妻のち愛人。

ひろか

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「ロナぁ、なんで起こしてくれないのー?」
「僕も一緒に作るって言ってるのにー」
「ねーねーロナぁ、ロナぁー」
「あー、もう! エンリ邪魔! 朝ごはん作れないでしょ!」

 腰を抱きべったり背後にくっつく夫、エンリを剥がして椅子に座らせ、そのまま『待て』と頬にキス一つしとけば、嬉しそうに大人しく『待て』をしててくれる。ブンブン振るワンコの尻尾が見えそうな笑顔で。
 目玉焼き、ハム、サラダに残り物の野菜クズの入ったスープ。焼きたてのパンにはエンリの好きな手作りのイチゴジャムをたっぷり。

「わぁぁ、ロナぁ、ありがとぉー」

 口端にジャムつけて、おいしーおいしーと食べるエンリを見てると、こっちまで緩んでしまう。

「ほら、エンリ、ジャムついてるよ」
「えー、ドコぉ? ロナ、取ってー?」

 しょうがないなぁ、と拭ってやると、ふにゃりとした笑顔でキスを強請ってくる。

「もう、ごはん中でしょ」

 んー、んー、と唇を突き出ししつこいエンリ。
 ちゅっと頬にしてやって、食事を再開させなければエンリが仕事に遅れてしまう。
 頬では不満と下唇を突き出すエンリは今年二十歳になったばかり。背だけはニョキニョキ伸び、見上げるほど高いのに、整った顔立ちはカッコイイと言うより可愛らしいから、下唇を突き出し拗ねる姿も何故か似合ってる。

「ほら、早く食べて? 今日頑張ったら、明日はお休みだからいっぱいご褒美あげるね」

 エンリの好きなホットケーキを焼いてあげようと考えてるのに、ご褒美ぃ……と呟いたエンリの顔はなぜか赤い。何を想像したのやら……。

「ロナ、僕頑張るね! いってきまーす!」

 顔中にたくさんのキスをくれて、元気よく手を振り、ないはずの尻尾をブンブン振り仕事へ行った。

「やーと静かになったわ」

 私はエンリの四つ上の二十四歳。エンリが母親と一緒にこの村に越してきたのは十歳のころ。その頃のエンリは縦にも横にも小さく、身体も弱く、同年代の男の子たちによく虐められていた。家も隣同士ということにあり、女の子より可愛らしいエンリに慕われるのが嬉しくて、姉のように接し、虐められて泣いて帰ってくるのを慰め、虐めたクソ坊主たちには仕返しをしによく行ったものだ。
 「ロナぁ、ロナぁ」とちょこちょこ後をついてまわる小さくて可愛かったエンリ。しかし成長期を迎え背もニョッキニョッキ伸び、私を見下ろすようになっても、他の男の子から虐められることがなくなっても、私の後をついてまわるように育ってしまった。
 可愛らしい顔から、村の女の子にもモテてたはずなのに、エンリは可愛い女の子たちをことごとく振り、どうしてか私の夫になってしまった。

 エンリに出会って十年。エンリと結婚して四ヶ月。私は結婚しても変わらない生活を送っていた。



 その生活が崩れたのは、私の二十五歳の誕生日。


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