ビスマルクの残光

八島唯

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第1章 セドラーク王国への旅路

セドラーク王国の秘密

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 次の日の朝、再び馬車が宿に横付けされる。馭者だけの質素な馬車である。人目を避けるように馬車は走り出す。
「......?」
 愛銃のウェブリーMkVIを懐で構えながら、ナーダは声も出さずに視線を窓の外にやる。
 街並みがどんどん寂しくなっていく。それもそのはず、首都の中央にある王宮とは全くの別方向に馬車は向かっていた。いつの間にか首都の南門をこえ、街道を馬車は疾走する。峻一朗はそんなことは意にも介さず、腕を組み目を閉じて時間をやり過ごしていた。
 そして街道をそれ、農村の道へと馬車は進む。
 その馬車はさらに村外れの鬱蒼とした林の側で速度を落とす。その林の一角に小道らしきものが見えた。その小道を通って馬車は林の中へといざなわれていく。
「人工の林だな」
 峻一朗がそうつぶやく。
 揺れる馬車。どうやら橋を渡っているらしい。周りの景色が暗くなる。城壁の中だろうか。馬車は止まり後ろに大きな音が響き渡る。
 馬車は止まり、ランプを持った数人の兵士がそこには待ち構えていた。
「安芸伯爵さまですね。どうぞ、こちらへ」
 二人は大広間へ通される。広いが、なんの装飾もない部屋。あちらこちらになにかの図面がうず高く積まれていた。
 がちり、と重い音とともに扉が開く。兵士の後に背の小さな少女が後に続く。その少女に恭しく礼をして周りを囲む兵士たち。少女はゆっくりと上席の椅子に座る。
 少女の身なりは軍装ではあるが、皇宮武装女官のものでありかなりの階級の高さが感じられた。
「セドラーク王家に王女殿下がおられるとは初耳ですな。皇太子殿下一人と聞いておりましたが」
 ふん、と少女は鼻を鳴らす。
「どのような王家でも家族構成は難しい部分があるのは当然でしょう。私の名はリーディエ=ホーエンツォレルン=スタニェク。第一王女です。お父様よりあなたと取引するようにと命ぜられました」
 すらすらと滑舌の良い高い声で王女は口上を述べる。
「あなたがフランス共和国の命を受けて我が国に来たことは知っています。それが我が国にとってあまり好ましくない命令であるということも」
 すっと右手を王女は差し出す。
「我が国がヴァイマール共和国との間になにか良くない関係を結んでいるのではないか――それを確かめるための使節なのでしょう。あなた方は。しかし確証はない。なればこそ――『独立外交官』であるあなた方が選ばれた」
 すっと王女は立ち上がる。
「『独立外交官』。ヨーロッパの最初の国際秩序であるウェストファリア条約締結時に秘密裏に設けられた役職。その目的は特定の国家の利益によることなく、あくまでも『ヨーロッパの均衡と調和』を目的として活動する。その権力は各国の国王や皇帝さらには教皇により認められ、自由に行動することができる。ナポレオンの没落や、近しいパリ講和会議においても暗躍していたとか」
「そんな立派なものでもありません」
 峻一朗は椅子に座ったままそう返す。
「結局のところ第一次世界大戦を防げませんでしたからね。ヴェルサイユ条約についても個人的には思うところが多々あります」
「我が国は」
 峻一朗の言葉を無視して王女は続ける。
「極めて苦しい状況に置かれています。フランスは、我が国とヴァイマール共和国が野合して、再び戦争を起こそうと思っているのかもしれませんが状況は更に深刻です。まずはご説明をさせて頂けますでしょうか」
「王女殿下のお言葉とあれば。是非もございません」
 峻一朗の言葉に、深くうなずく王女。
「では、早速案内させていただきましょう。セドラーク王国の『本当の力』の原動力を――」
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