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第1章 荘園の再興にむけて
科学の力『魔弾』
しおりを挟む大広間に広がる血だまり。ユストゥスの長い革靴の下にも、それは広がる。思わず片足をユストゥスは上げる。先ほどまでの余裕に満ちた表情は消え、焦りが目に見えて感じられた。
「なぜ......魔法術が効くわけが......」
「これは魔法術にあらず」
すっと、懐から鉄の球をハルトウィンは取り出す。銀杏の形をしたそれは、表面に独特の彫刻が施されていた。
「――新型魔法術式増幅魔弾『ジェヴィーン=ヌーシュ』というものです。先ほど護衛の騎士殿の眉間を打ち抜いたのも」
短い鉄製のボウガンのようなものを腰から外し、ハルトウィンは右手で抱える。そして左手に乗せた『魔弾』に魔法力を込める。ハルトウィンは目を閉じ小さな声で詠唱をする。小さく『魔弾』が震え始める。その音を合図に、ボウガンのようなものに、『魔弾』を装填する。
「打ち出す力は『魔法術』によるものだが、敵を打ち倒す力は『物理力』なのですよ。どんな魔法護符状によって魔法術を無効化しても、意味のない――ことです。これが『科学』の力だ」
次の一弾。大きな火花、そして煙と爆音とともに発射された『魔弾』は、ユストゥスの右に控えていた騎士の心臓を打ち抜く。鎧が地面に倒れる音。そして血しぶき。
「こ......こんな......!貧乏貴族にこんなことを開発する力が......」
「あるのですよ」
ハルトウィンが火魔法術と水魔法術の複式混成発動を詠唱する。魔法術としての消耗は少ないが、高度な技である。火魔法術によって作られた炎の明かりが、水魔法によって形成されたいくつもの水の球体を通過して、広間の上に立体的な映像を作りだす。
「わが荘園の今の状況です」
『魔女の土』と呼ばれる不毛の大地から、たくさんの小麦が芽吹いている。素人目にもそれは方策を予想させた。
「この収穫を約束に、わが領土はとある錬金術師をお迎えすることができました。ザハール=アルセーニエフ先生の名は――ご存じでありましょう。彼は我が家に伝わる『科学』を復興させてくれた」
ザハール=アルセーニエフ、知らぬ者はいない帝国でも屈指の大錬金術師である。姿をくらましていたとは噂ではユストゥスは知っていたが、まさかこんな田舎荘園に潜んでいたとは。
ハルトウィンは目でカレルにサインを送る。
「ここまでお話ししたというのは――お判りでしょうね。ユストゥス子爵。あなたを私がどうしたいかを」
ぶるっとユストゥスは震える。踵を返し部屋から逃げ出そうとするユストゥス。それを守るべく、三人の騎士が剣をふるい、ハルトウィンたちにとびかかる。
カレルの一発で一人が。
ハルトウィンのもう一発でもう一人が吹き飛ぶ。
もう一人の騎士は――ハルトウィンがボウガンのようなものを地面に放り捨てると、腰から細身の剣をすかさず抜きはらい、早口の詠唱を行う。
細身の剣を赤い光が包み込む。これもまたザハールによる魔法術の応用であった。
到底、受けきれないはずの騎士の斬撃を細身の剣で悠々と受け止めるハルトウィン。返す刀で鎧の隙間を切り裂き、どさっと騎士は床に倒れこんだ。
細身の剣を振り払い、鞘に納める。
広間のテラスを指さすハルトウィン。うなずいてカレルが鉄の棒を抱えてテラスへと出る。
階下に見える――ユストゥスの姿。ほうほうのていで馬に乗り、逃げ出そうとしていた。そのきょち約三〇〇ノーハ。弓であっても届かない距離である。
「カレル、狙撃せよ」
カレルは鉄の棒を構え、眼帯をしていない左目で何やら筒の中を見つめる。筒の中には拡大されたユストゥスの後頭部が見えた――
一発。
鉄の棒の先から放たれた『魔弾』は、ユストゥスの後頭部を打ち抜く。
目を閉じ、ハルトウィンは思いをはせる。これから始まる戦いの様子を、今の状況に重ねて――
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