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12話 勇者は仲間たちから全力で逃げ出した

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「戦士大変よ!」
「どうした僧侶? そんな大声を出してキミらしくもない」
「そんな悠長な事言ってる場合じゃないわ! 勇者の姿が見当たらないのよ!
 私が、ちょっと目を離した隙に……」
「なにっ!?」

 何て話し声が聞こえたのは、俺が宝物庫とか言いながらチンケな宝箱が一つしか置いてなかった部屋の扉を出た直ぐ後だった。
 チッ、僧侶のやつ気付くのが早すぎなんだよ……
 普段はトロくさいくせに、こういう時だけカンがいいでやがんの……
 見つからないように、抜き足、差し足、忍び足で匍匐ほふく前進中の俺だったが、もうそんな事は言ってられなかった。
 見つかるのを覚悟の上で、俺はその場で立ち上がると全力で走り出した。

「あっ!? 待ちなさいっ勇者!!」
「“待て”なんて言われて待つのは犬くらいなんだよ! バァ~カッ!」

 走り出した直後に背中から僧侶の声が聞こえて来たが、俺はそんな事には脇目も触れず、ただ前だけを見て走り出していた。
 スタートダッシュは決まった。聖剣を装備している今の俺の足の速さに、奴らは追い着く事は出来ない。
 後は、このアドバンテージを生かしてあの十字路の左のルート……こっちから見たら正面の通路になるんだが……に飛び込むだけだ。
 あそこに一歩でも踏み込んでしまえば、もう“戻ってこい”とは言えないからな。
 だって、出られなくなるんだからなっ!

「まぁ~ちぃ~なぁ~さぁ~~~~~~いっっ!!」
「なっ!? バカなっ!」

 逃げ切った事を確信していた俺だったが、走り出して直ぐに背後からの僧侶の声に一瞬、自分の耳を疑っちまった。
 振り返って確認したら、いつもの三人、戦士に、魔法使いに、僧侶がスゲー速さで俺の事を追いかけて来ていやがった。
 今の俺に追い着いてくるなんて、何なんだよ! あの速さはっ!
 て、思ったがよくよく見れば全員新しく手にいけたアイテムをきっちり装備してやがんの……
 つまり、その足の速さはアイテムから得たステータス補正ってことかよっ! チクショウがっ!
 これだからチート級のアイテムって奴はキライなんだよ!
 えっ? “お前の聖剣だって同じだろ?”だって?
 んなもん俺はいいんだよ! 俺はっ!
 なぜなら俺は勇者だからだっ! 
 勇者は太古の昔から、他人の家のツボとタンスは自由にしていいっていう鉄の掟があるくらいだからなっ!
 それくらい勇者は特別な存在なんだよ。
 必死で走る俺に、奴ら少しづつだったが、確実に差を埋めてきてやがる……
 十分に休息は取ったつもりだったが、あの何十という入り口~宝物庫間の往復で失った体力は俺が思っていた以上に大きいらしい……
 若干動きの重くなった足に喝を入れて、俺はギアを一段上げて加速した。

「くっ! まだそんな体力が残っていたのかっ!?」
「いえっ! 勇者は虚弱ですから体力なんてもう残っていないはずです!
 もう、アレはただの執念です……自分だけがいい物を引けなかったという、浅ましい執念です!!」
「流石、勇者……ゆがみねぇな……」
「魔法使いっ! 感心している場合ではないでしょう!」

 散々好き勝手言いやがって……
 当りを引いたお前らに、俺の気持ちなんて分からねぇんだよ!
 俺は、残りの四個の宝箱に全てを掛けるしかないんだ!
 そこで、今度こそ当りを……いや、良い・・当りを引くんだ!
 ゴミレアなんてソク喰らえってんだ!
 そんな思いを胸に、俺は必死に走り続けた。
 聖剣からのステータスUP補正のおかげで、目的の十字路はすぐに見えてきた。
 あと少し……あと、少しなんだっ!

「くっ! このままだと逃げ切られてしまいますっ!
 魔法使い! 神の御名(みな)において私が許しますっ!
 死なない程度にヤっちゃって・・・・・・下さい!」
「オーケー。
 氷刃飛槍アイス・ランサーっ!!」

 ヒュン! ヒュン! ヒュヒュン!!

 げっ!?
 魔法使いの奴、躊躇いもなく魔法ぶっ放してきやがったっ!
 振り返れば、拳大の鋭く尖った氷の塊が、俺に向かって無数に飛んできていた。
 俺は狙いが付けられないように、体を左右に振って走った。
 そのおかげか、頭の脇すれすれを掠めることはあったが有効打に至るような一撃を受ける事はなかった。
 くそっ! 魔法使いめっ!
 魔法使いギルドの規定で、盗賊なんかの悪党を除いて人間に向かって攻撃魔法を使うのは禁止にされてるはずだろっ!
 僧侶も僧侶だっ!
 魔法使いの規定違反に対して、先に“許しの言葉”を言ってんじゃねぇーよ!
 それは、本来懺悔した人にかける言葉だろーがっ!
 こんな時ばっか、抜群の連携しやがってあいつらっ!

「むぅ……杖が凄すぎてコントロールがうまく行かない……」
「ヘッド・ショットばかり狙うからですっ!
 狙いを付けるなら、的が大きな背中にしなさいっ!
 背中に五、六発叩き込めばいくら奴が聖剣の加護を受けていると言っても、動けなくなるはずですからっ!」
「むぅ……ヘッド・ショットは美学なのに……仕方ない……
 氷刃飛槍・巨弾アイス・ランサー・ティタンバレッドっ!!」

 ダッダッダッダッダッダッッッ!!
 
 魔法使いの呪文を唱え終えると、氷塊の大きさがさっきまで飛んできていた氷塊の二倍の大きさになりやがった。
 連射感覚こそ若干遅くなったものの、弾がデカくなった所為で、一気に回避が大変になっちまった。

 ドムッ!

「ごふっ!!」

 遂に避けきれなくなって、一発良いのが背中に直撃しちまった……
 死ぬほど痛かったが、死ぬほどじゃない!
 それでも俺は足を止める事無く、前へ前へと進もうとするが……

 ガスッ! ボコッ! ドゴッ!

「ぐふっ! げふっ! げぼらっ!」

 一撃目の直撃を受けて、体勢を崩したところに立て続けに三発の直撃を受けちまった。
 ぶっちゃけ、意思が飛びそうなくらい痛かったが、ゴール……いや、スタート地点はもう目の前なんだっ!
 ここで倒れるわけにはいかないんだよっ!

「うそ……私の魔法をあれだけ直撃してまだ走れるなんて……勇者のクセにっ! がっでむっ!」
「あの打たれ弱い勇者が……そんなっ!
 タンスの角で足の小指をぶつけたくらいで“死ぬ死ぬ”叫ぶあの勇者がっ!」
「仕方ない……ならば、ここは自分が仕留めよう・・・・・っ!
 はぁぁぁぁぁっ!! “次元衝波斬”!!」

 あっ、あの筋肉バカ何考えてんだよっ!!
 いきなし奥義なんてぶっ放しやがってっ!!
 しかもその奥義、魔法障壁系無効化する奴じゃねぇーか!
 ん?……ちょっと待てよ……
 確か、今戦士が持ってる剣って物理防御無視の効果が付いていたような……
 魔法障壁無効…物理防御無視って……
 そんなん直撃したら、聖剣持ってても死ぬじゃねぇーか! バカッ!!

「ぬぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

 ピョンッ!

 ズガガガガガガッ!!

 俺は咄嗟に真横へとダイブした。
 刹那、俺がいた所を青白い閃光が、床石をカチ割りながらカッ飛んで行きやがった。
 あっ……あぶねぇ……
 てか、あの筋肉ダルマ言うに事欠いて“仕留める”とか口走ってなかったか?
 国に帰ったらただじゃ置かねぇからなっ! 王子としての権力フル活用して徹底的に嫌がらせをしてやるっ! 覚えて置けよ戦士っ!!

「あっ! 勇者が止まっていますよ! 今のうちに確保して下さい!!」
「チッ!」

 戦士の一撃を横っ飛びに緊急回避した所為で、今の俺は床石の上に寝そべっている状態だった。
 すぐさま起き上がり、走り出そうとする俺だったが……

 カクンッ

「なっ……に……?」

 急に膝から力が抜けて、俺は無様にも立ち上がることすら出来ず、その場に膝を突いた……
 くそぉっ! これが……こんなのが俺の限界だって言うのか!
 確かに俺は、訓練とかは大っ嫌いでろくに取り組んだことはなかったよ……
 戦闘は何時だって逃げ回っているばかりで、聖剣を手に入れるまでは戦士と魔法使いにまかせっきりだったよ……
 だけどな……今、この瞬間だけは、俺は絶対に倒れるわけにはいかないんだよぉ!!

「おいっ! 聖剣っ!!
 お前の力はこんなもんなのかっ! はっ! 伝説の魔王を倒した剣なんて持て囃されてこの程度とか……
 マジお笑いだなっ!
 違げーだろ? お前の力はこんなもんじゃないはずだ……
 俺はこんな所で終われねぇんだよっ! やらなきゃならない事があるんだよっ!
 もっとだ! もっと、俺に力を寄越せっ!
 お前の持ってる全ての力を、ありったけ俺に寄越しやがれっ!」

 ピカピカッ!

 そんな俺の言葉に呼応するように、聖剣が眩く光りだし聖剣から漲る力の本流が俺へと流れ込んでくるのを感じた。
 スゲー……立つことさえ出来なかったはずの俺の体に力が溢れてくる……
 たぶん、俺の思いに聖剣が答えてくれたのだろう。
 サンキュー聖剣! これで俺はまだ戦えるっ!

「勇者! 言ってることはカッコイイですが、やってることは最低ですからねっ!! 自覚してますかっ!」

 立ち上がった俺の背後から、僧侶の声が聞こえてきた。
 振り返れば……案の定の三人が俺に各々の得物を向けて構えていた。

「さぁ、観念して大人しく捕まりなさいっ!
 貴方にもう逃げるだけの体力は残っていないはずですっ!
 いい加減、皆に迷惑をかけるのは止めなさいっ!」
「そうだぞ勇者! 今ならまだ笑話で水に流そうじゃないか?」
「勇者……いい加減にして……マジ、ウザイから……」

 まったく……どいつもこいつも好き勝手言いやがって……
 俺がもう逃げられないと決め付けてやがる。

「ふっ、ふふふふふ……はぁーっはっはっはっ!」

 そんなやつらの態度が滑稽を通り越して、無様にすら見えて笑いがこみ上げてくるぜ。

「なっ、なんですか一体……」
「疲れすぎて、頭おかしくなった? あっ、それは元からか……」

 言ってろ! あとで吠え面かかせてやるっ!

「ふっ……今の俺を、さっきまでの俺と思うなぁっ!」

 俺は聖剣を引き抜くと、その場で真横に一振りした。

 ブオオオォォォォン!!

「なっ! 何ですかこの風っ! こんな力どこからっ!?」
「むぅぐぅぅ……ローブが捲れる……」
「くっ!? たったの一振りでこの力だとっ! まさか勇者、お前っ!」

 俺が薙いだ聖剣によって生み出された突風が、三人を容赦なく襲った。
 何だコレ……? 何だこの威力……?
 やった自分が一番ビックリだよ!
 が、まぁいい……三人の足止めにはこれで十分だっ!
 聖剣を鞘に収めた俺は三人に背を向けると、“迷宮回廊”の入り口である通路へと向かって走り出した。

「あっ! 待ちなさい勇者!」

 僧侶が何か叫んでいたが、知った事でじゃない!
 走り出して真っ先に驚いたのはその速さだった。
 その速さたるや……さっきまでの速度が子どもの駆けっこかと思えるほどのスピードだった。
 そのおかげで、俺は目的である“迷宮回廊”へと続く通路へと難なく侵入する事が出来た。
 スゲー……スゲー力だぜ聖剣ちゃん!
 この力があれば、“迷宮回廊”なんてヨユーで踏破して、残りの全ての宝箱を手に入れるのも簡単なんじゃね?
 と、俺が思った矢先……

 ピカッ……ピカッ……ピカッ……

 今まで、眩く輝いていた聖剣が妙な明滅を繰り返し始めた。
 ん? どうしかしたのだろうか?

「どうした聖剣ちゃん? 調子でも悪いのか?」

 ピッカ…………ピッカ…………

 聖剣はそんな俺の言葉に答えるように弱々しく点滅すると、見る見るうちに光を失っていった……
 聖剣が光を失うと同時に、俺の中に漲っていた力が穴の開いた皮水筒のようにシュンとしぼんでいくのを感じた。
 

「おっ、おいっ! ちょっと待ってくれよ! 聖剣ちゃ……ん……」

 バタッ

 聖剣から貰っていた力が抜け切った時、俺を強烈な虚脱感が襲った。
 そりゃもう、立ってる事さえ出来ないくらい、息をするのもしんどいくらいの酷いやつだった。
 故に、俺はその場でコテンとぶっ倒れてしまった。
 あっ、やべぇ……これ立てねぇわ……全身に力が入らない……
 聖剣からのステータス補正が切れた事で、今までの疲労がぶり返してきやがったのか……
 いや、それだけじゃない。
 聖剣に無理なステータスブーストをさせた所為で、体に変な負荷がかかったのもその理由の一つだろう……

「はぁ~……やはりこうなってしまったか……」

 近くで戦士の声が聞こえたから、首だけをなんとか声のした方へと向けると、そこにはいつもの三人が通路の入り口ギリギリの所から、俺のことを見下ろしていた。

「え~っと……勇者が急に糸の切れた人形のようにパタッと倒れましたが、戦士は何か知っているのですか?」
「あれは“オーバーブースト”……自己バフスキルの一種だ。
 一時だけ自身の限界の数段上の力を発揮する事が出来るスキルだが……反面、体への負荷を省みない一種の自爆ワザだ……
 扱いが難しいため、まだ勇者には教えていなかったのだが、聖剣が勇者をアシストすることで使用を可能にしたのだろう……
 熟練の者が使えば加減も効くが、未熟者が使えば……言わずもがな、だな」
「自爆ワザ? つまり、勇者は死んだ? よしっ、世界は平和になった……」
「コラコラ魔法使い……勝手に殺さないで下さい。まだ・・生きていますよ……
 ほらっ、さっきから死んだ魚のような目でこっちを見ているじゃないですか。気持ち悪い……
 で、勇者はあとどれくらいで死ぬんですか?」
「……お前ら、どんだけ勇者殺したいんだよ……
 残念ながら、死ぬようなワザじゃない。
 まぁ、しばらくは反動からくる筋肉痛でろくに動く事は出来んだろうがな」
「チッ……残念無念……」

 おいっ! 今、なんつった魔法使いっ!
 どいつもこいつも好き勝手言いやがって……
 だが、まぁいい……
 なんだかんだで、俺は“迷宮回廊”の結界は抜けたのだ。
 これで、奴らは迂闊に俺に手出しが出来なくなった訳だ!
 必死に止めようとしていたようだが、無駄だったようだなっ!
 あとは、体が動くようになるまでゆっくり休んで、それから“迷宮回廊”の探索に乗り出せばいい。
 残りの宝箱を開けるまで、俺は決して諦めないっ!

「で、勇者をどうしましょうか?」
「どうするも何も……我々も行くしかないだろう?
 時間が立てば、いずれは勇者も回復して動き出す。
 ならば、またぞろ余計な事をしでかす前に確保してしまった方がいい。
 都合の良い事に、我々には案内をしてくれる者がいる。
 これで“迷宮回廊”とて無事に……」
「申し訳ありませんが、それは出来ない決まりとなっております」
「うおっ!?」
「きゃっ!」
「っ……!!」

 突然背後から声を掛けられた戦士たちが、一斉にビクッと体を振るわせた。
 ププッ、だっせぇ~。

「なっ……なんだメイド殿か……驚かせないでくれ。その、何時からそこに?」
「初めからでございます。
 私、宝物庫から常に皆様の後ろにおりましたが?」
「そ、そうなのか……まったく気付かなかった……
 で、その“迷宮回廊”を案内しては頂けないのだろうか?」
「はい。
 ここより先、“迷宮回廊”はいわば“チャレンジルート”となっております。
 ここは自己への挑戦の場であり、そのような場所で手を貸す事は挑戦者への冒涜に他なりません。
 故に、私は皆様に手を貸す事が出来ず、見守る事しか出来ないのです」
「なるほど……そのような深い理由があったのだな……ならば致し方なしか……」
「はい……まぁ、正直申し上げますと、ランダム生成故、案内しようにも道が分からない、と言うのが本音なのですけどね」
「……今のは言う必要は無かったのではないだろうか?」
「魔王様譲りのチャメッ気でございます」
「「「……」」」

 ……このメイド完全に、俺たちのことバカにしてるだろ?
 すまし顔で突っ立ってるメイドを、戦士と僧侶と魔法使いがスゲー微妙な顔で見ているのを、俺は石床に転がりながら見上げていた。
 あ~、なんか体中かピキピキする……
 早く動けるようになんねぇ~かなぁ~。

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蛇足知識その12
この時点で、勇者は自分が何をしに魔王城に来ているのか完全に忘れています。
今、彼を突き動かしているものは宝箱を開けたいという、執念だけです。
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