首の急所を返す刀で切り裂かれた男は、ゆっくりと座るように床に倒れ込んだ。
軽く刀を振る峻一朗。あまり出血はしていない。というか出血させぬように、相手を屠るのがこの剣技の奥義であった。
「外交官でありながら、そっちの方にも造詣が深いとは」
後ろから声がする。当然、それは皇太子リドールのものである。多分寝たふりをして、逐一を見物していたのだろう。
「見たことない剣技ですね。東洋のものですか。そのいやに中途半端な長さの剣も」
軽く紙で刃を拭うと、黒鞘に刀をおさめながら峻一朗は答えた。
「小太刀といいます。日本の規格で一尺六寸。このような旅行でもトランクに入るので重宝しています」
峻一朗は床に転がる短刀を拾い上げる。両刃のそれは一見、豪奢なペーパーナイフにも見えたがその雰囲気は明らかに人の血を吸ってきたことが感じられた。細かな細工のされた柄を見ると、そこにはアルファベットとは別な文字が彫られていた。
「キリル文字......するとこれは『キンジャール』、か」
キンジャール。ロシアのコサックが好んで身につける短刀である。宝飾としての儀礼品として常に身につけ、いざとなった際には実戦に用いられる武器でもあった。
「聞いたことがあります。ロシア、いやソ連にそのような武器を好んで使う暗殺者の集団がいるということを」
皇太子リドールはちょこんとシーツの端を握りながらそう諳んじた。
「ツァーリの秘密警察の暗殺部隊として国内外問わず暗殺をよくする者たちと。しかしロシア革命の際に四散して今は行方知れずと聞いていました」
「革命を期に、主人を変えたのかもしれませんね。そして今回の『セドラークのオルガン』の件が露呈すると困る立場の主人の命令によってムラーゼク書記官をフォン=フリューガー頭取を、そして私を消すようにと」
そんな中に、ナージが息を切って現れる。右手には気を失ったフォン=フリューガーを引きずりながら。
「フォン=フリューガー氏を助けました。結構やってしまいましたが」
ナージのスーツは赤く染められていた。
「さて」
峻一朗はあたりを見回す。
列車はゆっくりとスピードを落とす。誰かが車掌に通報したのであろう。すでに列車はヴァイマール共和国内へと入ろうとしていた。
あまりにも血なまぐさい『土産』を豪華列車に詰めながらーー
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