しましま猫の届け物

ひろか

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09・しましまさんの縁結びー5

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 髪もふんわりまとめ、総司くんからもらったバレッタで留めた。

「でーきた」
「にゃあ」

 しましまさんは目が合う度に返事をしてくれる。
 迎えの時間までになんとか、見た目綺麗に着ることができた。

「ユキちゃん、浴衣よく似合ってるよ」
「ふふ、ありがと、桐矢くんも浴衣似合ってるね」

 十六時ぴたっりに迎えに来た桐矢くんも浴衣を着ていた。

「わっ」

 履きなれない下駄に、一歩目で躓いてしまった。

「ユキちゃん、転けたら危ないから、手」

 桐矢くんに子供のように手を繋がれてしまった。

「いやー、ごめんね」
「前も何度も躓いてて、次はサンダルにするって言ってたのにな」

 そうだった、下駄は歩きにくいからサンダルにするって、そんなこと言ってたんだっけ……。次が無くて忘れていたけど……。

「ユキちゃん、その、髪留めって、総兄から貰ったもの……」
「あ、うん、わかるー? そうだよ、前に誕生日プレゼントでもらったのだけど、なかなかつける機会なくてね」

 青い朝顔が三つ並んだバレッタを桐矢くんに見せるように首を傾けた。

「やっぱり浴衣と合ってて、よく似合ってる」
「ふふ、ありがと」

 見上げる位置は同じ。総司くんと桐矢くんは身長は同じくらいだ。でも、総司くんより広い背中、厚みも肩幅も、全然違う。比べることじゃないのに総司くんとの違いに、目が、気づいてしまう。

「オレの背中何かついてんの?」
「あー、いやー、大きくなったねーと」
「ユキちゃん、ソレ、親戚のおばちゃんのセリフだから」

 ため息の桐矢くんに笑って誤魔化す私。

「総兄はもやしだったからなー」
「は? ちがうよ、そこまで細くないもの、ネギくらいでしょ?」
「は? ネギ?」
「白ネギ?」

 桐矢くんはお腹を抑えてしゃがみ込んでしまった。ツボったらしい。

 総司くんは身長あるし、スタイルも良いけど、日に焼けると真っ赤になるのがコンプレックスの色白肌だった。
 日に焼けると後が辛いからって、海に泳ぎに行っても一人木陰で頭からタオル被って、死んだ目で海を眺めてたっけ。

「あー、腹イテっ」
「もう、笑いすぎだし!」

 登りが並ぶ神社へ向かう道、目に入るのは御神木の大きな杉の木。
 その下で浴衣姿の沖野さんと、男の人がいた。

「三島だ」
「出会えたんだね……」

 男の人は、しきりに手振り身振りで話している、そんな彼から緊張した様子が見えて微笑ましくなった。
 差し出された手を取る沖野さんの姿をみて、途切れた縁が繋がったことを知ることができた。

 七年越しに繋がった縁。

「しましまの縁結び、だな」
「そうだね」





「わぁぁ」
「ユキちゃん、こっち」

 やっぱり屋台を見るとわくわくしてしまう。
 暑いから先に水分補給しよう、とベンチで渡されたのは、炭酸もの。自分のコップと桐矢くんのコップを見比べてしまう。

「桐矢くんのはビール、私のは」
「サイダー」
「なんで!?」

「酒癖悪いから飲ませるなって言われたんだよ」
「誰に!?」
「総兄」
「ええー……」

 美味しそうにビールを飲む桐矢くんを恨めしく見てしまうが、桐矢くんがビール飲んでる姿にあまり会うことのなかった六年間を思い出す。
 最後に三人で行った天神祭は、桐矢くんが二十歳の年。
 総司くんからひと口もらったビールは、まだ桐矢くんの口には馴染まず「苦い、不味い」と眉間を寄せていたのに。

「はぁ……、桐矢くんがビール飲むなんて、大人になったのねぇ」
「……ユキちゃん、ソレ、親戚のおばちゃんのセリフだから」

 おかわりもらってくると、立った桐矢くんを見送り、香ばしい良い香りの屋台と、流れる人の波を見ていた。

 聞こえるのはセミの声と、いつの間にか流れていた笛の音と、太鼓の音。
 生暖かい風が吹き、人の波が熱気に揺らいだ。

『にゃーん』

 提灯の灯りの下、集う人々の声と祭囃子の隙間で、しましまさんの鳴き声を聞いた気がした。

 行き交う人の間に、総司くんを見た。

 確かに彼と目が合った。

 もう、思い出の中になった、彼の、目がなくなる糸目の笑顔を見た。

「待っ」

 一歩も動けない間に、彼は人混みに混じるように消えてしまった。

「ユキちゃん、どうした?」
「ん、ううん、なんでも、ないの……」

 戻った桐矢くんに応えても、目だけはいつまでも総司くんを探していた。
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