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第2章 クリューガー公国との戦い

二人だけの叙任式

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「ハレンスブルク市商業参事会に以下のことを提案したい。
1. 商業税の半減。これは本日より三年の期間とする。その終了期限一年前までに、再びクリューガー家及び商業参事会の代表による交渉を行い、必要があれば更新を行うものとする。
2. ハレンスブルクに自治権を与える。自由市民(都市に土地財産を少しでも保有するもの)による選挙を行い、その結果を踏まえてクリューガー家が自治権を封じる。
3. なお2.の施行は、ラディム=フォン=クリューガーが正式に公爵位を帝国より認められたその次の月より発効するものとする」
 声高らかに、イェルドが商業参事会の面々を前に宣言する。それをにこにこと満足そうに聞くボジェク。どう考えても、都市側の商人に利益しかない条文。ここまでの条件を引き出せたのは交渉役のボジェクのおかげだと、皆感じるとこであろう。実際ボジェクの頭の中には、選挙の後市民の代表である『総督』になる夢さえ見え隠れしていた。
 文書はラディム公太子の名において印された公文書である。それを読み終わると、立会人としてイェルドが指輪に火魔法術を宿し文書に焼印を施す。それに商業参事会の幹部の面々が、焼き印の上に指をかざし、皮膚を焼くことによって完全に契約は成立する。
「譲歩し過ぎではないですかね」
 この交渉の窓口であるイェルド自身がそう、ハルトウィンにつぶやく。
「何が」
「いえ、商人たちに。まあ私も商人ですが、はなっからいい条件を出しすぎるもの、とか」
「相手は露天のガラス玉売ではないからな。この都市で成功をおさめた商人たちだ。あまり、陳腐な駆け引きはかえって逆効果というものだろうからな......いや参謀殿には言うまでもないことだが」
 くすっとイェルドが微笑む。参謀と言うにはあまりに若い少女の笑み。
「良いのですよ。私の仕事の範疇はあくまでも『軍事』面のみです。今回は同じ商人ということで、でしゃばりましたが今後こんな事を言うこともないでしょう。純粋な『政治』面ではあなたのほうが優れていると思いますので」
「皮肉ですか。私は辺境の領主です」
「あまり、自分に責を負わせないように。我々があなたを支えます」
 イェルドがそう言いながら、床にひざまづき頭を下げる。
 そんなイェルドをハルトウィンはじっと見つめる。そして意を決したように腰の剣を引き抜く。
 そして、イェルドの肩にそっと、その剣の腹を載せる。
 イェルドがハルトウィンを見上げる。
「略式ではありますが、イェルド殿を準騎士に叙任します。私、ハルトウィン=ゼーバルト辺境伯の名において」
 少しの間の後、イェルドはまた深々と頭を下げる。
「一女商人の私にそこまで――よろしいでしょう。私の全忠誠を辺境伯様に捧げさせていただきます」
 そして顔を上げるイェルド。すこし、はにかんだ笑いを浮かべつつ。
「まあ、商人の身分よりは騎士身分のほうが参謀としては動きやすいでしょうからな。ありがたくいただきます」
 ハルトウィンも同様に微笑む。
 この儀式はこれから先、大陸を席巻することになる二人の関係の本格的な始まりであった――
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