70 / 70
第4章 会議は踊る
かくて1453年、百年戦争は終わりぬ
しおりを挟む
豪奢な天守閣。四方に堀を巡らし、いくつもの城が複数に組み合わさるまるで天界の宮殿のようなその作り。現代日本にはすでに失われたそれは——大阪城——天下人豊臣秀吉の普請による、その威光をしめす何よりの証であった。
現在最大の軍事力を有するのは、西軍大将毛利輝元。しかしこの城の主は——豊臣秀頼その人である。ただこの時、歳は十歳に満たず、実質的な権力者は——母親の浅井茶々、つまり淀殿であった。
大坂城の一室。奥まった部屋に彼女はいた。AIではない。史実ではこの歳三十になろうかというくらいだが、彼女は違っていた。若々しく、そして——何より優雅で。茶をたて、それを味わう彼女。長いストレートの髪が背に舞う。
大須桃——彼女である。
このシミュレーションが始まった瞬間から、淀殿としての彼女の役割は始まった。間者AIを通じての情報の収集。ほぼリアルタイムで関ケ原の状況がウィンドウに反映される。
最初から西軍不利は承知の上である。最善は大坂城の毛利輝元を動かすことであるが、権力者としての彼女の力をもってしても、それは困難なことだった。
ここで桃は、発想を逆転させる。
勝つことではなく、負けないようにするためにはどうしたらよいか。
その結論がこれである。すなわち朝廷による勅使の派遣。
朝廷との太いパイプを生かし、前の関白、太政大臣近衛前久を動かす。天皇に強く働きかけ、天下平安を口実に、詔勅を引き出すことに成功したのだ。
この工作の成功のうらには桃の政治力と、史実の淀殿をはるかに凌駕する『補正値』があったことが大きかった。奈穂が信じていた『最後の一手』はまさに桃によって指されたのである。
熱い茶の椀を両手で抱え、目を閉じる桃。シミュレーションが西軍の勝利を告げる。そのウィンドウには目もくれず、そっと椀に口をつける桃。目の前には茶菓子が一つ。黄色い、直方体の茶菓子。そっと竹の櫛で切れ目を入れる。
「奈穂さん——ありがとうね」
その茶菓子は——奈穂が以前調理実習で桃のためにつくってくれた『カロリースタッフ』桃はそれを大事そうに口に運ぶ。
最初は敵として、今はクラスメートして、そして友人として。桃にとっても奈穂はかけがえのない存在となっていた。お茶を飲み干す桃。そっと椀を畳の上に置く。
そろそろその時間がやってくる頃合いだった。『アリストテレスシミュレーション』の終了の時。死んだ墨子や知恵が再びよみがえる時。
システムの終了を知らせるコール。歪む空間。そしてあたりは光から闇へと変化する。
そっと目を開ける桃。目の前にいたのは——制服姿の奈穂。それに寄り添う墨子、知恵の姿。遠くには二人の教員。そして肩ひじをついてうなだれる二年生——宗世の姿も——
『以上をもって、アリストテレスシミュレーション:関ヶ原の戦いを終了する。具体的な点数化はAI及び十二教員の合議により決定するとして……ここに副校長の名において、また神と理性の名において宣言する。総合的な勝者は——一年宍戸奈穂、孫墨子、知恵=ベルナルディ、大須桃の四名!』
副校長但馬向洋の宣言。
「やったね、ナポちゃん……ごめんね、死んじゃって……」
すまなそうに謝る知恵。
「俺もだ……役に立たなくて……」
頭をかきながらそういう墨子。
奈穂はただ頭を横に振る。
「私が、もっと……ちゃんと考えてれば……桃さん……ありがとう……」
奈穂の言葉に桃はただ微笑みを返す。いつも通りのぼさぼさ頭で。
奈穂の目の前にいる三人。それは紛れもない友人の姿であった——
現在最大の軍事力を有するのは、西軍大将毛利輝元。しかしこの城の主は——豊臣秀頼その人である。ただこの時、歳は十歳に満たず、実質的な権力者は——母親の浅井茶々、つまり淀殿であった。
大坂城の一室。奥まった部屋に彼女はいた。AIではない。史実ではこの歳三十になろうかというくらいだが、彼女は違っていた。若々しく、そして——何より優雅で。茶をたて、それを味わう彼女。長いストレートの髪が背に舞う。
大須桃——彼女である。
このシミュレーションが始まった瞬間から、淀殿としての彼女の役割は始まった。間者AIを通じての情報の収集。ほぼリアルタイムで関ケ原の状況がウィンドウに反映される。
最初から西軍不利は承知の上である。最善は大坂城の毛利輝元を動かすことであるが、権力者としての彼女の力をもってしても、それは困難なことだった。
ここで桃は、発想を逆転させる。
勝つことではなく、負けないようにするためにはどうしたらよいか。
その結論がこれである。すなわち朝廷による勅使の派遣。
朝廷との太いパイプを生かし、前の関白、太政大臣近衛前久を動かす。天皇に強く働きかけ、天下平安を口実に、詔勅を引き出すことに成功したのだ。
この工作の成功のうらには桃の政治力と、史実の淀殿をはるかに凌駕する『補正値』があったことが大きかった。奈穂が信じていた『最後の一手』はまさに桃によって指されたのである。
熱い茶の椀を両手で抱え、目を閉じる桃。シミュレーションが西軍の勝利を告げる。そのウィンドウには目もくれず、そっと椀に口をつける桃。目の前には茶菓子が一つ。黄色い、直方体の茶菓子。そっと竹の櫛で切れ目を入れる。
「奈穂さん——ありがとうね」
その茶菓子は——奈穂が以前調理実習で桃のためにつくってくれた『カロリースタッフ』桃はそれを大事そうに口に運ぶ。
最初は敵として、今はクラスメートして、そして友人として。桃にとっても奈穂はかけがえのない存在となっていた。お茶を飲み干す桃。そっと椀を畳の上に置く。
そろそろその時間がやってくる頃合いだった。『アリストテレスシミュレーション』の終了の時。死んだ墨子や知恵が再びよみがえる時。
システムの終了を知らせるコール。歪む空間。そしてあたりは光から闇へと変化する。
そっと目を開ける桃。目の前にいたのは——制服姿の奈穂。それに寄り添う墨子、知恵の姿。遠くには二人の教員。そして肩ひじをついてうなだれる二年生——宗世の姿も——
『以上をもって、アリストテレスシミュレーション:関ヶ原の戦いを終了する。具体的な点数化はAI及び十二教員の合議により決定するとして……ここに副校長の名において、また神と理性の名において宣言する。総合的な勝者は——一年宍戸奈穂、孫墨子、知恵=ベルナルディ、大須桃の四名!』
副校長但馬向洋の宣言。
「やったね、ナポちゃん……ごめんね、死んじゃって……」
すまなそうに謝る知恵。
「俺もだ……役に立たなくて……」
頭をかきながらそういう墨子。
奈穂はただ頭を横に振る。
「私が、もっと……ちゃんと考えてれば……桃さん……ありがとう……」
奈穂の言葉に桃はただ微笑みを返す。いつも通りのぼさぼさ頭で。
奈穂の目の前にいる三人。それは紛れもない友人の姿であった——
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
戦艦大和、時空往復激闘戦記!(おーぷん2ちゃんねるSS出展)
俊也
SF
1945年4月、敗色濃厚の日本海軍戦艦、大和は残りわずかな艦隊と共に二度と還れぬ最後の決戦に赴く。
だが、その途上、謎の天変地異に巻き込まれ、大和一隻のみが遥かな未来、令和の日本へと転送されてしまい…。
また、おーぷん2ちゃんねるにいわゆるSS形式で投稿したものですので読みづらい面もあるかもですが、お付き合いいただけますと幸いです。
姉妹作「新訳零戦戦記」「信長2030」
共々宜しくお願い致しますm(_ _)m
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
MMS ~メタル・モンキー・サーガ~
千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』
洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。
その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。
突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。
その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!!
機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうぶつたちのキャンプ
葵むらさき
SF
何らかの理由により宇宙各地に散らばってしまった動物たちを捜索するのがレイヴン=ガスファルトの仕事である。
今回彼はその任務を負い、不承々々ながらも地球へと旅立った。
捜索対象は三頭の予定で、レイヴンは手早く手際よく探し出していく。
だが彼はこの地球で、あまり遭遇したくない組織の所属員に出遭ってしまう。
さっさと帰ろう──そうして地球から脱出する寸前、不可解で不気味で嬉しくもなければ面白くもない、にも関わらず無視のできないメッセージが届いた。
なんとここにはもう一頭、予定外の『捜索対象動物』が存在しているというのだ。
レイヴンは困惑の極みに立たされた──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる