銀髪のカイゼリン~オストリーバ帝国物語

八島唯

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第2章 クリューガー公国との戦い

戦後処理の夜

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 二度目の入城。しかしハレンスブルクの時とは規模も、状況も違っていた。
 なんといっても、首都ミュットフルトへの入城である。この首都を支配していた全当主クリューガー公アロイジウスはもはやいない。降伏開城の取り決めに従い、ラディムらが入城する前に裏門から僅かな護衛のものと身内とともにいずこにかへと落ち延びていった。
「......表情がかたいな」
 ハルトウィンが思わず口にする。いつもどおりラディム公太子とは距離をおき、後半の隊列からの入城である。久しぶりに家宰のカレルを脇に伴いながら。
「やむを得ないでしょうね。ここはアロイジウス殿のお膝元。昨日までの主君を追い出してすぐ、公太子とはいえ新たな主君とすぐ認めるのは抵抗があるのかと」
 カレルは目も合わせずにそう分析する。うむ、とハルトウィンはうなずく。そういえば最近、カレルとあまり話をしていない。すこし話す必要があるかななどと思いながら馬を進める。
 豪壮な町の中にそびえる城。リーグニッツのそれとは比べ物にならない。僅かな軍勢でも本気で立てこもれば、かなり手を焼いたかもしれない。このときばかりはクリューガー公アロイジウスのあっけなさ、もとい潔さに感謝すべきであったろう。
 城門が重々しく開き、両側には元衛兵たちが居並ぶ。武器は持っておらず敬礼のみで新たな主に忠誠を表していた。
 馬を降り、階段を登り大広間へと至る二人。
 慌ただしく元の主人一家が退去したせいか、それなりに荒れてはいたが思ったほどではない。レムカ卿が二人の存在に気づき、うやうやしく公太子のもとへ案内をしてくれる。
 公座の間。ハレンスブルク以来の連合軍の諸将が居並ぶ。その正面の公座には鎧を脱ぎ、公太子の礼装に身を包んだラディムが腰をおろしていた。
 無意識にハルトウィンが腰を落とし、頭を下げる。カレルも同じく。
「辺境伯、卿は臣下ではない。むしろこの度の戦いの最も信頼に足る同盟者であり、功労者である。どうか楽に」
 ラディムの言葉にそのままの体勢のまま、ハルトウィンは答える。美しい銀の髪が床に広がりながら。
「爵位からも、また今回の戦いの総大将とも言える公太子殿下への礼節として当然かと」
 まわりの諸将の目がハルトウィンに釘付けとなる。戦い終われば、結束していた人の絆など当てにはならない。なるべく無欲無害を装おうとするハルトウィンであった。
 その後、論功行賞が始まる。
 イェルドやハルトウィンはその勲功の大きさに対して、さしたる報奨を与えられなかった。
 それで良い、と二人は思う。恐れられてはいけない。あくまでも二人は客将である。ゆっくりと、確実にクリューガーの権益に食い込んでいけば良いのだ。
 さしあたって、ミュットフルト城の一角にとりあえず住むことや辺境伯の兵士を駐留させる権利、そして商業都市ハレンスブルクの権益の一部と、城塞都市ドレスタンの一時的な統帥権など身より実を取る報奨を与えられた。
 クリューガーとの蜜月がいつまで続くのかな――イェルドは意地悪そうに、その報奨の文面を確認するのだった。

 ミュットフルト城は都市の城壁の中にある。昨今の傾向として、市民により城壁の外に追いやられた領主も多いと聞く。その点ではクリューガー公爵はうまくやっていたほうなのだろう。
 城はいくつもの階層からなり、さらに水平的にいくつかの砦に分かれていた。
「正直、ここに籠もられていたらどうしようもなかったな」
 書類をたぐりながらそうつぶやく、ハルトウィン。この度の戦功により城の砦を与えられることとなった。
 とりあえず、危急の問題は方がついたように思われた。
 クリューガー公の脅威はワルグシュタットの戦いの勝利で消滅し、またハルトウィンにいろいろな意味で心酔してるラディム公太子の権力掌握により、しばらくの安息の日々は約束されたかに見えた。
「やることは多いですね」
 カレルが書類を両手で抱えながら忙しそうに部屋を歩き回る。色々しなければならないことが多すぎた。レムケ卿に内政の戦後処理を任せたとはいえ、軍事的な戦後処理は主にハルトウィンの担当となる部分が多かった。
 そして今後の問題――切り札とも言える『魔弾』を白日のもとに晒した以上、何かしらの対応が必要となるだろう。そのあたりはイェルドとの相談ということになるだろうが、まずは現状をきちんと把握する必要があった。
 消耗した軍事物資、摩耗した兵器。全く人的損害も皆無とは言えない。その補充をどうするのか。財政的な方針は。
 もっともそれはハルトウィンのもっとも得意とするところである。正直最近の戦にはうんざりしていたのが事実だが。
 『内政は有用な生産であり、戦争は無用な消費である』
 防衛は必要である。しかし、それを超えていざ戦争となった際に失われる取り返しのつかない様々なリソースに思いを致すと、憂鬱にもなってしまう。
「皇太子殿下とは」
 カレルが目を合わせることなく、ハルトウィンにそう尋ねる。
「今後どのような関係を構築されるおつもりですか」
 ハルトウィンの手が止まる。
「どう――とは?」
 ため息をもらしながら、カレルは返答する。
「このまま傀儡として公爵位を継いでもらうのはよろしいでしょう。しかし彼とていつまでもそれに甘んじるとも思えません。ハルトウィン様は今後どのような関係を御所望で」
「カレル」
 ハルトウィンは立ち上がり、カレルに近づく。
「私にも理想はある。皇太子殿下には私の理想であるところの君主になっていただきたいと思っている。そのためには――カレル、お前の力が必要だ。今も、これからも。私が一番大事に思っているのはお前だ。だからこそ――そういう事を言わないでほしいな」
 カレルはじっと、ハルトウィンの目を見つめる。
 そっとカレルの額に手を当てるハルトウィン。
 二人は久しぶりにその夜を語り明かすこととなった――
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