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第1章 タルフィン王国への降嫁

タルフィン王国への嫁入り

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 荒れ地をもくもくとすすむ馬の群れ。みんな、疲れ切った顔をしていた。
「......」
 その真ん中には、日よけのベールをかぶった少女が一人なにやらつぶやいている。
「......草すら、草すらはえてないよ......この道......」
 彼女は呪っていた。こんな道をはるか彼方まで行かなければならない自分の人生を。

「皇帝陛下の心づかいいであります。よろしく、おうけください」
 それは、父親の葬儀が終わって数ヶ月のことであった。皇帝からの使者が彼女の前にうやうやしく現れる。
「皇族、朱菽蘭ジュ=シェランに命じる。西の国タルフィンの国王へ嫁入りすること。勅命である」
 シェランは十七歳。この国では結婚する歳としては、決して早くはない。まして皇帝陛下の勅命である。受けなければならない――ならないのだが――
「タルフィン......王国とは......なに?」
 使者にそう問いかけるも、一切説明はなかった。地図を見るシェラン。床に広げ、それを指差す。
「ここがわたしの『大鳳皇国』――で」
 すっとゆびを左に動かす。それまで細かく都市の名前が書かれていた地図上から、文字が消える。
 西に、西に、西に。まだ指はすべりつづけた。
 ようやく、地図のはじに小さく『タルフィン王国』と言う国を見つける。国境すらかかれていない。
 呆然とするシェラン。
 そして、彼女の旅が始まることとなった。

 シェランはこの時代、強勢を誇る大帝国『大鳳皇国』の皇族である。現在の皇帝は『龍の血脈』とも呼ばれる龍権帝祝捷であった。皇国は繁栄し、周辺の国も従える大帝国であった。シェランはそんな大帝国の皇帝の親戚、皇族であったわけだが......実情は少し異なっていた。
 そもそも皇族とは言いながら、皇帝家と関係がきわめて薄い。
「我が家は皇帝家と同じ『朱』の姓を名乗っておる。さかのぼれば皇帝陛下の曽祖父の弟の母の祖母が産んだ六番目の男子が我が家の祖であるのだ」
 何度も父親に聞かされた家の由来。まるで早口言葉である。シェランは子供の頃は感動していたが、年をとるにつけ自分の家が大したことがないことに気づき始めた。
 まず自宅が小さい。
 格式は高いらしいのだが、住んでいるのは家族と数人の使用人だけである。
 皇帝が住む『龍鳳宮』は一万の部屋と二万の家臣をかかえているらしい。
 けた、が違いすぎるのである。
 父親も全く権力には興味がないようで、毎日本ばかり読んでいた。王宮に行くことはまったくせず、のほほんと毎日を過ごしていた。それでも皇帝の一族ということで、生活に必要なお金は皇帝陛下より直々に下賜されていたのだった。
「......そのお父様が、まさか死んでしまわれるとは」
 汗をかきながら、馬上でそうつぶやくシェラン。
 突然のことであった。
 朝になっても起きてこない。おこしに行ったら、まるで眠るような顔をしながら息を引き取っていた。
 母はすでにいない。そして一人っ子のシェラン。天涯孤独の身の上になった瞬間である。
 何も考えられない状態で葬儀を終えた後、やってきたのが皇帝からの使者であったのだ。
「これは慈悲でござるぞ。身寄りがなくなった皇女殿下殿にタルフィン王国王妃としての地位を授ける。さすがは皇帝陛下、ありがたいことですなぁ」
 使者の言葉を思い出すたびに、シェランはムカつく。
 王妃、といっても地図にもまともにのっていないようなど辺境の王国。実際、この荒れ地は何であろうか。使節も小規模で、さらに行く途中の環境がひどすぎてかなり脱落者が出てしまっている。
「このような国の国王ということは、さぞかしすごいのだろうなぁ......まあ悪い意味で」
 シェランの頭の中に猛獣の皮を被った男性の姿がイメージされる。生肉を口でちぎるところまでがテンプレートだ。
 ぶるぶるを首をふる、シェラン。せめて外見はともかく、やさしい人物であることを祈るばかりである。
 シェランの髪は銀色である。
 当時の帝国ではどこまでも黒い髪が流行りであった。見た目も、まあ中よりは上であるとシェランはなんとなく思い込んでいたが、決して超美人というわけでもない。
 それから考えても、なにか二級品を田舎者にくれてやったというふうに思われてならない。
 ため息をつくシェラン。しょうがない。生きていれば、なにか楽しいこともあるはずだよねと自分をなぐさめる。
「シェラン皇女殿下さま!」
 自分を呼ぶ声。はっと自分にかえる、シェラン。気づけば隊がバラバラになっていた。完全に孤立するシェランに側近が声をあげたのである。
 そして目の前には――見たことのない動物にまたがる一団が。手には武器を持ち、身には鎧をまとい――とうてい正規の軍隊とは思えない風体である。『野盗』、『盗賊』、『強盗』......盗のつく言葉ばかりがぐるぐるまわる。
(ここまでなのかなぁ......)
 覚悟を決めるシェラン。苦しんで死ぬよりはせめて、と腰の剣に手をかけようとした時一頭のラクダがシェランの前に歩み寄る。
「な、な.....」
 自分を誘拐するつもりだろうか。思わず後ずさるシェラン。
 黒い大きな人影がひらりとラクダから飛び降り、刀を抜く。
(短い人生だったなぁ......次はお金持ちの商人の家に生まれたいなぁ......真っ黒な髪の毛で......)
 走馬灯が巡るシェラン。
 しかし、大きな人影はひざまずき、大きな声を上げる。女性のやや低めの声で。
「お迎えに上がりました。大鳳帝国皇女、朱菽蘭(ジュ=シェラン)殿下!」
 それに合わせて一斉にらくだから降りる軍勢。
 シェランはその音を薄れゆく意識の中で聞いていた――


「驚かせてすいませんでした、シェラン殿下」
 すまなさそうにシェランに並んで声をかける鎧の武者。兜からのぞく顔と長い黒い髪が女性であることを示していた。
「私は、ロシャナク=クテシファンと申すタルフィン王国の将軍であります。国王の縁戚に連なるもので国王陛下より、殿下をお迎えに行くよう命令されていました」
 言葉は丁寧ではあるが、しかしその格好はどうみても盗賊のそれである。なぜ、動物の骨を誇らしげに鎧にデコレーションするのか。とげとげして、なんとも野蛮である。
「もう少しで都です」
 将軍の声に、あたりをシェランはくるくると見回す。
 先程まで荒れ地だったのがだんだん、『砂漠』になりはじめたようだった。まさに草一本たりとも生えていない、不毛の大地である。
(やばい.......これはやばい......)
 この状態から考えると王国の都、といっても多分家畜と一緒に住んでいるような村かもしれない。もしくは洞窟に住んでいるのかも――『蛮族』という言葉だけが頭の中を駆け巡る。
(......ん?)
 ふとした疑問。
 隣の将軍の言葉である。丁寧な『皇国語』であった。大鳳帝国は大きい。地方に行くと方言がきつく、コミュニケーションがとれないこともある。しかしこの『蛮族』の将軍は極めてきれいな『皇国語』でシェランに話しかけていた。
「さあ、見えてきましたぞ。タルフィン王国が都『ゴルド=タルフィン』であります」
 うながされてローブの隙間から目を凝らして、遠くを見つめる。
 揺らぐ空気の中に現れたのは――まるで天まで届くような建物のシルエットであった――
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