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第2章 クリューガー公国との戦い
ヘルツフェルトの応対
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陰気な顔が二人の前に立っていた。その後ろから二人の従者が飛び出してくる。腰の兼に手をかけるの二人。カレルが体を乗り出しラディムを後ろに下げる。同じようにヘルツフェルトが両手で従者を制した。そしてうやうやしく、しかしその完璧な礼は逆に慇懃にも感じられるような深い礼をラディムの側に行った。
「これは、長い道のりをお疲れ様でございました」
うむ、大義ないとラディムが定型句で答える。
「公太子殿下におかれては、こちらでゆっくり逗留ができますように取り計らわさせていただきます。当帝都クリューガー公邸執事のラルス=ヘルツフェルトと申します」
「二つ質問がある」
「いかようにも」
カレルの問いに、ヘルツフェルトがハキハキと答える。
「公太子殿下という言い方、なにか含むところがあるのか。現在の当主はラディム様をおいて他にいないはずだが。旧主への未練か」
カレルの厳しい問いに、小さく首を振るヘルツフェルト。うつむいたまま続ける。
「まだ正式に襲爵を済ませておいででございませんので。正しき呼び方が失礼ないかと」
「もう一つ」
少し間をおいてカレルは問いただす。
「公邸の主は公使のはず。こちらの公使はアンデションなるものと聞き及んでおるが、彼は如何に?」
「アンデション公使閣下は」
今まであまり感情を見せなかったヘルツフェルトが、少し大きな声で質問に答える。
「四日ほど前に、出奔されました」
なるほど、それならば合点がいくなとカレルはうなずく。不甲斐ないこととはいえ。
それにしても、このヘルツフェルトなる執事の責任感にカレルは少し感心する。やや慇懃無礼なのを除けば。
夕食。質素ではあるが心のこもった料理がテーブルに並ぶ。油はあまり使用されず、商家の良さそうな皿が並べられる。毒味、をする必要もなさそうだとカレルは感じた。最もラディムくらいの貴人になると、食事によく見る種類の毒が入っていても気づくような能力が備わっているようだが。
「美味しい」
ラディムがそうつぶやく。
「ありがとうございます」
事務的なヘルツフェルトの答え。
フォークをテーブルの上にそっとラディムは置く。
「長旅、正直色々消耗しきっていたところだ。しかし――このディナーの中に少しだけ薬物の感じがした」
そっと指輪をラディムは掲げる。鈍く青く光る指輪。
「ひとくち食べてみてわかった――これははるか東方のほうで珍重される薬膳の手法を使っていると」
カレルは当惑する。全くそんなことは気づかなかったからだ。
うやうやしく礼をするヘルツフェルト。
「アンデション公使は出奔の際にこの公邸の金目の物を持ち出したに違いない。なのにこのような振る舞いができるというのは――執事の個人的な判断と負担であろう」
そう言いながら、そっと短剣をラディムは取り出す。
「この心遣いに報いたい。汝ラルス=ヘルツフェルトを準騎士にすることを認めるとともに、当公邸の正式な公使に任ずるものとする。私はまだ当主ではないが、前当主はすべての権限を放棄したことを認めている。私にクリューガー公家臣の人事権はあると思うが」
驚いた顔を見せるヘルツフェルト。少しの沈黙の後、膝を付き今までにはない真摯な態度でラディムの差し出す短剣の鞘を両手でおしいだいて、受け取る。
(......公太子殿下、実はすごい方なのか。それとも......)
カレルはその様子を見ながらそう心の中に思い浮かべる。
帝国首都、最初の夜はゆっくりとふけることなった――
「これは、長い道のりをお疲れ様でございました」
うむ、大義ないとラディムが定型句で答える。
「公太子殿下におかれては、こちらでゆっくり逗留ができますように取り計らわさせていただきます。当帝都クリューガー公邸執事のラルス=ヘルツフェルトと申します」
「二つ質問がある」
「いかようにも」
カレルの問いに、ヘルツフェルトがハキハキと答える。
「公太子殿下という言い方、なにか含むところがあるのか。現在の当主はラディム様をおいて他にいないはずだが。旧主への未練か」
カレルの厳しい問いに、小さく首を振るヘルツフェルト。うつむいたまま続ける。
「まだ正式に襲爵を済ませておいででございませんので。正しき呼び方が失礼ないかと」
「もう一つ」
少し間をおいてカレルは問いただす。
「公邸の主は公使のはず。こちらの公使はアンデションなるものと聞き及んでおるが、彼は如何に?」
「アンデション公使閣下は」
今まであまり感情を見せなかったヘルツフェルトが、少し大きな声で質問に答える。
「四日ほど前に、出奔されました」
なるほど、それならば合点がいくなとカレルはうなずく。不甲斐ないこととはいえ。
それにしても、このヘルツフェルトなる執事の責任感にカレルは少し感心する。やや慇懃無礼なのを除けば。
夕食。質素ではあるが心のこもった料理がテーブルに並ぶ。油はあまり使用されず、商家の良さそうな皿が並べられる。毒味、をする必要もなさそうだとカレルは感じた。最もラディムくらいの貴人になると、食事によく見る種類の毒が入っていても気づくような能力が備わっているようだが。
「美味しい」
ラディムがそうつぶやく。
「ありがとうございます」
事務的なヘルツフェルトの答え。
フォークをテーブルの上にそっとラディムは置く。
「長旅、正直色々消耗しきっていたところだ。しかし――このディナーの中に少しだけ薬物の感じがした」
そっと指輪をラディムは掲げる。鈍く青く光る指輪。
「ひとくち食べてみてわかった――これははるか東方のほうで珍重される薬膳の手法を使っていると」
カレルは当惑する。全くそんなことは気づかなかったからだ。
うやうやしく礼をするヘルツフェルト。
「アンデション公使は出奔の際にこの公邸の金目の物を持ち出したに違いない。なのにこのような振る舞いができるというのは――執事の個人的な判断と負担であろう」
そう言いながら、そっと短剣をラディムは取り出す。
「この心遣いに報いたい。汝ラルス=ヘルツフェルトを準騎士にすることを認めるとともに、当公邸の正式な公使に任ずるものとする。私はまだ当主ではないが、前当主はすべての権限を放棄したことを認めている。私にクリューガー公家臣の人事権はあると思うが」
驚いた顔を見せるヘルツフェルト。少しの沈黙の後、膝を付き今までにはない真摯な態度でラディムの差し出す短剣の鞘を両手でおしいだいて、受け取る。
(......公太子殿下、実はすごい方なのか。それとも......)
カレルはその様子を見ながらそう心の中に思い浮かべる。
帝国首都、最初の夜はゆっくりとふけることなった――
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