23 / 32
第2章 絹の十字路
二つの玉座
しおりを挟む
太い朱色の柱がいくつも並ぶ。床はよく磨かれた大理石。そこを中年の男性がかけていく。
ここは大鳳皇国の王宮『龍峯殿』。ここに参内できるのは、官位四位以上の上級官僚のみに限られていた。まして皇帝に謁見できるとなれば――
「皇帝陛下、尚書令の霊潔如(らんけつじょ)でございます。お呼びのことときき、急ぎ参内いたしました」
はあはあと荒い息を交えながら、平伏して答える。尚書令といえば尚書省の長官である。それほどの高官であっても、皇帝の前では塵に等しい。
皇帝の玉座は三段高いところにある。
タルフィン王国の王座とは比べ物にならない高さである。
下座からはまるで天上の神を見上げるように感じられてだろう。
その皇帝こそが――
「尚書令、聞きたいことがある」
男性の声。
それはこの国を統べる、龍権帝祝捷その人の声であった。
「タルフィンなる王国に、我が一族のものを降嫁させたとこの文書にはあるが」
玉座より一枚の紙が舞い落ちる。真っ白な紙。
それを手にする尚書令の霊潔如。一通り目を通すと、静かにうなずく。
「朕はそのようなことを許可した覚えはないが」
無感情な皇帝の声。しかし霊潔如の背中に悪寒が走る。
「いえ......この婚姻は皇帝陛下が裁可されるほどの案件でもございませんので、内閣大学士の面々と宰相の伍白さまによる閣議決定により決まったことで――」
「朕の一族の婚姻が、さほどでもない案件と――」
ひいっ!と霊潔如がおののく。この国において皇帝の権力は絶対である。いかなる高官でも皇帝の一声で首が飛ぶのだ。
「――臣が手違いは主君の責任である。尚書令はかしこまらずとも良い。今後、このようなことがなきように朕は望む」
ははあといいながら霊潔如は大理石の床に脂ぎった顔をこすりつけ、土下座する。
ため息をつく龍権帝祝捷。
さっきまで霊潔如がいた床のあたりを見つめる。汗でじっとりと大理石が濡れているようだった。
龍権帝祝捷――大鳳皇国代七代皇帝である。
宮廷の争いを乗り越え、若くして皇帝に即位した龍権帝祝捷。初代皇祖帝祝飛以来の名君とのはまれも高い。御年四十二歳。領土もどんどん拡張し、後世には間違いなく全盛期の皇帝として歴史書に刻まれるはずであった。
「朱菽蘭(ジュ=シェラン)――」
足元の書類を拾い、そうつぶやく。
皇帝の姓は『祝』である。『朱』は皇帝の一族ではあるが、王宮を離れ臣下に近い身分となったものに与えられる姓の一つであった。
「あいつの娘がな――私も忘れようと思っておったのだが――」
ギュッと書類を握りつぶす龍権帝祝捷。そして
「大将軍の馬呈(ばてい)を呼べ。いますぐにだ」
はっ、と暗闇から声が上がる。じっとその暗闇を皇帝は見つめ続けていた――
「そなたが、カルロ=ヴィッサリーオと申す大鳳皇国からの使者か」
王座に座しながら、ファルシードがそう問う。右手にはロシャナクが、左手にはシェランが立っていた。当然シェランは緊張しながら。
「――国王陛下、初にお目にかかります。私、カルロ=ヴィッサリーオはオウリパのエリアニアン出身の商人です。大鳳皇国では皇帝陛下に使えまして、オウリパまでの親善の使節を命じられました」
こざっぱりとしたなりにオウリパ風の衣服をまとうカルロ。ルドヴィカが用意したものである。金髪もきちんと整えられ、なかなかの偉丈夫であった。
「その使節の公文書を見せよ」
ロシャナクがそう命令する。静かに首をふるカルロ。
「野盗に襲われ、すべてを奪われました。しかし――」
指輪を外し差し出す。
「皇帝陛下より頂いた指輪です。これをもって証としたい――」
ロシャナクはそれを受け取ると、シェランに渡す。
不安そうに見つめるファルシード。
指輪をじっと見つめるシェラン。
「......皇帝陛下のものです。『祝』の文字が龍の形で彫られています。これを持てるのは皇帝の一族のみです」
(わたしは持ってないんだけどね)
余計なことは言わずに、指輪をシェランは返す。
うなずくファルシード。
「大鳳皇国はわが王妃の母国。皇帝陛下はわが父君とも言える方である。客人として遇し、できる限りの助力をしよう」
ファルシードの言葉にははあ、とかしこまるカルロ。
シェランはホッとしてそれを見つめる。
一方――ロシャナクはなにか難しい顔をしていた。ファルシードもまた――
ここは大鳳皇国の王宮『龍峯殿』。ここに参内できるのは、官位四位以上の上級官僚のみに限られていた。まして皇帝に謁見できるとなれば――
「皇帝陛下、尚書令の霊潔如(らんけつじょ)でございます。お呼びのことときき、急ぎ参内いたしました」
はあはあと荒い息を交えながら、平伏して答える。尚書令といえば尚書省の長官である。それほどの高官であっても、皇帝の前では塵に等しい。
皇帝の玉座は三段高いところにある。
タルフィン王国の王座とは比べ物にならない高さである。
下座からはまるで天上の神を見上げるように感じられてだろう。
その皇帝こそが――
「尚書令、聞きたいことがある」
男性の声。
それはこの国を統べる、龍権帝祝捷その人の声であった。
「タルフィンなる王国に、我が一族のものを降嫁させたとこの文書にはあるが」
玉座より一枚の紙が舞い落ちる。真っ白な紙。
それを手にする尚書令の霊潔如。一通り目を通すと、静かにうなずく。
「朕はそのようなことを許可した覚えはないが」
無感情な皇帝の声。しかし霊潔如の背中に悪寒が走る。
「いえ......この婚姻は皇帝陛下が裁可されるほどの案件でもございませんので、内閣大学士の面々と宰相の伍白さまによる閣議決定により決まったことで――」
「朕の一族の婚姻が、さほどでもない案件と――」
ひいっ!と霊潔如がおののく。この国において皇帝の権力は絶対である。いかなる高官でも皇帝の一声で首が飛ぶのだ。
「――臣が手違いは主君の責任である。尚書令はかしこまらずとも良い。今後、このようなことがなきように朕は望む」
ははあといいながら霊潔如は大理石の床に脂ぎった顔をこすりつけ、土下座する。
ため息をつく龍権帝祝捷。
さっきまで霊潔如がいた床のあたりを見つめる。汗でじっとりと大理石が濡れているようだった。
龍権帝祝捷――大鳳皇国代七代皇帝である。
宮廷の争いを乗り越え、若くして皇帝に即位した龍権帝祝捷。初代皇祖帝祝飛以来の名君とのはまれも高い。御年四十二歳。領土もどんどん拡張し、後世には間違いなく全盛期の皇帝として歴史書に刻まれるはずであった。
「朱菽蘭(ジュ=シェラン)――」
足元の書類を拾い、そうつぶやく。
皇帝の姓は『祝』である。『朱』は皇帝の一族ではあるが、王宮を離れ臣下に近い身分となったものに与えられる姓の一つであった。
「あいつの娘がな――私も忘れようと思っておったのだが――」
ギュッと書類を握りつぶす龍権帝祝捷。そして
「大将軍の馬呈(ばてい)を呼べ。いますぐにだ」
はっ、と暗闇から声が上がる。じっとその暗闇を皇帝は見つめ続けていた――
「そなたが、カルロ=ヴィッサリーオと申す大鳳皇国からの使者か」
王座に座しながら、ファルシードがそう問う。右手にはロシャナクが、左手にはシェランが立っていた。当然シェランは緊張しながら。
「――国王陛下、初にお目にかかります。私、カルロ=ヴィッサリーオはオウリパのエリアニアン出身の商人です。大鳳皇国では皇帝陛下に使えまして、オウリパまでの親善の使節を命じられました」
こざっぱりとしたなりにオウリパ風の衣服をまとうカルロ。ルドヴィカが用意したものである。金髪もきちんと整えられ、なかなかの偉丈夫であった。
「その使節の公文書を見せよ」
ロシャナクがそう命令する。静かに首をふるカルロ。
「野盗に襲われ、すべてを奪われました。しかし――」
指輪を外し差し出す。
「皇帝陛下より頂いた指輪です。これをもって証としたい――」
ロシャナクはそれを受け取ると、シェランに渡す。
不安そうに見つめるファルシード。
指輪をじっと見つめるシェラン。
「......皇帝陛下のものです。『祝』の文字が龍の形で彫られています。これを持てるのは皇帝の一族のみです」
(わたしは持ってないんだけどね)
余計なことは言わずに、指輪をシェランは返す。
うなずくファルシード。
「大鳳皇国はわが王妃の母国。皇帝陛下はわが父君とも言える方である。客人として遇し、できる限りの助力をしよう」
ファルシードの言葉にははあ、とかしこまるカルロ。
シェランはホッとしてそれを見つめる。
一方――ロシャナクはなにか難しい顔をしていた。ファルシードもまた――
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける
緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。
中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。
龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。
だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。
それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。
そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。
黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。
道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる