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第3章 ブリュメールのクーデター

ブルートゥスの短剣

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「知恵さん、ありがとう!これで……どうやら、勝った感じかな」
 ぷうと機嫌を損ねる知恵。不思議そうに見つめる奈穂。
「いつまでも、『さん』呼びは嫌かな」
「あ、ごめん。じゃあ、知恵……ちゃん」
 ぎゅっと飛びつく、知恵。内心奈穂はちょっと引く。
「まあ、百点だろうな。史実よりも完璧だ」
 墨子が手を顎にあてながら、そうつぶやく。
「なにより——あっちのメンツも立ててやったんだ。なあ、入学生代表」
 空に向かってそう、墨子は話しかける。ブンという電子音とともに現れる姿。直立不動で後ろに手を組む桃。
『そうですね。史実ではアメリカに譲歩しすぎということで失脚してしまうフルシチョフですが、こういう筋書であればそうはならないでしょうね。全くもって、ありがたいことですわ』
 恭しく礼をする桃。そしてすっと顔を上げる。奈穂と目が合う。その瞬間奈穂の背中に走る悪寒。勝者である奈穂をまるで——憐れむような目で見つめていたのだ。
『ただ……すべての人間が、この選択で救われたわけでは、なくってよ。史実は史実なりの妥当性を持っています。たとえ戦争になったとしても、それを待ち望む人間、それによって利益を得る人間は存在するのだから。理想にこだわりすぎると、必ず何かしらの歪をうみ、それはテロリズムという形で阻害され、また逆行の歴史をたどることになるのは……また歴史の必然ですわね』
 桃の後ろにいくつものフィジカルウィンドウが立ち上がる。
それはテロの歴史。洋の東西を問わず、革新的な改革をなそうとした指導者の末路。本能寺が燃え、ポンペイウス劇場の床は血に染まる。
 そして、次の瞬間。
そのウィンドウから一筋の軌跡が放たれる。それは風を切る狂気の刃——
 知恵が右手をおさえる。赤い飛沫が舞う。床に跳弾する音響が響く。見えないどこからかの狙撃。
墨子が懐から素早く拳銃を取り出し、構える。それを、冷たい目で見つめる桃。
二発目。音だけが空を切る。知恵をかばう奈穂。
「危ない!」
「ナポちゃん……!私じゃなくて……」
 知恵が、目標(Target)は——大統領——と言いかけた次の瞬間、奈穂の体が宙を舞う。
右足腿を貫通した銃弾は、不思議な放物線を描き、心臓部を貫通——そして最後は左首頸動脈を切断する。
『さまよえる弾丸』『魔法の銃弾』
 それが、奈穂にとどめを刺した。床の一面が赤くそまる。奈穂の体から、血が溢れんばかりに流れでる。
『シミュレーション:アクシデントイベントにより終了:以上の状況もって評価を行う。J・F・ケネディ大統領の即死判定。自動的に副大統領に大統領権限を移行する』
 冷たいシミュレータの声。呆然とする知恵。ぐったりとした奈穂を膝に抱え込みながら。
 次の瞬間——光が——周りを駆け巡った。
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