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第4章 会議は踊る

トイトブルク森の戦い

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 鎧姿の馬上の墨子を先頭に、騎馬隊が突進する。
 敵の前陣は鉄砲隊と弓隊の火力により引き裂かれ、その行き先の示すところは東軍本陣——徳川内府本人、つまり宗世——のいる本陣である。
 すでに、墨子の部隊の矢玉は尽きている。二回目のチャンスはない。この一撃が敵の大将の首を取ることのできる最後の攻撃であった。
 一番そのことをよく知っているのは、墨子である。一見猪突な攻撃に見えて相手の反撃に合わせて、力を調節する。少しでも宗世に相まみえたときに体力を温存しておくために。
 そんな墨子の思惑にそって、東軍は総崩れとなる。前陣だけではなく中程の槍隊も騎馬隊に蹂躙され、後続の西軍本隊にとどめを刺される。
 ゆっくりと馬を巡らす墨子。とにかく、前進するのが大事だ。しかし単騎で突っ込んでも本陣には届かないことは明らかだ。
 矛盾するようだが『面』を確保しつつ、鋭い錐のように徳川本隊を切り開いて行く必要がある。すっと右手を上げる。逃走する残敵に構うなという指示。同じような戦いのプロセスが何度繰り返されたであろうか。
気が付くと目の前には、陣幕の壁と旗——『三つ葉葵』に『厭離穢土欣求浄土』の旗印。目の中の、発光式情報展開コンタクトで最終的な確認を墨子は行う。
『徳川本陣と判断します』
 それを確認して後方にハンドサインを送る墨子。虎の子の最後一発が詰まった、大筒を持つ騎馬部隊が前面に押し出される。着火し、構える。
「はなて!」
 墨子の一閃。刀を抜き払い、馬上で横に薙ぐ。
 同時に数十門の大筒が、馬乗武者より放たれる。火花の洪水。そして煙。衝撃が陣幕をおそいずたずたに切り裂く。旗指し物が折れ、宙に舞う。
 それが地面に落ちる前に、墨子は突撃を開始する。
空になった大筒を捨てて突進する騎馬武者。そしてそれに随伴する歩兵。必死の形相で墨子を先頭に一団の矢となって切り裂かれた陣幕へと突入していった。
 その刹那。
 墨子の顔が、大きく弾かれる。必死で手綱を握る墨子。次の瞬間には右肩に大きな衝撃。鎧の袖が吹き飛ぶ。馬上から落ちそうになるのを、なんとかこらえようと鐙に全体重をかける。
 どさどさと他の騎馬武者たちが地面に落馬し、馬だけが右往左往する。その馬も二射目の銃撃によりいななきとともに地面に倒れていく。
「…………!」
 右肩をかばいながら、状況を理解する墨子。槍で後続の歩兵隊の歩みを遮る。
 第三射。同じく正面の陣幕より。そしてその幕を剥ぎ取るように敵の槍隊が突進してくる。
(読まれていたか……!)
 奈穂の三兵戦術を逆手に取り、あえて本陣まで攻め込ませ、そして伏兵の大軍によって攻勢の終末点にあった攻撃隊を一気に殲滅する宗世の策。
 だとするならば——方陣を組むように墨子は即座に下知する。しかし、次の瞬間左右からの矢の襲撃。
 両側面にも徳川の部隊が潜んでいたようだ。このままでは三千の攻撃隊が何もせずに全滅してしまう。墨子は決断する。くるりと馬先を翻し、残存部隊を引率する。残った騎馬部隊を中心に先頭をつとめ、先程破った徳川勢の中を突進して退却する決断を下したのだった。
 左右から飛んでくる矢の雨をかわしながら、駆ける墨子。
 左腕に突き刺さる感覚。このシミュレーションでは痛覚までは再現されないが、怪我による運動能力の低下は考慮される。それでも手綱を離そうとはしない。ここで——ここで倒れては奈穂との約束を守ることができなくなってしまうのだ——
 そして、新手が現れる。黒い鎧兜の武将をいただく大部隊——間違えるわけもない。宗世である。
(最後の……チャンスか……!)
 単騎、抜刀して突っ込む墨子。最後の力のすべてを振り絞ってそれを宗世に叩きこもうとする。
 すごいスピードで近づく墨子に、たじろぎもせず、すっと火縄銃を構える。
 一発。
 乾いた音が街道に響く。墨子の馬の脚が止まる。そのまま、胸甲に手をやる墨子。手が濡れる感覚。宗世の放った弾丸が胸の鎧を貫いていた。
 ぐっと体を引き起こすと、槍を握り返し振りかぶる。ビュンという音とともに槍が——放たれる。数メートルだろうか。ゆっくりとその槍は円弧を描き——地面に吸い込まれる。宗世に届くことなく。ドサッという音。墨子もまた——地面に——
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