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第1章 タルフィン王国への降嫁
市場の思い出
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シェランは一人で街に出た。
正直どうでも良くなっていた。知らぬ土地へ、たった一人での嫁入り。そしてその相手は無愛想な少年ときてはやけになるのもおかしくない。城を抜け出して、街を見てみようとそんな気分になったのもそのためである。
自分にはこのような生活のほうがあっていると彼女は思った。
皇族、とは言いながら王宮に行ったこともない身の上、いつも街の中を散歩していた。せっかく来た異国である。その雰囲気を満喫するのも悪くないだろうと。
「色々なもの、売っているなぁ......」
シェランは市場の軒先に並んでいる商品に視線をとめる。
「この野菜なんだろ?果物?色がすごいなぁ......食べたら美味しいのかな?」
不思議と食欲がわかない。食べ物として認識できないからであろうか。
くんくんと鼻がなる。とてもいい匂いが奥からしてきた。それは香ばしい匂い。
「肉を焼くのは東西共通で食欲が出るねぇ......」
異国の文字で説明された看板。じっと見るが何を書いているかが全くわからない。ミミズにしか見えないのである。
「タルフィン語しらないし......でも知りたいし......」
意を決して、手振りで必死に質問する。肉を焼くおじさんは、うなずき言葉を返す。
「『羊』、焼くと美味しいよ」
へぇ、と思ったあとに疑問を感じるシェラン。なぜ自分がタルフィンの言葉を理解できるのかと。
ここに限らず、大体の店で言葉が通じることにシェランは驚く。決して不思議なことでもないらしい。タルフィンの人々は普通に皇国語を話すことができるのだ。
昔聞いたことがある。
交易に従事する人たちは、多くの言葉を覚える必要があると。人によっては五カ国以上の言葉を話せる人もいるらしい。辺境と思っていたこの国が、実はすごい国なのではないかとシェランは感心する。
きらびやかな衣服――皇国のものとは装いも違うが、そのデザインに心を奪われる。
楽器や本も多い。ありとあらゆるものがこの王国の都『ゴルド=タルフィン』には集められているようだった。
そんな中でシェランの目を引いたものがあった。
市場の中心から少し外れた場所にある店。そこには宝石や石炭、そして海の砂に至るまで様々な鉱物が並べられていた。大鳳皇国の市場にも薬用としてこのようなものが売られていた。よく父に連れて行ってもらったことがある。
シェランの父は皇族であり、仕事はない。
そして唯一の趣味が鉱物をあつめることであった。
『鉱物はな、土地の神だ。これらが色々集まって動物やら植物を形作る』
キョトンとして父の話をシェランは聞いていた。
家に職人らしき人がよく来ていたことも思い出す。王宮で夜に空に向けて放つ、『花火』の製法を聞きに来ていた。
『花火って何?』
『う~ん、一言で言えば空に広がる炎みたいなものかな』
『お空まで炎が伸びるの?』
『『火薬』というのものを使って、玉を空に打ち上げる。その玉の中にはさらに『火薬』がはいっていて......』
両手を広げ、父親は大きな声を上げる。
『バーン!と爆発するんだ。その時にきれいな炎を輝かせるんだ』
自分の父親が、そのようなすごい仕事をしていることにシェランは感動する。
『一度見せてやろう。王宮の中には入れないが、よく見える場所を知っている』
ある夜、父親はちいさなシェランを背に親戚の皇族の屋敷へと立ち寄る。夜が来て、その時が来る。
『見てごらん』
シェランは父親におんぶしてもらい、王宮の方を見つめる。
ピカッと光る空。稲妻かと思い、ビクッと身をシェランは丸める。
『大丈夫』
父親の優しい声で、空を見るとそこには見たこともない光の渦が輝いていた。まるで夏のひまわりのように。少し時間差でどーんという激しい音が聞こえる。
それが『花火』と初めて出会った瞬間であった。
このときから鉱物に興味を持ち始めるシェラン。特に花火に興味津々だった彼女は、自分で材料を集めて火薬を配合したりもした。
そんな父ももういない。
ふっと眼に涙が浮かぶ。
それをごしごしと服のすそでぬぐう。悲しい気持ちでいっぱいなシェラン。十代なかばのそれは少女の本音だった。
――その時、いきなり後ろから引っ張られる感覚。
気がつくと馬の上に乗っていた。誰かに引き上げられたらしい。市場の中を馬が走り始める。馬の背にのり何が何やら分からぬシェラン。ただ、自分を引っ張り上げた人物の背中にすがりつき振り落とされないようにする。
「......?!」
はじめは誘拐されたのかと思ったが、そうでもないらしい。馬の主はただ、『落ちないように、しがみつきなさい』と繰り返し言葉をかけてくる。少年の声、それは昨日初めて聞いたばかりの声である。そうそれは国王ファルシードの――
正直どうでも良くなっていた。知らぬ土地へ、たった一人での嫁入り。そしてその相手は無愛想な少年ときてはやけになるのもおかしくない。城を抜け出して、街を見てみようとそんな気分になったのもそのためである。
自分にはこのような生活のほうがあっていると彼女は思った。
皇族、とは言いながら王宮に行ったこともない身の上、いつも街の中を散歩していた。せっかく来た異国である。その雰囲気を満喫するのも悪くないだろうと。
「色々なもの、売っているなぁ......」
シェランは市場の軒先に並んでいる商品に視線をとめる。
「この野菜なんだろ?果物?色がすごいなぁ......食べたら美味しいのかな?」
不思議と食欲がわかない。食べ物として認識できないからであろうか。
くんくんと鼻がなる。とてもいい匂いが奥からしてきた。それは香ばしい匂い。
「肉を焼くのは東西共通で食欲が出るねぇ......」
異国の文字で説明された看板。じっと見るが何を書いているかが全くわからない。ミミズにしか見えないのである。
「タルフィン語しらないし......でも知りたいし......」
意を決して、手振りで必死に質問する。肉を焼くおじさんは、うなずき言葉を返す。
「『羊』、焼くと美味しいよ」
へぇ、と思ったあとに疑問を感じるシェラン。なぜ自分がタルフィンの言葉を理解できるのかと。
ここに限らず、大体の店で言葉が通じることにシェランは驚く。決して不思議なことでもないらしい。タルフィンの人々は普通に皇国語を話すことができるのだ。
昔聞いたことがある。
交易に従事する人たちは、多くの言葉を覚える必要があると。人によっては五カ国以上の言葉を話せる人もいるらしい。辺境と思っていたこの国が、実はすごい国なのではないかとシェランは感心する。
きらびやかな衣服――皇国のものとは装いも違うが、そのデザインに心を奪われる。
楽器や本も多い。ありとあらゆるものがこの王国の都『ゴルド=タルフィン』には集められているようだった。
そんな中でシェランの目を引いたものがあった。
市場の中心から少し外れた場所にある店。そこには宝石や石炭、そして海の砂に至るまで様々な鉱物が並べられていた。大鳳皇国の市場にも薬用としてこのようなものが売られていた。よく父に連れて行ってもらったことがある。
シェランの父は皇族であり、仕事はない。
そして唯一の趣味が鉱物をあつめることであった。
『鉱物はな、土地の神だ。これらが色々集まって動物やら植物を形作る』
キョトンとして父の話をシェランは聞いていた。
家に職人らしき人がよく来ていたことも思い出す。王宮で夜に空に向けて放つ、『花火』の製法を聞きに来ていた。
『花火って何?』
『う~ん、一言で言えば空に広がる炎みたいなものかな』
『お空まで炎が伸びるの?』
『『火薬』というのものを使って、玉を空に打ち上げる。その玉の中にはさらに『火薬』がはいっていて......』
両手を広げ、父親は大きな声を上げる。
『バーン!と爆発するんだ。その時にきれいな炎を輝かせるんだ』
自分の父親が、そのようなすごい仕事をしていることにシェランは感動する。
『一度見せてやろう。王宮の中には入れないが、よく見える場所を知っている』
ある夜、父親はちいさなシェランを背に親戚の皇族の屋敷へと立ち寄る。夜が来て、その時が来る。
『見てごらん』
シェランは父親におんぶしてもらい、王宮の方を見つめる。
ピカッと光る空。稲妻かと思い、ビクッと身をシェランは丸める。
『大丈夫』
父親の優しい声で、空を見るとそこには見たこともない光の渦が輝いていた。まるで夏のひまわりのように。少し時間差でどーんという激しい音が聞こえる。
それが『花火』と初めて出会った瞬間であった。
このときから鉱物に興味を持ち始めるシェラン。特に花火に興味津々だった彼女は、自分で材料を集めて火薬を配合したりもした。
そんな父ももういない。
ふっと眼に涙が浮かぶ。
それをごしごしと服のすそでぬぐう。悲しい気持ちでいっぱいなシェラン。十代なかばのそれは少女の本音だった。
――その時、いきなり後ろから引っ張られる感覚。
気がつくと馬の上に乗っていた。誰かに引き上げられたらしい。市場の中を馬が走り始める。馬の背にのり何が何やら分からぬシェラン。ただ、自分を引っ張り上げた人物の背中にすがりつき振り落とされないようにする。
「......?!」
はじめは誘拐されたのかと思ったが、そうでもないらしい。馬の主はただ、『落ちないように、しがみつきなさい』と繰り返し言葉をかけてくる。少年の声、それは昨日初めて聞いたばかりの声である。そうそれは国王ファルシードの――
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