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第2章 クリューガー公国との戦い
『ワルグシュタットの戦い』前
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平地を埋め尽くす軍勢。東に陣を張るのが公太子連合軍であり、西に首都ミュットフルトの城壁を背に陣を張るのがクリューガー公の軍である。
数だけでいえば公太子軍が3千、クリューガー公軍が5千。守勢有利の法則もあり、また一朝一夕でそろえることのできない騎兵の数もクリューガー公の軍隊が勝っていた。
その軍隊を馬の上から見下ろす、連合軍総参謀のイェルド=ルーマン。いつもの商人姿ではなく、きちんとした鎧をまとっている。
彼女は確信していた。自分の作戦通りに連合軍が動けば、必ず勝てると。
そのそばには連合軍の一角を担うゼーバルト辺境伯軍の指揮官ハルトウィン=ゼーバルトが控える。そして、この連合軍の総大将である公太子ラディム=フォン=クリューガーの姿も。
全体的な陣が前としては右翼と左翼が極端に突出した陣形である。敵軍を包囲殲滅する構えを見せた陣構えであった。そして中央部にはやや下がり、ゼーバルトの秘密兵器『魔弾』を搭載した魔法銃兵部隊百名と、公太子配下の通常の銃歩兵部隊が二百名が備えていた。この指揮を執るのが、自ら前線に立つカレル=クバーセクであった。軍装は相変わらず女性のものであったが、れっきとした少年である。片目の眼帯をいやに気にするように、銃とそれを交互に触っていた。
「敵の陣は理にかなったものですね。我々が中央部をへこませた分、そこに主力のクリューガー騎兵部隊を集中配置しています。中央突破を果たしたのち、反転し我が軍の左翼と右翼を迂回包囲して正面のクリューガー公歩兵本体と挟み撃ちにする策でしょう。なかなか、公にも軍事を知った人材があると見えます。ただし――」
イェルドはほくそ笑みながら、つぶやく。
両陣の間の空白地帯。埃煙が舞う。ゆっくりとクリューガー公の左右翼が前進を開始する。
一切の外交交渉は存在しなかった。この平原で決戦を行うことはすでに、規定事実になっていたようである。
揺れる、公爵の軍旗。倍近い鎧の音がはるか平原を超えて響き渡る。
そして中央からの砂煙り。おびただしい数の蹄の音が大地を揺るがす。その数、千を超える騎兵の部隊が公太子連合軍の中央部を目指して突進してきたのだ。
その先頭で馬をめぐらすのは若き騎士の姿――ローベルト=スヴェラーク少将。クリューガー公爵の軍団で騎兵参与を務めている人物である。
この度の戦いの計画をめぐらした人物である。その内容はイェルドが予想したものとほぼ同じであった。
脆弱な中央部を強力な騎兵部隊により打ち破り、反転して左翼右翼を包囲する。
成功すれば、ダイナミックかつ一番効果的な作戦案である。
無人の野に自らを放ったとき、ローベルトは勝利を確信していた。
時に四月一二日、朝方の出来事である。
ここに、『ワルグシュタットの戦い』が幕を開けることとなる――
どうどう、と無人の大地を行く一千ものクリューガー公騎兵隊。神聖オストリーバ帝国でも精強をもってなる、強力な部隊である。
それを指揮するのは若き将軍ローベルト=スヴェラーク少将。
自ら先頭に立ち、突進を指示する。
考えなしの突撃ではない。ちゃんと、公太子連合軍を包囲殲滅するプランを擁しての計画的な突撃である。これが成功すれば地上から公太子の軍は消滅するはずであった。
(しかし......)
彼の中によぎる疑問。印象は薄いが、それほど権力欲が強い公太子ではなかったはずだ。背後に誰か黒幕がいることを考えたが、その存在にもたどり着かない。あえて言うならゼーバルト辺境伯――ハルトウィンであるが、田舎領主がこれほどの組織力を有しているとはこの段階では、思いもよらないローベルトであった。
先頭集団が、敵中央部の重装歩兵集団に到達する。投槍が地面にいくつも突き刺さる。
首を横に振るローベルト。今はまず戦いに勝利することだ。仔細はおっていくらでも調査することができる――と自分を納得させて。
重装歩兵を一撃で蹴散らす。あまりにもたわいのない反撃。ほとんど無傷のまま、中央部へとどんどん切り込んでいく。
しかし目の前にあらわれる障害物。木を交互に組み、先をとがらせてある柵が横に長く続く。
いわゆる馬防柵らしい。それを難なく飛び越える騎馬隊。これがあるということは、この先に待ち構えているのは多分弓の部隊であろう。もしくは最近実用化された銃の部隊かもしれない。どちらにせよ、この厚い人馬ともの鎧を打ち抜くことは不可能なはずである。
「先行部隊、火魔法術を槍に込めよ!さらには魔法結界の発動!念のためではあるが敵の魔法術攻撃を無力化する!」
ローベルトの命令。もし敵に結構な数の魔法司がいたとするならば、厄介である。もっとも帝国ですら魔法司を一個中隊そろえるだけで、一年分以上の軍事予算を消耗してしまうほどだ。公太子連合軍にそこまでの余裕があるわけが――
激しい金属音。
そして、ローベルトの隣についていた副官の騎士がもんどりうって、馬から激しく落馬する。馬も鎧が破壊され赤い血が舞い上がる。
一頭だけではない。
雪崩のように騎兵部隊の騎兵たちが次から次へと『打ち砕かれる』。何かの魔法ではなく――強力な物理力――そうモーニングスターの一撃でも食らったように。
「何!?」
そう口に出した瞬間に、ローベルトの胸甲にも激しい一撃。それを反射的にそらしてダメージを回避する。
気が付けば騎兵部隊の前衛部隊が何かしらの被害を受けていた。
彼らはまだ知らない――新たな兵器『魔弾』の存在を――
数だけでいえば公太子軍が3千、クリューガー公軍が5千。守勢有利の法則もあり、また一朝一夕でそろえることのできない騎兵の数もクリューガー公の軍隊が勝っていた。
その軍隊を馬の上から見下ろす、連合軍総参謀のイェルド=ルーマン。いつもの商人姿ではなく、きちんとした鎧をまとっている。
彼女は確信していた。自分の作戦通りに連合軍が動けば、必ず勝てると。
そのそばには連合軍の一角を担うゼーバルト辺境伯軍の指揮官ハルトウィン=ゼーバルトが控える。そして、この連合軍の総大将である公太子ラディム=フォン=クリューガーの姿も。
全体的な陣が前としては右翼と左翼が極端に突出した陣形である。敵軍を包囲殲滅する構えを見せた陣構えであった。そして中央部にはやや下がり、ゼーバルトの秘密兵器『魔弾』を搭載した魔法銃兵部隊百名と、公太子配下の通常の銃歩兵部隊が二百名が備えていた。この指揮を執るのが、自ら前線に立つカレル=クバーセクであった。軍装は相変わらず女性のものであったが、れっきとした少年である。片目の眼帯をいやに気にするように、銃とそれを交互に触っていた。
「敵の陣は理にかなったものですね。我々が中央部をへこませた分、そこに主力のクリューガー騎兵部隊を集中配置しています。中央突破を果たしたのち、反転し我が軍の左翼と右翼を迂回包囲して正面のクリューガー公歩兵本体と挟み撃ちにする策でしょう。なかなか、公にも軍事を知った人材があると見えます。ただし――」
イェルドはほくそ笑みながら、つぶやく。
両陣の間の空白地帯。埃煙が舞う。ゆっくりとクリューガー公の左右翼が前進を開始する。
一切の外交交渉は存在しなかった。この平原で決戦を行うことはすでに、規定事実になっていたようである。
揺れる、公爵の軍旗。倍近い鎧の音がはるか平原を超えて響き渡る。
そして中央からの砂煙り。おびただしい数の蹄の音が大地を揺るがす。その数、千を超える騎兵の部隊が公太子連合軍の中央部を目指して突進してきたのだ。
その先頭で馬をめぐらすのは若き騎士の姿――ローベルト=スヴェラーク少将。クリューガー公爵の軍団で騎兵参与を務めている人物である。
この度の戦いの計画をめぐらした人物である。その内容はイェルドが予想したものとほぼ同じであった。
脆弱な中央部を強力な騎兵部隊により打ち破り、反転して左翼右翼を包囲する。
成功すれば、ダイナミックかつ一番効果的な作戦案である。
無人の野に自らを放ったとき、ローベルトは勝利を確信していた。
時に四月一二日、朝方の出来事である。
ここに、『ワルグシュタットの戦い』が幕を開けることとなる――
どうどう、と無人の大地を行く一千ものクリューガー公騎兵隊。神聖オストリーバ帝国でも精強をもってなる、強力な部隊である。
それを指揮するのは若き将軍ローベルト=スヴェラーク少将。
自ら先頭に立ち、突進を指示する。
考えなしの突撃ではない。ちゃんと、公太子連合軍を包囲殲滅するプランを擁しての計画的な突撃である。これが成功すれば地上から公太子の軍は消滅するはずであった。
(しかし......)
彼の中によぎる疑問。印象は薄いが、それほど権力欲が強い公太子ではなかったはずだ。背後に誰か黒幕がいることを考えたが、その存在にもたどり着かない。あえて言うならゼーバルト辺境伯――ハルトウィンであるが、田舎領主がこれほどの組織力を有しているとはこの段階では、思いもよらないローベルトであった。
先頭集団が、敵中央部の重装歩兵集団に到達する。投槍が地面にいくつも突き刺さる。
首を横に振るローベルト。今はまず戦いに勝利することだ。仔細はおっていくらでも調査することができる――と自分を納得させて。
重装歩兵を一撃で蹴散らす。あまりにもたわいのない反撃。ほとんど無傷のまま、中央部へとどんどん切り込んでいく。
しかし目の前にあらわれる障害物。木を交互に組み、先をとがらせてある柵が横に長く続く。
いわゆる馬防柵らしい。それを難なく飛び越える騎馬隊。これがあるということは、この先に待ち構えているのは多分弓の部隊であろう。もしくは最近実用化された銃の部隊かもしれない。どちらにせよ、この厚い人馬ともの鎧を打ち抜くことは不可能なはずである。
「先行部隊、火魔法術を槍に込めよ!さらには魔法結界の発動!念のためではあるが敵の魔法術攻撃を無力化する!」
ローベルトの命令。もし敵に結構な数の魔法司がいたとするならば、厄介である。もっとも帝国ですら魔法司を一個中隊そろえるだけで、一年分以上の軍事予算を消耗してしまうほどだ。公太子連合軍にそこまでの余裕があるわけが――
激しい金属音。
そして、ローベルトの隣についていた副官の騎士がもんどりうって、馬から激しく落馬する。馬も鎧が破壊され赤い血が舞い上がる。
一頭だけではない。
雪崩のように騎兵部隊の騎兵たちが次から次へと『打ち砕かれる』。何かの魔法ではなく――強力な物理力――そうモーニングスターの一撃でも食らったように。
「何!?」
そう口に出した瞬間に、ローベルトの胸甲にも激しい一撃。それを反射的にそらしてダメージを回避する。
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