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第2章 絹の十字路

それぞれの思惑

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 昨日までの平穏がまるで嘘のようだった。
 王宮の騒々しさ。
 将軍たちは中庭で兵士を編成し、女官たちは王宮の中で忙しそうに立ち回っていた。
 シェランもできる限り、それに手伝う。敵に攻められたときの準備。非常食や水の準備。いくらでもやることはあった。
 ため息をついて、シェランは王宮の廊下の欄干に腰をかける。そういえば昼食を食べていない。しかし不思議なことにお腹が減らないのだ。
 ぐう、と腹の音がなる。
(なんで?!お腹かすいてないのに?!)
 すっと、細い手が差し出される。その手にはパンが握られていた。
「こういうときは、体力勝負だからな。まずは食べな」
 そこにはルドヴィカの姿があった。
「――ル、ルドヴィカちゃん!」
 思わず大声を上げるシェラン。抱きつかんばかりにその身を寄せてながら。

「まあ、大変だわな」
 ぐすぐすと鼻を鳴らすシェランをなぐさめるルドヴィカ。
「来てくれてよかった――正直、心細くて――でも誰にも言えないし」
 ルドヴィカは王宮に兵糧をおさめに来たらしい。
「まあ、王妃さまが弱気になっていたら部下は困るからな。よしよし、なかなかいい王妃っぷりだ」
 そういいながらルドヴィカがシェランの頭をなでる。うれしそうなシェラン。もう実際の年齢はどうでも良くなっているらしい。
「遊牧民族トゥルタン部か――」
「ルドヴィカちゃん、知ってる?」
「まあ、そこそこな。普通戦ってもんはどこかで手打ちにするもんだ。勝った方は負けた方に金貨を求める、食料を求めるもしくは女を求める――」
 じっとシェランを見つめるルドヴィカ。
「しかし、奴らは違う。ただ奪い、殺し、破壊する。奴らにとって都市というのは単なる金庫さ。中の財宝がなくなったらなんの価値もない。火をかけて、滅ぼすだけさ」
 シェランは昔読んだ本を思い出す。
 大鳳皇国の将軍が遊牧民族と戦い、結果皆殺しにされた話がのっていた。
 それが、自分の身の上に起ころうとしている――
(......こわい、けど)
 シェランは立ち上がる。
「もう逃げるところもないしね。ここは頑張らないと。王妃だし」
 そう言いながらぐっと拳を握る。拳は小刻みに震えてはいたが。
「まあ、この王国の軍も少数精鋭を誇っている。しかも、攻めるより守る方が有利なのは戦いの基本だ。お若いといえ、ファルシード陛下は優れたお方だ。なんとかするだろうさ――まあ、ロシャナクさまが健在であればもっと良かったのだけど」
 ルドヴィカが苦い顔でそう呟く。
 ロシャナクは病床にあり、意識もまだはっきりとはしない。
 現在タルフィンの軍を率いる能力と権限を持っているのは、ファルシードただ一人なのだ。
 ふと、シェランは頭の中によぎる。
 目を閉じて、思いを巡らすシェラン。
「......?どうした?」
 ルドヴィカの問いかけにシェランはぎゅっとその手を握る。
「お願い。一緒に――」
 ルドヴィカはその手を握り返した。


 砂煙が舞う。
 騎馬の一団はその中を進んでいた。
 正直、これだけの騎馬軍団は大鳳皇国でもそろえるのは難しいだろう。
 その先頭を行く、ひときわ精悍な馬。その上には長い黒髪をひるがえし、ひときわ目立つ鎧をみにつけた青年がいた。
「ハン、酷い嵐です。少し休息されては」
 ハンと呼ばれた男はそれを無視して歩みを進める。
 そして振り返り、刀を抜く。
 一閃。
 ばたり、と馬に乗っていた先程の声をかけた兵士が地上に崩れ落ちる。
「トゥルタンのハンは休まぬ。たとえどのような嵐が待っていたとしても、わが部族を豊かにする財宝がそこにあれば――」
 一頭の馬が近づく。
「このものは、間者の疑いがありました。殺して正解かと」
 間者、すなわちスパイである。
「タルフィンごときにそのような力はあるまい。多分、大鳳皇国のものであろう」
 はい、とハンに男は頭を下げる。
「覚えておくがよい。お前たちのハン、王は抱え切れぬほどの富を与える。タルフィンを滅ぼし、その他のオアシス都市も――そして大鳳皇国もな!」
 おお!と騎馬の兵士たちから歓声が上がる。
 われらがハン、ガジミエシュ=ハン!という掛け声とともに。
「そういえば、タルフィンには大鳳皇国の皇族が王妃になっているとか」
「よき、財宝であるな。手に入れたいものだ」
 長い黒髪をかき上げて、精悍な青年ガジミエシュはつぶやく。
 タルフィン王国の首都、ゴルド=タルフィンまであと僅かな距離であった――
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