この婚姻は誰のため?

ひろか

文字の大きさ
上 下
7 / 8

07

しおりを挟む
「これは、どういうことだ!」

 叩きつけたのはレナルドの置手紙。

 ──マリンは命をかけて守ります。
 と、二人の署名が入っていた。

「なんで、こんなことになった! 私の婚約者を攫い逃亡だと!? 何を考えているんだ! レナルドとフリスを捕らえろ!」
「止めたほうがよろしいでしょう、“知”と“剣”に裏切られ逃げられたなど知られたら、王族としての資質を問われ王太子の資格を失いますよ」
「うっぐ、くそ! アンシェルを連れてこい! 今すぐに! あの女さえいれば私はっ」

「アンシェルは渡しません」

「は? なにを言っているんだ? あ、あぁ、婚姻と引き換えの魔術師団長の座か、安心しろ、次期王となる私の“盾”はお前だ、カルラド」
「……ふっ。ええ、魔術師団長の座がほしかったのは、公爵令嬢であるアンシェルとの婚姻には、周りが納得できる程の、それなりの地位が必要だったからですよ。マティアス様には感謝しています。簡単にマリン程度の娘に乗り換え、アンシェルを手放してくださったのですから」

「なに……?」
「アンシェルの価値に気づけない貴方には、彼女はもったいない」
「お、お前、はじめからアンシェルが目的だったのか……?」

「ふ、ふざけるな! あれは私の妃だ!」

「みっともないですよ、兄上」
「クリフト!」
「アンシェル嬢がいなければ、王太子として認められない自分の至らなさを棚に上げて、恥ずかしくないのですか? そんなんだから王族として忠誠を誓ったはずの“知”と“剣”に逃げられるんですよ」
「なっ、なんで、それを、お、お前か! お前が、私の側近をかどわかしたのか!」
「言いがかりはやめてください、てか、それボクじゃないし」
「うるさい、うるさい! お前のせいで!」

 掴みかかろうと伸ばしたマティアスの手を見えない壁が阻む。

「な、カルラド! 貴様! 誰のおかげで魔術師団長になれるとおもっている! お前は私の盾だろう!」

「違います。魔術師団長は王の盾。次期、魔術師団長である私は王太子の盾です。守るのは貴方ではない」

「なん、だと……」

 言葉の意味を理解し、カクンと糸が切れたように膝をつき、呆然と弟王子の顔を見上げる第一王子マティアス。


「ふふ、ねぇ、兄上、ボクの“盾”は優秀でしょ?」






 医局にカルラドがやって来たのは春の初め。
 久しぶりに会うその姿はしばらくまともに寝ていないのか、目の下に濃い隈を作っていた。

「寝不足、それだけね。薬を出しましょうか? 短時間でもよく眠れるやつ」
「アンシェルが足りない」
「薬は必要なしっと」
 はい、診察終わり、とファイルを閉じる。

「もうすぐ全部終わるから、迎えにいく……」

 春の祭典で第二王子、クリフト殿下が王太子として立たれることが決まった。同時に婚姻式を行いシルヴィア嬢が王太子妃として立つ。もう、アンシェルが王家に望まれることはないだろう。

 今王城は立太子に婚姻式と、準備に慌ただしい。

「こちらから会いに行くわ、“芽吹きの祝日”に」
「めぶきっ!?」
 ガタリと雑に立ち上がるから椅子が倒れた。

「カルラド、落ち着きなさい。まだ終わってないでしょう、アンシェルが納得できる姿を見せるんでしょ?」

 カルラドの唇が震え瞳が潤んでいく。

 芽吹きの祝日は、この春生まれた子供を祝うための祭日。春の女神の祝福を王族が代わりに贈り、この国の子供として登録する、貴族の子の出生届の日。

「だから、半年間会わせることができなかったのよ」
「……ジェンダ嬢……」
「なに、その呼び方、気持ち悪いわね」
「アンシェルを守ってくれてありがとう……」
「や。アンシェルのためだけだから」
 グズグズと涙を拭く男をとっとと仕事に戻れと、しっしと追い払う。

 そう、アンシェルのため。そう言いながら、自分の身勝手でもあった。
 アンシェルがずっと王太子妃として、次期王妃として、妃教育をかんばっている姿を見ていた。

「わたし……王妃にならないと、いけないのかな……」

 一度だけこぼれた、小さな本音に何も答えることができなかった。
 アンシェルから笑顔が消えていくのを、気づいていながら、何もできなかった。

 しかし四年前、学園の人気のない教室でカルラドは土下座で懇願してきた。

「頼む! アンシェル嬢の好むものを教えてほしい!」
「は?」
「趣味! 収集物! 何でも、全て!」

 アンシェルのことを知りたいと、近づきたいと、前髪が額に張り付くほど熱で顔を真っ赤にした男に、この男の方が相応しいのではないかと、アンシェルの笑顔を奪った第一王子よりもカルラドと一緒の方が、アンシェルが笑っていられるのではないかと、そう思ってしまったのだ。

 あの子の努力を無駄にさせることになるのは分かっていた。
 それでも、大切な幼馴染の、あのころの笑顔を取り戻したかった。



「ジェンダおかえりなさい」
「ただいま、今日はどうだった? 気分は?」
「へーきよ、ふふ、何度も蹴るのよ、ほらここ」
 大きく張ったお腹はもういつ生まれてもおかしくないほど。

「あー、ほんと元気な子ね、もうすぐ会えるねー」

 願ってしまうのはやはり、

 アンシェルに似ますよーに、アンシェルだけに似ますよ―に! カルラドにはカケラも似ませんよーに!


 そんな願いも空しく、春の白花が咲き始めた早朝、アンシェルは元気な男の子を産んだ。
 カケラもアンシェルに似たところのない、父親に似すぎた赤子を。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜

よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。  夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。  不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。  どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。  だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。  離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。  当然、慰謝料を払うつもりはない。  あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?

諦めた令嬢と悩んでばかりの元婚約者

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
愛しい恋人ができた僕は、婚約者アリシアに一方的な婚約破棄を申し出る。 どんな態度をとられても仕方がないと覚悟していた。 だが、アリシアの態度は僕の想像もしていなかったものだった。 短編。全6話。 ※女性たちの心情描写はありません。 彼女たちはどう考えてこういう行動をしたんだろう? と、考えていただくようなお話になっております。 ※本作は、私の頭のストレッチ作品第一弾のため感想欄は開けておりません。 (投稿中は。最終話投稿後に開けることを考えております) ※1/14 完結しました。 感想欄を開けさせていただきます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

どう見ても貴方はもう一人の幼馴染が好きなので別れてください

ルイス
恋愛
レレイとアルカは伯爵令嬢であり幼馴染だった。同じく伯爵令息のクローヴィスも幼馴染だ。 やがてレレイとクローヴィスが婚約し幸せを手に入れるはずだったが…… クローヴィスは理想の婚約者に憧れを抱いており、何かともう一人の幼馴染のアルカと、婚約者になったはずのレレイを比べるのだった。 さらにはアルカの方を優先していくなど、明らかにおかしな事態になっていく。 どう見てもクローヴィスはアルカの方が好きになっている……そう感じたレレイは、彼との婚約解消を申し出た。 婚約解消は無事に果たされ悲しみを持ちながらもレレイは前へ進んでいくことを決心した。 その後、国一番の美男子で性格、剣術も最高とされる公爵令息に求婚されることになり……彼女は別の幸せの一歩を刻んでいく。 しかし、クローヴィスが急にレレイを溺愛してくるのだった。アルカとの仲も上手く行かなかったようで、真実の愛とか言っているけれど……怪しさ満点だ。ひたすらに女々しいクローヴィス……レレイは冷たい視線を送るのだった。 「あなたとはもう終わったんですよ? いつまでも、キスが出来ると思っていませんか?」

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

処理中です...