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第2章 クリューガー公国との戦い

イェルドの策

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「まず、ハレンスブルク攻略の意図。当然ですな。商業都市にして、城壁もそれほど厚くはない。ハルトウィン様のこの――『魔弾』を有した軍ならば、あっという間に占領することは可能でしょう」
 『魔弾』という言葉に、カレルが反応する。いつの間にそんな情報をイェルドは手に入れたのか。
「しかし、占領した後はどうしますか?確かに、富は手に入れられるかもしれない。それだけです。あなたの有する兵隊の数は増えることはない。しかも、いずこから情報は洩れるでしょう。その『魔弾』の秘密も。そうなれば、もうまともにクリューガー公の正規部隊と戦うことは、不可能でしょうね。いうなれば閣下の持つ二十名足らずの『魔弾』銃歩兵は、最後の切り札なのですよ。それを切ったらもはや使うことのできない」
 ずばずばと核心に迫るイェルド。少女の風体から流れるようにでる演説に、さしものハルトウィンも言葉が出ない。
「お話をお続けください」
 無言でイェルドがうなずく。
「では、語らさせていただきます」
 ごほんと咳払いをして、イェルドが語り始める。
「今回の戦いで最も大事なことは、『落としどころ』でしょうな。クリューガー公国を滅ぼすところまでできればまあ、完璧なのでしょうがそれは軍事的にも政治的にも不可能でしょう。兵力の差や何といっても同じ皇帝陛下の家臣としてそのようなふるまいは、認められないでしょうから」
 すっと右手を差し出すイェルド。指には大きな魔法石のはめられた指輪が見えた。
「これをご覧ください」
 詠唱をするイェルド。水魔法と火魔法が同時に発動する。
 商人でありながら、魔法術が使えるらしいことにハルトウィンは驚く。もしかしたら、魔法石の効果によるものかもしれないが。
 レンズのように膨らんだ空中の水滴を通して、火の明かりが変化し二人の前に立体化された地図が表示される。
「クリューガー公国の首都までは一〇〇カロ。当然これはこの行軍では一週間かかる日程になります。そしてさしもの『魔弾』を利用し戦いを展開しても、あの首都『ミュットフルト』の名高い城壁の前には勝利を得ることは不可能でありましょう」
 ミュットフルトの場所にバツ印がつけられる。
「ならば......われわれが目指すべきは一つ。クリューガー公国でも東に位置する――そしてここから一〇カロ程度の距離しか離れていない、城塞都市『ドレスタン』。これを目指すべきです」
 地図上のドレスタンの場所に記される丸印。
 ここから二日かからない程度の旅程である。
「しかし......それは......」
 ハルトウィンは難しがる。それもそのはず。首都ミュットフルトほどではないにせよ、国境沿い防備のために作られた、いわば軍事都市である。住民もほとんどがクリューガー公国の正規兵であるはずだった。
「だからこそですよ」
 自信満々にそうイェルドが胸をはる。
 その夜、イェルドはハルトウィンに彼女が考えていることを、包み隠さず説明することとなる。
 
 ハルトウィンの率いる部隊が、野営を引き払ったのは次の日の朝のことであった――

 
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