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あれから、以前より少しだけ距離が近くなった私とシオンさんとの関係です。
シオンさんは私のことを「リーゼ」とはにかみながら言ってくれて、くっ、可愛すぎますわ!
あの日のことは「休日も一緒にいたかった……」なんて縋る目で言うシオンさんの頭に、しょんぼりしたワンコ耳が見えた気がして心の中で悶えました。
私だってずっと一緒にいたい……。でも、家の手伝いがあるからと、嘘ではないけどそう伝えるとシオンさんは残念そうに、でもそれ以上の追求はされませんでした。
変わらず、私たちが会えるのは週四回。女将さんや常連さんからの見守る温かい目が恥ずかしいです。
幸せです。アルバイトをフルで雇ってほしいくらい、毎日が楽しくて、シオンさんともっと一緒にいたいと思うようになりました。
心も身体も好調だと思っていたのですが、無理があったのでしょう。バイトの定休日、いつも通りノエルの屋敷へと向かうつもりだった私は倒れてしまったのです。
流石に必要最低限の会話しかない使用人たちも、慌てて医者を呼びつけました。
そして――
「おめでとうございます! ご懐妊です!」
かかりつけ医だというおじいちゃん先生は顔をクシャクシャにしてイイ笑顔です。
顔面蒼白なのは使用人たち。セルシオ様の子供ではないのだと気付いているからでしょう。セルシオ様に連絡をとの声も聞こえます。
子供、ここにシオンさんの子供がいるのね……。愛する人の子供。
しばらくすると複数の足音が聞こえて来ました。セルシオ様が戻られたのでしょう。仕事を放り出して戻られるなんて、きっとあの方も待ち望んていたことだからでしょう。
名ばかりとはいえ、妻の不義。家同士の繋がりを切る正当な理由なのですから。
「子供ができたそうだな」
ノックもなしに開けられ、少し興奮した様子のセルシオ様です。
「記入しろ」
突きつけられたのは離縁書。すでにセルシオ様の欄も保証人の欄も綺麗に埋まっております。以前から用意しておいたものなのでしょう。準備がいいことです。私も何の躊躇いもなく記入します。
記入漏れがないか何度も確認するセルシオ様。
「 すぐに提出する。私が戻るまでにここから出て行ってくれ」
いつもより早口でそう言うと背を向けました。
すぐにでも縁を切り、愛人を妻に据えたいのでしょう。
いつまでもここに居る理由なんてありません。
出て行く準備をと、セルシオ様に貰ったものなんて持って行きたくないですから、持って行くものは少ししかありません。シオンさんに貰ったリボンにブローチ。
他の男の子供を身篭った私を恥さらしと、父は縁を切るでしょう。何のしがらみもないただのルイーズに、いえ、リーズとしてこれから生きていくことになりそうです。そうなれば彼は……。
「シオンさん、私を受け入れてくれるよね……」
視界に入った鏡に映る私は微笑んでいました。
「そうよ、もう飾るのはやめやめ、ですわ」
濃い化粧を落とすと、決して美人とは言えない残念な顔。目は垂れ気味だし、鼻は低いし、日焼けしソバカスは浮いてるし、でも、シオンさんは可愛いと言ってくれるこの素顔。
質のいいドレスから、街用のピンクのワンピースに着替えます。髪はサイドでまとめ、シオンさんから貰ったリボンを結び、胸元には同じく贈られたブローチをつけます。他の大切なものは全てポーチに収まりました。
「ふふ、さぁ、行きますか」
扉を開けると、使用人たちが遠巻きに見ておりました。「では皆さん、御機嫌よう」と声をかければ様子がおかしいことに気づきました。
皆さん、クチがカパっと開いたまま固まってます。
あぁ、素っぴんですからね、普段あれだけ濃いメイクをした私しか知らないのですから、この反応はしょうがないですわね。
「リ、リーゼさん?」
その声は執事のセバス。
「あら、知ってるの? どこかで会ってた?」
首を傾げれば「食堂でバイトしているリーゼさん!?」「え、嘘! 奥様!?」「ウソだろ……奥様と、リーゼさんが」
『同一人物!?』
使用人一同の反応に身を引きながら、
「えっと、皆さんと街で会ったことあるのかしら? 食堂へ来たことがあるの?」
『……………………』
間が怖いわ。
「えっと?」
「い、いかーーん! セルシオ様に! 早く連絡を!」
「うわぁぁぁーーーー!」
「セルシオ様ぁぁぁーー!」
なにこれ、怖い、どうしたのかしら? セルシオ様を呼びに行くの? やだ、早く出て行かなきゃ。
「おおおおおお、お待ちくださいぃぃ!」
「ひっ」
執事のセバスに腕を掴まれました。
「どうか、どうか、お待ちください! セルシオ様が戻られるまで!「ひっ」どうかぁー!」
「なになになに? いや、いやよ「どおかぁぁ!!!」ひぃぃ」
「奥様! お茶の用意を致します! こちらへ! さぁ! こちらへ!!」
「ひぃぃぃぃ」
目の前にはフルーツの香りがするお茶と、盛りに盛られたスイーツ。
身体に負担が掛からないように腰にはクッションと膝掛け。
使用人一同涙目で引き止められ、訳がわからずお茶を啜ります。
あら美味しい、初めて飲んだんだけど? 今まで私に淹れてくれたことないよね?
その上、今まで視線すら合わせようとしなかった使用人たちに涙目で縋られる状況ってナニ?
玄関が慌ただしくなりました。次第に大きくなる足音。そして扉が乱暴に開けられ、
「離婚届は受理された! すぐに出て行っ……………………」
固まりました。あのセルシオ様が見たことない間の抜けた顔のまま、固まっています。
素っぴんの私はそれほど別人ってことですね、すみませんね、化粧映えする顔で。
「リーゼ……?」
え?
「来てくれたんだね「え?」セバスが迎えに行ってくれたのか?「え?」驚かせてすまなか「待ってくだい!」」
何でセルシオ様が私を知っているの?
「セルシオ様がなぜ、この名前をご存知なのですか?」
待ってよ、貴方は食堂になんて来ないでしょ? どうしてそんな優しい声をするの?
「リーゼ?」
どうして、貴方が、あの人と同じ呼び方をするの?
セバスから耳打ちされ、セルシオ様が目を見張ります。
まさか……。
「ルイーゼがリーゼ、なのか?」
まさか……。
何かを言いかけて、セルシオ様は後ろへ流していた髪をぐしゃぐしゃと崩しました。
そんな、いやよ……。
内ポケットから取り出したのは黒縁のメガネ。
「いや……」
「僕がシオンなんだ」
「そん、なぁ……」
一年と半年、食堂でしか会ったことのないシオンさんが目の前にいました。
私はずっと…………。
「リーゼ!」
シオンさんの声を遠くに聞きながら私は意識を失いました。
シオンさんは私のことを「リーゼ」とはにかみながら言ってくれて、くっ、可愛すぎますわ!
あの日のことは「休日も一緒にいたかった……」なんて縋る目で言うシオンさんの頭に、しょんぼりしたワンコ耳が見えた気がして心の中で悶えました。
私だってずっと一緒にいたい……。でも、家の手伝いがあるからと、嘘ではないけどそう伝えるとシオンさんは残念そうに、でもそれ以上の追求はされませんでした。
変わらず、私たちが会えるのは週四回。女将さんや常連さんからの見守る温かい目が恥ずかしいです。
幸せです。アルバイトをフルで雇ってほしいくらい、毎日が楽しくて、シオンさんともっと一緒にいたいと思うようになりました。
心も身体も好調だと思っていたのですが、無理があったのでしょう。バイトの定休日、いつも通りノエルの屋敷へと向かうつもりだった私は倒れてしまったのです。
流石に必要最低限の会話しかない使用人たちも、慌てて医者を呼びつけました。
そして――
「おめでとうございます! ご懐妊です!」
かかりつけ医だというおじいちゃん先生は顔をクシャクシャにしてイイ笑顔です。
顔面蒼白なのは使用人たち。セルシオ様の子供ではないのだと気付いているからでしょう。セルシオ様に連絡をとの声も聞こえます。
子供、ここにシオンさんの子供がいるのね……。愛する人の子供。
しばらくすると複数の足音が聞こえて来ました。セルシオ様が戻られたのでしょう。仕事を放り出して戻られるなんて、きっとあの方も待ち望んていたことだからでしょう。
名ばかりとはいえ、妻の不義。家同士の繋がりを切る正当な理由なのですから。
「子供ができたそうだな」
ノックもなしに開けられ、少し興奮した様子のセルシオ様です。
「記入しろ」
突きつけられたのは離縁書。すでにセルシオ様の欄も保証人の欄も綺麗に埋まっております。以前から用意しておいたものなのでしょう。準備がいいことです。私も何の躊躇いもなく記入します。
記入漏れがないか何度も確認するセルシオ様。
「 すぐに提出する。私が戻るまでにここから出て行ってくれ」
いつもより早口でそう言うと背を向けました。
すぐにでも縁を切り、愛人を妻に据えたいのでしょう。
いつまでもここに居る理由なんてありません。
出て行く準備をと、セルシオ様に貰ったものなんて持って行きたくないですから、持って行くものは少ししかありません。シオンさんに貰ったリボンにブローチ。
他の男の子供を身篭った私を恥さらしと、父は縁を切るでしょう。何のしがらみもないただのルイーズに、いえ、リーズとしてこれから生きていくことになりそうです。そうなれば彼は……。
「シオンさん、私を受け入れてくれるよね……」
視界に入った鏡に映る私は微笑んでいました。
「そうよ、もう飾るのはやめやめ、ですわ」
濃い化粧を落とすと、決して美人とは言えない残念な顔。目は垂れ気味だし、鼻は低いし、日焼けしソバカスは浮いてるし、でも、シオンさんは可愛いと言ってくれるこの素顔。
質のいいドレスから、街用のピンクのワンピースに着替えます。髪はサイドでまとめ、シオンさんから貰ったリボンを結び、胸元には同じく贈られたブローチをつけます。他の大切なものは全てポーチに収まりました。
「ふふ、さぁ、行きますか」
扉を開けると、使用人たちが遠巻きに見ておりました。「では皆さん、御機嫌よう」と声をかければ様子がおかしいことに気づきました。
皆さん、クチがカパっと開いたまま固まってます。
あぁ、素っぴんですからね、普段あれだけ濃いメイクをした私しか知らないのですから、この反応はしょうがないですわね。
「リ、リーゼさん?」
その声は執事のセバス。
「あら、知ってるの? どこかで会ってた?」
首を傾げれば「食堂でバイトしているリーゼさん!?」「え、嘘! 奥様!?」「ウソだろ……奥様と、リーゼさんが」
『同一人物!?』
使用人一同の反応に身を引きながら、
「えっと、皆さんと街で会ったことあるのかしら? 食堂へ来たことがあるの?」
『……………………』
間が怖いわ。
「えっと?」
「い、いかーーん! セルシオ様に! 早く連絡を!」
「うわぁぁぁーーーー!」
「セルシオ様ぁぁぁーー!」
なにこれ、怖い、どうしたのかしら? セルシオ様を呼びに行くの? やだ、早く出て行かなきゃ。
「おおおおおお、お待ちくださいぃぃ!」
「ひっ」
執事のセバスに腕を掴まれました。
「どうか、どうか、お待ちください! セルシオ様が戻られるまで!「ひっ」どうかぁー!」
「なになになに? いや、いやよ「どおかぁぁ!!!」ひぃぃ」
「奥様! お茶の用意を致します! こちらへ! さぁ! こちらへ!!」
「ひぃぃぃぃ」
目の前にはフルーツの香りがするお茶と、盛りに盛られたスイーツ。
身体に負担が掛からないように腰にはクッションと膝掛け。
使用人一同涙目で引き止められ、訳がわからずお茶を啜ります。
あら美味しい、初めて飲んだんだけど? 今まで私に淹れてくれたことないよね?
その上、今まで視線すら合わせようとしなかった使用人たちに涙目で縋られる状況ってナニ?
玄関が慌ただしくなりました。次第に大きくなる足音。そして扉が乱暴に開けられ、
「離婚届は受理された! すぐに出て行っ……………………」
固まりました。あのセルシオ様が見たことない間の抜けた顔のまま、固まっています。
素っぴんの私はそれほど別人ってことですね、すみませんね、化粧映えする顔で。
「リーゼ……?」
え?
「来てくれたんだね「え?」セバスが迎えに行ってくれたのか?「え?」驚かせてすまなか「待ってくだい!」」
何でセルシオ様が私を知っているの?
「セルシオ様がなぜ、この名前をご存知なのですか?」
待ってよ、貴方は食堂になんて来ないでしょ? どうしてそんな優しい声をするの?
「リーゼ?」
どうして、貴方が、あの人と同じ呼び方をするの?
セバスから耳打ちされ、セルシオ様が目を見張ります。
まさか……。
「ルイーゼがリーゼ、なのか?」
まさか……。
何かを言いかけて、セルシオ様は後ろへ流していた髪をぐしゃぐしゃと崩しました。
そんな、いやよ……。
内ポケットから取り出したのは黒縁のメガネ。
「いや……」
「僕がシオンなんだ」
「そん、なぁ……」
一年と半年、食堂でしか会ったことのないシオンさんが目の前にいました。
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