銀髪のカイゼリン~オストリーバ帝国物語

八島唯

文字の大きさ
上 下
10 / 35
第2章 クリューガー公国との戦い

公太子の涙

しおりを挟む
「公太子殿はどうされているか?」
 カレルにハルトウィンがそう問う。
「丁重に。あちらの天幕にてお休みになられております」
 なにか素っ気無い感じのカレル。それには構わずに、イェルドにハルトウィンは意見を求める。
「城の方は、全く動きがないようですな。のろしも、また早馬も出た気配はなさそうですし。公太子がいなくなってから、まだ数時間。なんとも状況を掴みかねていると言ったところでしょうか」
 ううん、とうなるハルトウィン。
 正直気になっていたのは、公太子を守るはずの護衛の騎士が、なぜ公太子に剣を向けたのか、それが疑問でならなかった。
「それは多分、こういうことではないでしょうかね」
 こともなげに、イェルドは答える。右手に夕食の予定の干し肉をつかみながら。
「クリューガー公爵の命令でしょう。もし、敵に攻撃され公太子を守り切れなさそうなことがあれば、公太子を殺すべし、と」
「なぜそのような......」
 すっとハルトウィンを、干し肉を持ったまま指差すイェルド。
「他のものに誘拐されたり人質にされると、厄介ですからね。公爵にとっては、愛情のない息子は単なる将棋のコマのようなものなのでしょうな」
 ハルトウィンは辛辣なイェルドの言葉から、視線を外す。
 そして目を閉じて、少し考えをめぐらした後にカレルにこう伝える。
「少し公太子と話がしたい。こちらは任せるぞ」
 そう言いながら天幕を出ていくハルトゥイン。
「家宰殿――よろしいのか、お一人で向かわせて」
「そのように辺境伯様がお決めなされたのであれば、命令に従うまでであります」
「家宰殿、もなかなか素直でないことだ」
「何が?ですか?」
「いやいや。しかし、これは結構いい方向に向かっているかもしれませんぞ。公太子の『使い方』がもしかしたら、かなり変わってくる可能性が......」
 イェルドの頭の中に、そろばんが立ち上がる。彼女にとって、全てが謀略の対象なのだろう。無理もない。この世界に転生前は謀略と作戦術で高名な帝国参謀総長ヴィンフリート=モルゲンシュテルンの生まれ変わりなのだから。
 そんなことはつゆ知らず、カレルは相変わらず不機嫌そうな顔で直立していた。

「失礼。公太子殿。辺境伯だ。少し話がしたいのだが」
 そっと、天幕を引き上げその中に入るハルトウィン。そこには椅子に身を預けた公太子ラディムの姿があった。
 ちょこんと椅子に座り、地面を見つめるラディム。拳はきつく結ばれていた。
「私は――捕虜というわけか」
 年相応の幼い声。変声期にまだ、達していないような感じもある。
「クリューガー公爵とは戦争状態にありません」
「ならば、なぜ私を捕まえた!」
「行きがかり――でしょうか。残念なことに、公太子殿の部下があなたに手をかけようとしていたので、やむにやまれず」
 がくっと、うなだれる公太子。その頬を一筋の涙が沿う。
「わかってはいた。わかってはいたのだ......」
 そう言い終わらないうちに、号泣するラディム。突然のことにハルトウィンは最初、見守っていたが、なにか心の琴線に触れるものを感じる。
 そっと右手でラディムの頭を抱き寄せる。
 膝にかかるラディムの涙。
 そのまま、時間はゆっくりと過ぎていった――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

処理中です...