しましま猫の届け物

ひろか

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11・おつかい猫のしましまさん

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 いつか二人で。と、叶わない夢になっていたユキと二人で行く天神祭。
 叶っても、一人になれば気持ちは重いままだった。シャワーを浴びてもスッキリしない。

 目に焼き付いて消えないのは、ユキの髪に咲いていた朝顔の髪留め。

 今朝、しましまが拾って来たのは銀の髪留めだった。
 アレをバレッタと云うのだと初めて知った。
 名前なんて知らずに買ったものだから。

 総兄とオレは良い意味でも悪い意味でも似ていた。
 趣味も好みも。

 好きになった人も。


 引き出しを開け、取り出すのは、捨てられなかった六年前の誕生日プレゼント。

 青い朝顔が三つ並んだバレッタは、さっきまでユキの髪に咲いていたものと全く同じで、リボンとカードが付いたまま袋に入っていた。

 ユキの、青い朝顔の浴衣に合わせて買った髪留め。
 誕生日には早いけれどと、天神祭の日に渡すつもりだった。

 後悔は、あの日、待ち合わせの時間に数分早く行っていれば、の思い。

 総兄と考えることが丸かぶりだとは思わなかった。

 あの日、ユキの長い髪を纏めた髪飾りは、オレが手にしている物と同じで、

「えへへ、総司くんにもらったの、似合う?」

 浴衣と同じ、青い朝顔がユキの髪で咲いていた。
 似合ってた。絶対似合うって、オレもこれしかないと思っていた物だから。

「浴衣とお揃いので、よく似合ってる」

 用意した青い朝顔の髪留めは渡せず、そんな言葉を返し、誕生日当日には別の物を渡した。

 総兄とオレはよく似ている。

 あの日、待ち合わせの場所にオレが先に着いていれば、ユキの髪を飾ったのはオレの朝顔で、その年、ユキが手を取ったのは総兄ではなく……、と、何度思ったか、捨ててしまおうと、何度も思い、それでも捨てられず、見るたびに引きずりまくった想いを、自分の女々しさを直視して頭を抱えてしまうのだけど……。

「にゃあ」
「うわあっ!?」

 気配を消して、棚の上、置物のように伏せているのはしましま!

「おま、また、しましま! お前、ドコから入って来たんだよ!」

 網戸は閉まっているのに、一体ドコから入って来るのか、相変わらず神出鬼没っぷりなしましまだ。
そして、やっぱり、ベッドの枕の上には一通の封筒。差出人の字はいつもより尖っているように見え……、恐る恐る便箋を開けば、

『一年間は待てっていったよな』

「うわぁ……」

 思わず手紙を放り頭を抱えてしまった。

 たしん!

 顔を上げれば、たしん! と、しましまのしっぽが棚を打った。

 たしん! たしん!

 しましままで半眼で、責めるているようだ。

「うわぁぁぁ……」

 履きなれない下駄に躓いたユキを抱きとめた時、一瞬、何も考えられなくなった。
 清潔な、いい匂いがした。ユキが石鹸派なのは今も変わってなかった。
 いつもより色づいた唇から目が離せなくなって……。

 たしんっ!

「はい、すみません、ごめんなさい。あと半年は何もしませんっ!」

 見てた。見てたんだよ。あの人はっ、あの時、いきなり割れたバレッタは、総兄が邪魔したものだったんだ!

 たしん!

 総兄はオレにユキとの将来さきを託してくれた。

 たしん!

 ただ……。

 たしん! たしん!

 一年間、つまり総兄の一周忌を終えるまで手をすな。と、ユキの気持ちを無視するな、と。

 たしん!

 解禁まであと半年。だが、問題はユキだ。

「にっぶいんだよなぁ……、あいつユキ

 総兄が、たぶん初めて、ユキに告白したのは中学生になった年。学校が別れることで焦っての行動だったのだろう。

「僕は、ユキが好きなんだっ」

 耳まで真っ赤になった総兄に、傍から見ても本気が見えて、正直、先を越されたと焦ったのに、なのに、当の本人は、へらりと笑って、

「うん! 私も総司くん好きだよー、あ、もちろん、桐矢くんも好きよー! へへへ」

 しばらく部屋から出てこなくなった総兄を、機嫌が悪くなった理由も分からずでも、おやつで釣って必死に機嫌を取ろうとするユキの姿に、オレは小学五年生ながらも胸を痛めた思い出がある。

 総兄の気持ちは、たぶん、プロポーズするまでユキに通じていなかった。
 今のオレも、きっと、……絶対に、家族のようにしか思われていないだろう。

「ユキに、男として意識されるまでが難しいんだよなぁ……」

 朝顔のバレッタを見つめて出るは深い深いため息。

 とっと、棚から飛び降りたしましまは、

 ガリッ

「痛ッ! あっ!」

 引っ掻かれ、落としたバレッタを銜えしましまは窓際へ、

「ちょっ!」

 タンッ!

 器用に爪をかけ、網戸を引き開け庭に飛び降りた。

「ちょっ、ちょーっ!?!?」

 しましまは、朝顔のバレッタを銜えたまま、暗がりを駆けて行きやがった。

「え、あいつ、まさか……」

 カードを見れば、六年前の物だと、オレからだと、しっかり分かるモノ。
 後悔と未練だだ漏れなあのバレッタを、

「ユキに、届ける気か……?」

 目の前が暗くなるとは、こういう事なのだろう。

 オレは、しましまが消えた暗がりを、いつまでも、いつまでも眺めていた。


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