オアシス都市に嫁ぐ姫は、絶対無敵の守護者(ガーディアン)

八島唯

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第2章 絹の十字路

二つの玉座

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 太い朱色の柱がいくつも並ぶ。床はよく磨かれた大理石。そこを中年の男性がかけていく。
 ここは大鳳皇国の王宮『龍峯殿』。ここに参内できるのは、官位四位以上の上級官僚のみに限られていた。まして皇帝に謁見できるとなれば――
「皇帝陛下、尚書令の霊潔如(らんけつじょ)でございます。お呼びのことときき、急ぎ参内いたしました」
 はあはあと荒い息を交えながら、平伏して答える。尚書令といえば尚書省の長官である。それほどの高官であっても、皇帝の前では塵に等しい。
 皇帝の玉座は三段高いところにある。
 タルフィン王国の王座とは比べ物にならない高さである。
 下座からはまるで天上の神を見上げるように感じられてだろう。
 その皇帝こそが――
「尚書令、聞きたいことがある」
 男性の声。
 それはこの国を統べる、龍権帝祝捷その人の声であった。
「タルフィンなる王国に、我が一族のものを降嫁させたとこの文書にはあるが」
 玉座より一枚の紙が舞い落ちる。真っ白な紙。
 それを手にする尚書令の霊潔如。一通り目を通すと、静かにうなずく。
「朕はそのようなことを許可した覚えはないが」
 無感情な皇帝の声。しかし霊潔如の背中に悪寒が走る。
「いえ......この婚姻は皇帝陛下が裁可されるほどの案件でもございませんので、内閣大学士の面々と宰相の伍白さまによる閣議決定により決まったことで――」
「朕の一族の婚姻が、さほどでもない案件と――」
 ひいっ!と霊潔如がおののく。この国において皇帝の権力は絶対である。いかなる高官でも皇帝の一声で首が飛ぶのだ。
「――臣が手違いは主君の責任である。尚書令はかしこまらずとも良い。今後、このようなことがなきように朕は望む」
 ははあといいながら霊潔如は大理石の床に脂ぎった顔をこすりつけ、土下座する。
 ため息をつく龍権帝祝捷。
 さっきまで霊潔如がいた床のあたりを見つめる。汗でじっとりと大理石が濡れているようだった。
 龍権帝祝捷――大鳳皇国代七代皇帝である。
 宮廷の争いを乗り越え、若くして皇帝に即位した龍権帝祝捷。初代皇祖帝祝飛以来の名君とのはまれも高い。御年四十二歳。領土もどんどん拡張し、後世には間違いなく全盛期の皇帝として歴史書に刻まれるはずであった。
「朱菽蘭(ジュ=シェラン)――」
 足元の書類を拾い、そうつぶやく。
 皇帝の姓は『祝』である。『朱』は皇帝の一族ではあるが、王宮を離れ臣下に近い身分となったものに与えられる姓の一つであった。
「あいつの娘がな――私も忘れようと思っておったのだが――」
 ギュッと書類を握りつぶす龍権帝祝捷。そして
「大将軍の馬呈(ばてい)を呼べ。いますぐにだ」
 はっ、と暗闇から声が上がる。じっとその暗闇を皇帝は見つめ続けていた――


「そなたが、カルロ=ヴィッサリーオと申す大鳳皇国からの使者か」
王座に座しながら、ファルシードがそう問う。右手にはロシャナクが、左手にはシェランが立っていた。当然シェランは緊張しながら。
「――国王陛下、初にお目にかかります。私、カルロ=ヴィッサリーオはオウリパのエリアニアン出身の商人です。大鳳皇国では皇帝陛下に使えまして、オウリパまでの親善の使節を命じられました」
 こざっぱりとしたなりにオウリパ風の衣服をまとうカルロ。ルドヴィカが用意したものである。金髪もきちんと整えられ、なかなかの偉丈夫であった。
「その使節の公文書を見せよ」
 ロシャナクがそう命令する。静かに首をふるカルロ。
「野盗に襲われ、すべてを奪われました。しかし――」
 指輪を外し差し出す。
「皇帝陛下より頂いた指輪です。これをもって証としたい――」
 ロシャナクはそれを受け取ると、シェランに渡す。
 不安そうに見つめるファルシード。
 指輪をじっと見つめるシェラン。
「......皇帝陛下のものです。『祝』の文字が龍の形で彫られています。これを持てるのは皇帝の一族のみです」
(わたしは持ってないんだけどね)
 余計なことは言わずに、指輪をシェランは返す。
 うなずくファルシード。
「大鳳皇国はわが王妃の母国。皇帝陛下はわが父君とも言える方である。客人として遇し、できる限りの助力をしよう」
 ファルシードの言葉にははあ、とかしこまるカルロ。
 シェランはホッとしてそれを見つめる。
 一方――ロシャナクはなにか難しい顔をしていた。ファルシードもまた――
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