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第2章 クリューガー公国との戦い

『ワルグシュタットの戦い』後

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 ローベルトの視界に入ってくる、公太子連合軍の本隊。どうやら新式の銃歩兵部隊らしい。こちらに銃口を向け、横陣を組んでいる。それほど陣容は厚くない。
 ローベルトは決心する。
 新式の兵器には欠陥がある。それは連続発射が効かないということ。
 何かしらの技術革新(イノベーション)により、騎兵の装甲を打ち破るほどの破壊力を手に入れたようだが、その欠陥だけはなんともしようがないはずだった。
 実際、第二弾が遅すぎた。
 それに望みをかけ、胸から血が滴る状態で残余の騎兵を引き連れ突進するローベルト。
 銃口から黒い煙がたなびくのさえ見える、その距離に一気に詰める。
 二度目の勝利を確信した瞬間――
 おびただしい破壊の洪水が、彼らを襲う。
 至近からの第二波。両側の騎士が落馬し、馬も崩れ落ちる。ローベルトの槍も真っ二つにーー
「こんな......こんな......!」
 腰の剣を抜くローベルト。血まみれになり単騎、敵陣への特攻を企てる。

 馬上に器用に立ち、その状況を見つめるカレル。スカートが風に舞う。細い狙撃眼鏡がローベルトの顔をロックオンする。眼帯がぴくりと揺れる。
 次の瞬間ーーローベルトの眉間に『魔弾』が吸い込まれる。
 完全な静寂。銃歩兵の前には馬と騎士たちの死体が累々と折り重なっていた。銃歩兵隊自身がつばを飲んでそれを傍観する。
「ハルトウィン様、いや連合軍総帥公太子閣下に伝令を――」
 それを遠眼鏡で確認したカレルが、副官にそう冷たく告げる。
「中央銃歩兵の任務は終了しました。あとは、両翼の努力を期待します、と」
 少しの間の後、副官が応答し騎馬にて戦場を離脱する。
「次のフォーメーションを。銃歩兵隊は三発の『魔弾』の準備。更に、魔力を消耗しきった者は余裕のあるものから供与を受けるように」
 テキパキとカレルは指示を下す。
 その手には、残余一発の『魔弾』が怪しげな魔力を放ちながら握られていた。
 カレルによる『戦法』の改良。
 まずは、銃口から火薬を詰める時間の短縮のために、火薬を炸薬量に小分けして乾燥した羊の腸の袋に包みカートリッジ形式にして装薬時間を半分にした。
 あわせて『魔弾』のストック化。戦闘が始まる前に、魔法力の強い兵士や騎士を後方に待機させ『魔弾』を生成させる。それを魔法術の封印のかかった、革袋に封じ込め前線の兵士にリレー輸送する。
 直前に直接魔法力を込めた『魔弾』と威力は比較すべくもないが、通常弾丸よりは遥かに強力で、この世代の騎兵装甲であれば十分貫通可能な威力を持っていた。
 そして、『狙撃兵』の配置。訓練で魔法力と射撃術に秀でたものをピックアップし、やや後方に配置した。もたせた銃はカレルと同様の狙撃眼鏡をつけた急造の狙撃銃である。
 これで、名の有りそうな華美な鎧をつけた騎士をピンポイントで狙撃することにより、敵の指揮系統を破壊する。
 基本イェルドの発案であったが、細かい運用などについてはカレルの手が入っていた。

 これで敵、クリューガー公の主力騎兵部隊千騎は壊滅する。しかし、まだ左翼右翼に四千近くの通常戦力を保有している。それに対して連合軍は三千。いまだ、戦力的優位はクリューガー公の手にあった――
 次の戦略――総参謀イェルドは馬上より次の一手をよどみなく指揮する――
「クバーセク家宰より、連絡があった。信号の旗を揚げよ!右翼部隊は左翼部隊と連動し、これからクリューガー公を僭称する軍隊への攻撃を開始する!」
 カレルの伝令を受けるやいなや、右翼部隊に下知を行うイェルド。その姿は到底女商人のものとは思えない。れっきとした総参謀の貫禄である。
 一方旗信号の連絡を受けた左翼部隊――総大将のラディムが指揮するところであるが、実際にはハルトウィンがその命令を行っていた。かねてからのとおりに、陣の移動をラディムに促す。
「多分、クリューガー公は本陣にはおられないでしょう。どうかご決心を」
 うなずく、ラディム。
「父上よりも、私はハルトウィン様を信じます。我が領民にとってもそのほうが間違いなく良い決断だと思うので」
 右手を高々と上げ、指揮杖を掲げる。
「左翼部隊前進、正面的の外側面を目指す!」
 おおっ!と部隊から歓声が上がる。ハルトウィンは実感する。なかなかどうして、この公太子もカリスマがあるようだ、と。古来から民衆は高貴だが弱くて儚い存在に、架空のリーダーを求めることも多い。もしかしたら――とハルトウィンは今後の展開に思いを寄せる。
 動き始める総勢、三千近くの部隊。左右に別れゆっくりと外側からクリューガー公本隊四千を包囲し始める。
 数は少ないが、『魔弾』を装備した兵が要所要所に配置されている。数の劣勢を補うため、敵が密集しているところに定期的にその『魔弾』を発射する。
 更に、イェルドは情報戦も仕掛けていた。
 クリューガー公側の伝令騎兵の装いに変装した騎士に、あることを触れて回らせる。すなわち
『中央部隊、壊滅!』
『指揮官ローベルト=スヴェラーク少将戦士の模様!』
『撤退を!撤退を!』
 その情報は間違いではない。実際に迂回して公太子連合軍を後方から包囲するはずの、騎兵部隊がまったく消息不明の状態である。聞いたものには、何より信憑性が高く感じられたであろう。
 クリューガー公の本隊はミュットフルトへの後退路も含め、自分たちより数の少ない公太子連合軍にゆっくりと包囲されていく。とはいえ、完全に殲滅状態には至らない。まだまだ互角といった状態である。東側にポッカリとあいたポケット。そこに背を向けて必死にクリューガー公本隊は戦っていた。
「そろそろか」
 手元の魔法術時間機を握りしめながらイェルドはそうつぶやく。
 砂煙を上げ、東から全力で移動してくる部隊――カレルの銃歩兵部隊である。
 気づいたときにはすでに手遅れであった。
 あっというまに布陣を済ませた『魔弾』を含む銃歩兵部隊は、集中砲火をクリューガー本隊の背後より浴びせかける。
 一射目で、部隊の三分の一が壊滅し浮足立つ。
「二射目は少し威力を弱めにしろ。総参謀殿からのかねてからの命令だ」
 仲間撃ちを避けるのと、もはやそれまでの火力は必要ないという判断。
 イェルドは二射目の音を確認した後に、ミュットフルトへの逃走路をあえて陣に開ける。
「窮鼠猫を噛まれても困るしね。まして、将来クリューガー家を支える兵士たちだ。皆殺しもできまい」
 太陽はようやく天上に達しようとしていた。
 かくて、ワルグシュタットの戦いは公太子連合軍の完全な勝利で幕を閉じた。
 一方クリューガー公は三千人以上の死傷者や捕虜を出し、ほうほうの体で城壁の中に逃げ込んだ残存兵も戦闘能力を完全に失っていた。
「戦争は外交の延長――逆に戦いが終わればまた外交が必要となる順番だな」
 イェルドはハルトウィンに目配せする。
 時に帝国暦一二八十年四月、ハルトウィンが兵を起こしてからわずか二ヶ月後のことであったーー
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