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第1章 荘園の再興にむけて
物語は、城の広間よりはじまりを告げ
しおりを挟むせまい広間。語句としてはおかしな表現だが、間違いではない。
この荘園を支配する、ゼーバルト辺境伯の広間である。壁にはそれらしい旗が、掲げられていた。それは『四足の鷲』の紋章。数百年の歴史を持つ、ゼーバルト家の紋章である。
その前にには小さな椅子が一つ。大きくはあるが決して豪華ではない。そこに座すのが――現当主、ハルトウィン=ゼーバルト辺境伯であった。
長い銀色の髪。平時だと言うのに、体格に不相応な無骨な鎧をつけていた。
それもそのはず。彼女は『女性』であるのだから。
玉座、というにはあまりに粗末な椅子に身を預け、膝当てに体重をかける。
小刻みに揺れる足。それをじっと見つめる、同じく鎧姿の少女。主君がこのような癖を見せるのは、決まってイライラしているときだと確信しながら――
ハルトウィン=ゼーバルトは神聖暦一二五八年の生まれである。年齢は二一歳。この世界の平均年齢としては一番、働き盛りの年齢であった。女性であれば結婚していてもおかしくはない年齢である。
様々な病気に対する治癒魔法がある世界とはいえ、異民族や異教徒、さらには魔法すら効力のない疫病が存在するこの戦乱と恐怖が支配する時代、何が原因で命を落とすかわからない世界である。
そのようないわば『暗黒の中世』にハルトウィンは生をうけた。
ただ、彼女が違っていたのは――それ以前の記憶を持っていたことである。それ以前――実はこの世界のはるか数百年後の世界の記憶。
その世界には『魔法』はなく、かわりに進んだ『科学』が存在した。石炭による蒸気機関が産業革命を引き起こし、工業が産業の中心となっていた。
しかし、それは同時に植民地を必要とする発展でもあった。
大陸諸国は周辺の地域を巡って植民地戦争を始める。それがピークを迎え、大陸全土を戦場として行われたのが『大陸大戦』である。機関銃や毒ガス、はては飛行機や戦車などがこの戦争で開発され多くの兵士が、さらには非戦闘員である女性や子供も命を落とすこととなる。
この戦いの元凶であり、また原因でもあったのがオストリーバ帝国であり、その宰相でもあったのがハルトウィンであった。白い髪の老人宰相。性別は今とは違い、『男性』であった。彼の外交政策の読み違えから、戦争はエスカレートの一歩をたどり、さらには屈辱的な降伏を余儀なくされる。当然、彼は――刑場の露と消えた。敵ではなく味方の手によって。
「思い出したくもない」
ハルトウィンの高い声が広間に響き渡る。右手を顔に当て、悪夢を思い出すように。
「大丈夫ですか?」
側に控える、同じく鎧姿の女性が気遣いの言葉をかける。手で応答するハルトウィン。幼少からの一番の部下に対しても真実は告げていない。自分が未来からの『転生者』であるということを。
そばには木でできた、大きなテーブル。丸太を組んだ、質素なものである。その上には一枚の地図が広げられていた。現在の『オストリーバ神聖帝国』の地図。地図というよりは、勢力図といったほうが良いような簡略なものであったが。
千地に乱れる帝国。帝国とは名ばかりで、領主が半独立の『領邦』国家を形成し、次なる皇帝の位を狙う時代である。その地図の上にハルトウィンは視線を泳がす。帝国の東の外れに、国境に張り付くような形で小さく存在する国家。それがゼーバルト辺境伯領であった。
東には異民族、異教徒の影。
西には強大な敵対する領邦国家。
将棋であれば、すでに詰将棋の段階に入っているのかもしれなかった。
大きく、ハルトウィンはため息をつく。
(このままでは......転生前と同じ、いやそれ以上にまずい結末を迎えることになってしまう......)
言葉にもならない、嗚咽をハルトウィンは漏らす。
ときに帝国暦一二七九年。前世と同じく、大陸には戦乱の嵐が起きようとしていた頃である――
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