しましま猫の届け物

ひろか

文字の大きさ
上 下
4 / 25

04・おつかい猫のしましまさん

しおりを挟む
「あっつぅ……」

 西日で煮えた部屋の熱が消え、涼しい風が入るような頃になって、やっと帰宅できた。
 車の鍵を棚上に置き、

「うわぁぁっ! って、しましまぁ!?」
「にゃあ」

 棚上に置物のように、しましまがすまし顔で座っていた。

「おま、ドコから入ったんだ?」

 窓は網戸だが、きちんと閉まっていた。
 こいつの神出鬼没っぷりはこの半年で慣れたが、やっぱり驚く。
 ベッドに目を向ければ、枕の上にはいつも通りの一通の白い封筒。宛名は無いが、差出人は、“総司”、と、よく知った角ばった右上がりのクセのある文字が書かれてあった。

 半年前に亡くなったはずの、幼馴染の名前が。

 封のされてない封筒から出した便箋は細長い一筆箋。そこには、

『ゴロゴロマンゴーゼリーを食べたがってる』

 だけ。

「……」

 誰が? なんて問う必要もない。
 クチを開けたまま、テレビのコマーシャルをガン見する姿が想像できるから。

「分かった、明日買ってくる」

 しましまは“分かればいい”と云うように目を細め、もう用はないと立ち上がり窓際へ、網戸を開けてやろうとすれば、
 タン!
 しましまは網戸に爪をかけ、勢いよく引き開けやがったのだ。

「えー……」

 飛び降り、振り返ることもなく暗がり消えたしましま。

「自分で開けれるのかよ……」



 しましまが届けるのは総兄の言葉。

 死んだはずの人間から手紙が来るなんて、誰にも言えやしないけれど。
 誰も信じやしないし、オレも誰にも言うつもりもない。

 この半年、引き出しの中には総兄から届いた手紙がある。
 初めて届いたのは、半年前のあの日、珍しく定時上がりした金曜日の夕方。

 部屋に入ると、朝閉めたはずの窓が開いており、そこからノラ猫が出て行く姿を見た。
 部屋を荒らされた様子はなかったが、ベッドに差出人が“総司”と書かれた封筒が一通、置かれていた。
 久しぶりに見るがよく知った、クセのある総兄の字。

『雪を連れ戻して、後を追わないように、側にいて、雪を死なせないでくれ』

 “雪を死なせないでくれ”この言葉に身体が冷えた。
 冗談ならそれでいい、誰かのイタズラならそれでもいい、冗談であってほしいと、そう願い、総兄にも、ユキにも繋がらないスマホを握ったまま、車を走らせていた。

 この手紙を信じたから間に合った。信じて、追いかけたからユキを連れ戻すことができた。
 総兄の両親も、ユキの両親も今はもうこの町には住んでいない、身内でもないオレが総兄の事故を知るのは、きっともっと後だっただろう。

 意識のない総兄が、この手紙を書くことも、届けることも出来ないのは分かっていても、オレは総兄からの手紙だと信じてる。

 こんなこと、誰も信じないだろうし、信じなくていい。
 オレだけが信じていれば。


 総兄は今でもユキを見守っている。





「ゴロゴロマンゴーゼリーかぁ……」

 やっと見せるようなった笑顔を思い出すと、車の鍵を手にした。
 結果、市内のコンビニを五件もはしごする羽目になったのだが……。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...