頑張らない政略結婚

ひろか

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 結婚式の直前です。

「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」

 夫となったセルシオ様は無表情のままそう言いました。
 私は引きつりそうになる頬を、歯を食いしばり耐えました。

「子供は兄の子供を養子にする。君も愛人でも何でも作ればいい」

 君って言いましたわね……。

「子供を身籠もるような無様な真似さえしなければ、好きにしていい」

 そう言って控え室から出て行ったセルシオ様。

 な、な、なんなのそれー!

 ブーケを握る手は血の気を失い、白く、震えが止まりません。

 愛のない政略結婚。家の駒でしかないと分かっていました。分かっているからこそ、想いにフタをして結婚するのに!
 な ん な の よ、それ!
 愛は無くても夫婦になる努力くらいしてよ!
 “君も愛人でも何でも作ればいい”? 君!?

 そして、言葉通り、初夜にセルシオ様が部屋を訪れることはありませんでした。


「ふ、ふふふ、ふふ……、分かりました。ええ、私も好きにしますわ。結ばれなくても、彼のことを一生想い続けますわ!」




***
「聞いてよ!
 “これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない。子供は兄の子供を養子にする。君も愛人でも何でも作ればいい。子供を身籠もるような無様な真似さえしなければ、好きにしていい”ですってー!」

 口調も、表情も真似ましたわ。我ながらそっくりです。

「おめでとう」
「ありがとう!」

 幼馴染のノエルは多くの信者を持つ画家。郊外の屋敷に一人で住む、私の恋の協力者なのです。

「まさか夫婦になろうって努力すらしないなんてー…。
 まぁ、セルシオ様も愛人と仲良くするそうだし、私もシオンさんと愛を育むわ!」
「そうだね、僕はルイーゼが笑っていてくれればいいよ、はい、髪できた」

 鏡の前でくるりとスカート翻す。
 オレンジ色した花柄のスカートと髪を高い位置で結ったリボンは同じ柄。コットンのシャツに、薄桃色のカーディガンを羽織った素っぴんの私はどこからどう見てもただの街娘。

「ありがと、ノエル!」
「うん、お礼はモンブランがいいな」
「うん、買ってくるわ! じゃ、いってきまーす」
「いってらっしゃい」

 入った玄関では無く出るのは裏扉から。裏庭を抜けて、もう来ることはないと思っていた慣れた裏道を通り抜ける。

「おや? リーゼちゃん、復帰するのかい?」

 リーゼ、それがただの街娘をしている時の私の名前。

「ええ、故郷うちに帰らなくても良くなったの、また雇ってもらえるかなーってお願いしにいくの」
「そりゃ、女将さんも喜ぶよ」

 顔見知りのお婆さんと別れ、四日前まで通っていた食堂の勝手口を開ける。
 セルシオ様との婚姻からもうリーゼとしてここへ来ることは出来ないだろうと、故郷うちに帰らなければならなくなったと、辞めた食堂のバイト。女将さんに帰らなくても良くなったことを言い訳し、また雇ってほしいと頭を下げれば、快く承諾してくれた。

 よかった、間に合ったわ。

 週四回のアルバイト。三日の休みを入れての通常通り。逃さずシオンさんに会える!

 カラン。
 ドアベルに振り向けば、いつも通りのハネた髪に黒縁メガネ、くたびれたシャツを着た長身の彼はすぐに私を見つけてくれた。

「リーゼさん」

 ふにゃりと笑うシオンさんの笑顔に、私もつられて緩んでしまった。
 私の大好きな人!






「お疲れ様でした、セルシオ様」
「ふ……、疲れてなんてないさ」
「ええ、そうでございましょう」

 馬車へ乗り込み、セルシオ様は後ろに撫で付けられた髪をグシャグシャと解きます。狭い馬車の中での着替えも、主人あるじの表情に苦はなく、微笑んでおられます。
 全てを褪せたものに着替え、黒縁のメガネをかけられた顔は気が抜けた柔らかな表情です。

 お兄様の代わりに家を継ぎ、家の繋がりのためだけに婚姻を結んだセルシオ様が安らげるひと時。
 週に四度だけ。平民の娘との逢瀬。結ばれることのない関係であっても、私は見守りたいのです。

「いつのも時間で、お迎えにまいります」
「あぁ」

 路地裏にある小さな飲食店へ入る主人の背を見守ります。
 窓から見えるのはオレンジ色のリボンで髪を一つにくくった少女。

 裏表のないまっすぐな笑顔で迎えてくれるリーゼという少女。

 彼女の笑顔に主人セルシオ様は癒されているのです。


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