上 下
52 / 70
第4章 会議は踊る

暗愚なるクラウディウス

しおりを挟む
 四方を幕に囲まれ、床几の上に足を組む少女。大きな刀を床につき、杖のように支えをとっていた。
 目の前に展開する複数のフィジカルウィンドウ。それをじっと隻眼で食い入るように見つめる——梁川宗世。
 後方には旗指物がはためく。『厭離穢土欣求浄土』。徳川家康の旗指物である。『こんな汚れてしまった世はもういやだ、はやく極楽浄土へ行きたい』というお経の一説。
 そして、要所に派遣していた見張りの伝令からの情報が耳孔にセットされたイヤホンからどんどん流れてくる。
『十四日、西軍主力大垣城を出陣』
『わが東軍主力福島・池田勢は大垣城を守る島津勢により足止め状態』
『西軍主力石田・宇喜多・小西勢は伊勢街道方面へ移動中。大雨のため、速度はゆっくり』
 片目を閉じて、集中する宗世。少しの沈黙ののち目を見開く。刀を抜き、ゆっくりとフィジカルウィンドウの地図の一点を示す。
「……関ケ原か……」
 史実通りの動き。少し拍子抜けした感じもあった。副校長から提供された『ミッドウェー海戦』や『キューバ危機』のシミュレーションの再現データでは、奈穂はかなりの手練れであることを感じていたのに——この安直ともいえる行動は——
 宗世は首を横に振る。濡れた黒髪がほほに張り付く。
「是非もない。関ケ原を墓所にしたければ——それもまた一興」
 座ったまま、右手を上げる宗世。
 目の前に膝まずいた武者が現れる。背には、旗差物を背負って。その右手をゆっくりとおろすと、命令の入力されたウィンドウがそれぞれに最小化していく。
「南宮山に陣取る吉川広家に密使。かねてからの通りサボタージュを継続せよと。一歩たりとも毛利勢を動かすことないように」
 一人の武者が大きくうなずき、消える。
「松尾山の小早川秀秋には、早々に、旗色を明確にせよと。敵と味方をはっきりさせるような行為に及ぶべしと」
 同じように、命令を承り消滅する武者。
「そして……徳川全軍に命令。福島・池田勢を残してわれわれは……『関ケ原』に向かう!」
 立ち上がる宗世。
 左手を空に掲げると、白馬がすごい勢いで横を通り過ぎる。取って返したその瞬間に馬に飛び乗る宗世。雨の中を切り裂くように大軍勢がその陰に伴う。
 大地に響く、蹄の合唱。中山道をまっすぐに、目標はただ一つ——関ケ原に向かって——
しおりを挟む

処理中です...