銀髪のカイゼリン~オストリーバ帝国物語

八島唯

文字の大きさ
上 下
31 / 35
第2章 クリューガー公国との戦い

賢者の贈り物

しおりを挟む
 帝国首都オスト=ペシュトは政治都市である。純粋な意味での商業はさほど盛んではない。しかし、そこには各地から貴族が別邸を設けまた各地のいろいろな珍しい産物も税として運び込まれていた。
 帝都の中心的な商業街である『マルクト=ペシュト』にはそのような状況を反映して、帝国各地の珍しい商品やら産物が露店にもあふれていた。喧騒、というよりはどこまでも上品で高級さが感じられる商店街である。あちらこちらに馬を繋ぐ金具が壁にあるのも、購入者が主に貴族であることをうかがわせた。
 その中を行く、二人の影。一人は少年に近い。
 フードをかぶった一人はラディム=フォン=クリューガー、先日クリューガー公爵を継いだばかりの少年であった。
 もう一人は女性の鳴りをしている。「彼」はゼ―バルト家家宰カレル=クバーセク。若いながらも辺境伯家の家老ともいうべき存在であった。男性ではあるが、普段は女装を常としていた。
「すごい品物ですね」
 さすがのラディムも目を奪われる。活気や安さでは領地のハレンスブルクに及びもしないが、その商品――宝飾品や衣類などの種類の多さ、品質そして値段も明らかに格上のものであった。
 公爵位を無事にいただき、皇帝にも謁見できた次の日二人は帝都の見物に興じていた。
 あまり気乗りのしないカレルであったが、ラディムが望む以上同行しなければ護衛としての役目を果たすことができない。
『公太子殿の身、よろしく頼む』
 カレルにとって、ハルトウィンの命令は絶対であった。
 ふ、と目に入るドレス。落ち着いた色ではあるが凝り方が尋常ではない。どうやら西の国の産物らしい。じっと見つめるカレル。大きさ、寸法、意匠などを眼帯をつけていない左目でじっと見定める。
「カレル殿、その服が欲しいのですか?」
 はっとするカレル。ラディムの存在を忘れていた。
「いえ」
 瞬時に気のない風をカレルは装う。値段を見るラディム。なかなかに――というかべらぼうに高い。ちょっとした邸宅なら一軒立てられるほどの金額であった。ラディムはカレルの顔を見やる。無表情を装ってはいるが、明らかに隠し事をしている顔であった。
 うん、と頷くとラディムはその衣装を売っている商人の方に歩み寄る。
 最初はいぶかしげであった商人が、ラディムの身分を知ると突然に姿勢が低くなる。
 そしてにこにこしながら袋を下げてカレルに近づくラディム。
「帝都での仕事に対する報酬です。まだ、爵位を受けたばかりの身ゆえ、これでとりあえず――」
 袋の中には先ほどのドレスが丁寧にたたまれていた。
「――受け取れるわけが」
「そのサイズは」
 ラディムは言葉をさえぎる。
「あなたにはいささか大きすぎますね。そう――『おねえさま』くらいにぴったりするような。恩に感じる必要はないですよ。これは報酬ですから」
 カレルは動揺する。自分の気持ちをラディムに読まれていたことに。
『このドレスを――ハルトウィン様に差し上げたい』
 その考えを。
 ぎゅっと袋を抱きしめるカレル。ラディムはカレルを促す。
「さあ、はやく公邸に帰りましょう。明日にはもどらなければならないですからね。わが都、ミュットフルトに」
 カレルの手を引くラディム。
 帝都の陽はようやく傾こうとしていた――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...