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「これは、どういうことだ!」
叩きつけたのはレナルドの置手紙。
──マリンは命をかけて守ります。
と、二人の署名が入っていた。
「なんで、こんなことになった! 私の婚約者を攫い逃亡だと!? 何を考えているんだ! レナルドとフリスを捕らえろ!」
「止めたほうがよろしいでしょう、“知”と“剣”に裏切られ逃げられたなど知られたら、王族としての資質を問われ王太子の資格を失いますよ」
「うっぐ、くそ! アンシェルを連れてこい! 今すぐに! あの女さえいれば私はっ」
「アンシェルは渡しません」
「は? なにを言っているんだ? あ、あぁ、婚姻と引き換えの魔術師団長の座か、安心しろ、次期王となる私の“盾”はお前だ、カルラド」
「……ふっ。ええ、魔術師団長の座がほしかったのは、公爵令嬢であるアンシェルとの婚姻には、周りが納得できる程の、それなりの地位が必要だったからですよ。マティアス様には感謝しています。簡単にマリン程度の娘に乗り換え、アンシェルを手放してくださったのですから」
「なに……?」
「アンシェルの価値に気づけない貴方には、彼女はもったいない」
「お、お前、はじめからアンシェルが目的だったのか……?」
「ふ、ふざけるな! あれは私の妃だ!」
「みっともないですよ、兄上」
「クリフト!」
「アンシェル嬢がいなければ、王太子として認められない自分の至らなさを棚に上げて、恥ずかしくないのですか? そんなんだから王族として忠誠を誓ったはずの“知”と“剣”に逃げられるんですよ」
「なっ、なんで、それを、お、お前か! お前が、私の側近をかどわかしたのか!」
「言いがかりはやめてください、てか、それボクじゃないし」
「うるさい、うるさい! お前のせいで!」
掴みかかろうと伸ばしたマティアスの手を見えない壁が阻む。
「な、カルラド! 貴様! 誰のおかげで魔術師団長になれるとおもっている! お前は私の盾だろう!」
「違います。魔術師団長は王の盾。次期、魔術師団長である私は王太子の盾です。守るのは貴方ではない」
「なん、だと……」
言葉の意味を理解し、カクンと糸が切れたように膝をつき、呆然と弟王子の顔を見上げる第一王子マティアス。
「ふふ、ねぇ、兄上、ボクの“盾”は優秀でしょ?」
*
医局にカルラドがやって来たのは春の初め。
久しぶりに会うその姿はしばらくまともに寝ていないのか、目の下に濃い隈を作っていた。
「寝不足、それだけね。薬を出しましょうか? 短時間でもよく眠れるやつ」
「アンシェルが足りない」
「薬は必要なしっと」
はい、診察終わり、とファイルを閉じる。
「もうすぐ全部終わるから、迎えにいく……」
春の祭典で第二王子、クリフト殿下が王太子として立たれることが決まった。同時に婚姻式を行いシルヴィア嬢が王太子妃として立つ。もう、アンシェルが王家に望まれることはないだろう。
今王城は立太子に婚姻式と、準備に慌ただしい。
「こちらから会いに行くわ、“芽吹きの祝日”に」
「めぶきっ!?」
ガタリと雑に立ち上がるから椅子が倒れた。
「カルラド、落ち着きなさい。まだ終わってないでしょう、アンシェルが納得できる姿を見せるんでしょ?」
カルラドの唇が震え瞳が潤んでいく。
芽吹きの祝日は、この春生まれた子供を祝うための祭日。春の女神の祝福を王族が代わりに贈り、この国の子供として登録する、貴族の子の出生届の日。
「だから、半年間会わせることができなかったのよ」
「……ジェンダ嬢……」
「なに、その呼び方、気持ち悪いわね」
「アンシェルを守ってくれてありがとう……」
「や。アンシェルのためだけだから」
グズグズと涙を拭く男をとっとと仕事に戻れと、しっしと追い払う。
そう、アンシェルのため。そう言いながら、自分の身勝手でもあった。
アンシェルがずっと王太子妃として、次期王妃として、妃教育をかんばっている姿を見ていた。
「わたし……王妃にならないと、いけないのかな……」
一度だけこぼれた、小さな本音に何も答えることができなかった。
アンシェルから笑顔が消えていくのを、気づいていながら、何もできなかった。
しかし四年前、学園の人気のない教室でカルラドは土下座で懇願してきた。
「頼む! アンシェル嬢の好むものを教えてほしい!」
「は?」
「趣味! 収集物! 何でも、全て!」
アンシェルのことを知りたいと、近づきたいと、前髪が額に張り付くほど熱で顔を真っ赤にした男に、この男の方が相応しいのではないかと、アンシェルの笑顔を奪った第一王子よりもカルラドと一緒の方が、アンシェルが笑っていられるのではないかと、そう思ってしまったのだ。
あの子の努力を無駄にさせることになるのは分かっていた。
それでも、大切な幼馴染の、あのころの笑顔を取り戻したかった。
「ジェンダおかえりなさい」
「ただいま、今日はどうだった? 気分は?」
「へーきよ、ふふ、何度も蹴るのよ、ほらここ」
大きく張ったお腹はもういつ生まれてもおかしくないほど。
「あー、ほんと元気な子ね、もうすぐ会えるねー」
願ってしまうのはやはり、
アンシェルに似ますよーに、アンシェルだけに似ますよ―に! カルラドにはカケラも似ませんよーに!
そんな願いも空しく、春の白花が咲き始めた早朝、アンシェルは元気な男の子を産んだ。
カケラもアンシェルに似たところのない、父親に似すぎた赤子を。
叩きつけたのはレナルドの置手紙。
──マリンは命をかけて守ります。
と、二人の署名が入っていた。
「なんで、こんなことになった! 私の婚約者を攫い逃亡だと!? 何を考えているんだ! レナルドとフリスを捕らえろ!」
「止めたほうがよろしいでしょう、“知”と“剣”に裏切られ逃げられたなど知られたら、王族としての資質を問われ王太子の資格を失いますよ」
「うっぐ、くそ! アンシェルを連れてこい! 今すぐに! あの女さえいれば私はっ」
「アンシェルは渡しません」
「は? なにを言っているんだ? あ、あぁ、婚姻と引き換えの魔術師団長の座か、安心しろ、次期王となる私の“盾”はお前だ、カルラド」
「……ふっ。ええ、魔術師団長の座がほしかったのは、公爵令嬢であるアンシェルとの婚姻には、周りが納得できる程の、それなりの地位が必要だったからですよ。マティアス様には感謝しています。簡単にマリン程度の娘に乗り換え、アンシェルを手放してくださったのですから」
「なに……?」
「アンシェルの価値に気づけない貴方には、彼女はもったいない」
「お、お前、はじめからアンシェルが目的だったのか……?」
「ふ、ふざけるな! あれは私の妃だ!」
「みっともないですよ、兄上」
「クリフト!」
「アンシェル嬢がいなければ、王太子として認められない自分の至らなさを棚に上げて、恥ずかしくないのですか? そんなんだから王族として忠誠を誓ったはずの“知”と“剣”に逃げられるんですよ」
「なっ、なんで、それを、お、お前か! お前が、私の側近をかどわかしたのか!」
「言いがかりはやめてください、てか、それボクじゃないし」
「うるさい、うるさい! お前のせいで!」
掴みかかろうと伸ばしたマティアスの手を見えない壁が阻む。
「な、カルラド! 貴様! 誰のおかげで魔術師団長になれるとおもっている! お前は私の盾だろう!」
「違います。魔術師団長は王の盾。次期、魔術師団長である私は王太子の盾です。守るのは貴方ではない」
「なん、だと……」
言葉の意味を理解し、カクンと糸が切れたように膝をつき、呆然と弟王子の顔を見上げる第一王子マティアス。
「ふふ、ねぇ、兄上、ボクの“盾”は優秀でしょ?」
*
医局にカルラドがやって来たのは春の初め。
久しぶりに会うその姿はしばらくまともに寝ていないのか、目の下に濃い隈を作っていた。
「寝不足、それだけね。薬を出しましょうか? 短時間でもよく眠れるやつ」
「アンシェルが足りない」
「薬は必要なしっと」
はい、診察終わり、とファイルを閉じる。
「もうすぐ全部終わるから、迎えにいく……」
春の祭典で第二王子、クリフト殿下が王太子として立たれることが決まった。同時に婚姻式を行いシルヴィア嬢が王太子妃として立つ。もう、アンシェルが王家に望まれることはないだろう。
今王城は立太子に婚姻式と、準備に慌ただしい。
「こちらから会いに行くわ、“芽吹きの祝日”に」
「めぶきっ!?」
ガタリと雑に立ち上がるから椅子が倒れた。
「カルラド、落ち着きなさい。まだ終わってないでしょう、アンシェルが納得できる姿を見せるんでしょ?」
カルラドの唇が震え瞳が潤んでいく。
芽吹きの祝日は、この春生まれた子供を祝うための祭日。春の女神の祝福を王族が代わりに贈り、この国の子供として登録する、貴族の子の出生届の日。
「だから、半年間会わせることができなかったのよ」
「……ジェンダ嬢……」
「なに、その呼び方、気持ち悪いわね」
「アンシェルを守ってくれてありがとう……」
「や。アンシェルのためだけだから」
グズグズと涙を拭く男をとっとと仕事に戻れと、しっしと追い払う。
そう、アンシェルのため。そう言いながら、自分の身勝手でもあった。
アンシェルがずっと王太子妃として、次期王妃として、妃教育をかんばっている姿を見ていた。
「わたし……王妃にならないと、いけないのかな……」
一度だけこぼれた、小さな本音に何も答えることができなかった。
アンシェルから笑顔が消えていくのを、気づいていながら、何もできなかった。
しかし四年前、学園の人気のない教室でカルラドは土下座で懇願してきた。
「頼む! アンシェル嬢の好むものを教えてほしい!」
「は?」
「趣味! 収集物! 何でも、全て!」
アンシェルのことを知りたいと、近づきたいと、前髪が額に張り付くほど熱で顔を真っ赤にした男に、この男の方が相応しいのではないかと、アンシェルの笑顔を奪った第一王子よりもカルラドと一緒の方が、アンシェルが笑っていられるのではないかと、そう思ってしまったのだ。
あの子の努力を無駄にさせることになるのは分かっていた。
それでも、大切な幼馴染の、あのころの笑顔を取り戻したかった。
「ジェンダおかえりなさい」
「ただいま、今日はどうだった? 気分は?」
「へーきよ、ふふ、何度も蹴るのよ、ほらここ」
大きく張ったお腹はもういつ生まれてもおかしくないほど。
「あー、ほんと元気な子ね、もうすぐ会えるねー」
願ってしまうのはやはり、
アンシェルに似ますよーに、アンシェルだけに似ますよ―に! カルラドにはカケラも似ませんよーに!
そんな願いも空しく、春の白花が咲き始めた早朝、アンシェルは元気な男の子を産んだ。
カケラもアンシェルに似たところのない、父親に似すぎた赤子を。
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