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第4章 会議は踊る

かくて1453年、百年戦争は終わりぬ

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 豪奢な天守閣。四方に堀を巡らし、いくつもの城が複数に組み合わさるまるで天界の宮殿のようなその作り。現代日本にはすでに失われたそれは——大阪城——天下人豊臣秀吉の普請による、その威光をしめす何よりの証であった。
 現在最大の軍事力を有するのは、西軍大将毛利輝元。しかしこの城の主は——豊臣秀頼その人である。ただこの時、歳は十歳に満たず、実質的な権力者は——母親の浅井茶々、つまり淀殿であった。
 大坂城の一室。奥まった部屋に彼女はいた。AIではない。史実ではこの歳三十になろうかというくらいだが、彼女は違っていた。若々しく、そして——何より優雅で。茶をたて、それを味わう彼女。長いストレートの髪が背に舞う。
 大須桃——彼女である。
 このシミュレーションが始まった瞬間から、淀殿としての彼女の役割は始まった。間者AIを通じての情報の収集。ほぼリアルタイムで関ケ原の状況がウィンドウに反映される。
 最初から西軍不利は承知の上である。最善は大坂城の毛利輝元を動かすことであるが、権力者としての彼女の力をもってしても、それは困難なことだった。
 ここで桃は、発想を逆転させる。
 勝つことではなく、負けないようにするためにはどうしたらよいか。
 その結論がこれである。すなわち朝廷による勅使の派遣。
 朝廷との太いパイプを生かし、前の関白、太政大臣近衛前久を動かす。天皇に強く働きかけ、天下平安を口実に、詔勅を引き出すことに成功したのだ。
 この工作の成功のうらには桃の政治力と、史実の淀殿をはるかに凌駕する『補正値』があったことが大きかった。奈穂が信じていた『最後の一手』はまさに桃によって指されたのである。
 熱い茶の椀を両手で抱え、目を閉じる桃。シミュレーションが西軍の勝利を告げる。そのウィンドウには目もくれず、そっと椀に口をつける桃。目の前には茶菓子が一つ。黄色い、直方体の茶菓子。そっと竹の櫛で切れ目を入れる。
「奈穂さん——ありがとうね」
 その茶菓子は——奈穂が以前調理実習で桃のためにつくってくれた『カロリースタッフ』桃はそれを大事そうに口に運ぶ。
 最初は敵として、今はクラスメートして、そして友人として。桃にとっても奈穂はかけがえのない存在となっていた。お茶を飲み干す桃。そっと椀を畳の上に置く。
 そろそろその時間がやってくる頃合いだった。『アリストテレスシミュレーション』の終了の時。死んだ墨子や知恵が再びよみがえる時。
 システムの終了を知らせるコール。歪む空間。そしてあたりは光から闇へと変化する。

 そっと目を開ける桃。目の前にいたのは——制服姿の奈穂。それに寄り添う墨子、知恵の姿。遠くには二人の教員。そして肩ひじをついてうなだれる二年生——宗世の姿も——
『以上をもって、アリストテレスシミュレーション:関ヶ原の戦いを終了する。具体的な点数化はAI及び十二教員の合議により決定するとして……ここに副校長の名において、また神と理性の名において宣言する。総合的な勝者は——一年宍戸奈穂、孫墨子、知恵=ベルナルディ、大須桃の四名!』
 副校長但馬向洋の宣言。
「やったね、ナポちゃん……ごめんね、死んじゃって……」
 すまなそうに謝る知恵。
「俺もだ……役に立たなくて……」
 頭をかきながらそういう墨子。
 奈穂はただ頭を横に振る。
「私が、もっと……ちゃんと考えてれば……桃さん……ありがとう……」
 奈穂の言葉に桃はただ微笑みを返す。いつも通りのぼさぼさ頭で。
 奈穂の目の前にいる三人。それは紛れもない友人の姿であった——
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