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104話 それは、とても長い一日 その七

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「よっ! と……ほいっせ! っと……」

 俺は木の幹を強く蹴りだすと、次の木へと向かい飛び跳ねる。
 で、目標の木に辿り着くと、その木を新たな足場にして更に次の木へと飛び移った。
 軽くなった体で、ひょこひょこと地面を飛び跳ねながら移動していて分かったことは“森の中では、素直に地上を移動すると無駄が多い”ということだった。
 地上では、藪などが茂っているため直線的に進もうと思うと障害物が実に多い。
 それらを回避するために、一々飛び越えていたのでは、移動経路が山なりになってしまいその分距離がかさんでしまう。これでは、思うように距離を稼ぐことができない。
 とはいえ、一気に飛距離を稼ごうとすると、今度は高度が高くなりすぎて頭上に広がる木々の枝葉が邪魔になる。
 そこで俺が考えた移動方法が、障害物の少ない藪と枝葉の中間を突っ切る、というものだった。
 ムササビやモモンガがそうするように、木の幹から幹へと飛び移るのだ。
 しかも、これなら視点が高くなることで、藪の中をもぞもぞと移動するより格段にクマのおっさんたちを見つけやすくなる、というおまけ付きだ。
 自分で言うのもなんだが、木の上を縦横無尽に移動するおサルの気分だ……と、まぁそれは置いておいて。
 こうやった、障害物の少ない空間を移動することで、俺の行軍速度は飛躍的に上昇。
 程なくして、

「おっ! やっと追いついた!」

 前方に自警団の一団が目についた。
 俺はそのまま自警団の頭上を飛び越え、恐らく先頭にいるであろうクマのおっさんを探す。
 俺が彼らを飛び越える度に、何やら下がざわついていたが今は気にしている余裕はない。

「あっ! クマのおっさん!!」
「ん?」

 クマのおっさんが、俺の声に反応して後ろを振り返るが、当然そこに俺の姿はない。
 だって俺はクマのおっさんの頭上にいた訳だし、もっと言えば既にクマのおっさんを通り越して正面へと回っていたからな。
 俺は近くにあった木の枝を掴み緊急停止する。が、勢い余って鉄棒の体操選手のようにぐるりと一回転。

「? 今、ロディフィスの声が聞こえたような気がしたが……まさかな」
「いえ……団長、あれ……」

 クマのおっさんの隣にいた男性が、クマのおっさんの裾をグイグイと引っ張りながら頭上にいる俺を指さし、あんぐりと口を開けてこっちを見ていた。
 その顔と言ったら、幽霊でも見ているかのようだ。
 男性に言われるままクマのおっさんもこちらを向いて、

「!?!? ロディフィス! お前なんて所にっ! いや、その前にどうやってここまでっ!? いや、そうじゃない! なんで、お前がここにいるっ!」
「聞きたいことは分かるが、その前にこっちもクマのおっさんに聞きたいことがあるんだ、よっと!」

 俺の姿を確認して、慌てふためくクマのおっさん。
 まぁ、気持ちは分かるが説明は後回しだ。
 俺は掴んでいた枝から手を放し、地上へと戻る。

「ばっ! お前そんな高さから手を離したらっ!」

 俺がいたのは、地上から大体三、四メートル程の木の上だ。大体、平屋住宅の屋上くらいの高さだな。
 そんな高さから、子どもが飛び降りたのだ。
 見ていたクマのおっさんも気が気ではなかっただろう。が、今の俺の体重は通常の三分の一程度。
 これくらいの高さから飛んだところで、大した衝撃にはならない。しかも、地面は腐葉土が堆積したふかふかした土だ。
 頭から落ちるようなヘンな落ち方をしない限り、怪我の心配はまずない。
 とはいっても、そんなことクマのおっさんは知りもしないんだけどな。

「よっと……」
「おい……大丈夫なのか……?」

 地面へと降り立った俺に、クマのおっさんが心配そうに近づいてくる。が、

「俺は大丈夫。そんなことより……」

 斯々然々かくかくしかじか
 俺は、俺がここに来た用件を手短にクマのおっさんに説明した。

「……なんてことだ」

 俺から事情を聴いたクマのおっさんが、額に手を当てる。
 その態度に、俺は一抹の不安が胸をよぎる。

「なんか知ってのか、おっさん!?」
「あぁ……実はな……」

 斯々然々かくかくしかじか。パート2。
 クマのおっさんの話では、先ほど団員の一人が何か“白っぽい影を見た”と報告してきたらしい。
 今日のアーリーの服装を、直接見た訳ではないので知らないが、アーリーとレティはいつだってお揃いの服を着ている。
 レティの今日の服装は、白いワンピースっぽい服だ。アーリーも同じと考えればその“白っぽい影”というのがアーリーである可能性は非常に高い。

「マジか……で、その白い影がどこに行った分かるか?」
「そこまでは流石に……ただ、森の奥方へと向かって行った、と言ってはいたが……
 っ! まさかロディフィス、お前自分で探しに行く気ではないだろうな!?」
「当然だろ? 妹がバカやってるかもしれないんだ。早く探して連れ戻さないと……」
「バカはお前だ! 子どもが一人でこんな森の深い所まで来たというのも容認できんというのに、更にこれ以上奥に行かせられる訳がないだろう!
 話は分かった。あとは我々で捜索する。だからお前はすぐに帰るんだ」
「バカはおっさんの方だろ?
 ただでさえ団員を厳選して人数を絞ってるってのに、まだいるのかいないかすらはっきりしてないアーリーを探すために、人員を割いてる余裕があるのかよ?」
「それは……なんとかする」

 痛いところでも突かれたのか、クマのおっさんが一瞬言葉を詰まらせた。

「なぁ、おっさん。あんたたちの第一の目的ってなんだ? アーリーを探すことか? 違うだろ?
 あんたたちは、村を守るためにここにいる。それが最優先なはずだ。優先順位を履き違えるなよ」
「…………」
「正直、クマのおっさんの言葉はスゲーありがたいさ。俺としては、一刻も早くアーリーを見つけたい。でもな?
 俺は、アーリーのことで自警団の皆に迷惑は掛けたくないんだよ。
 いや、もし本当にあいつがここに来ているとするなら、もう十分迷惑を掛けているん訳だけど……
 これで、アーリーを探していた所為で自警団の人たちに怪我人や最悪死人でも出たら、俺は一生アーリーを許せないかもしれない……
 なぁ、おっさん。俺を妹嫌いにさせないでくれ。頼むよ」
「…………はぁ~」

 しばしの沈黙の後、クマのおっさんが大きくそして深く息を吐き出した。

「普段は飄々としているくせに、今日はずいぶんと真面目で真剣な目をするじゃないか、ロディフィス」
「まぁ、状況が状況だからな。真面目にだって、真剣にだってなるさ」
「なるほど……つまり普段はあまり真面目でも真剣でもないということか……」
「あっ……いや、別にそういう訳じゃ……」
「冗談だ。分かった。お前の単独行動を許可しよう……」
「マジかっ!? あんがとよクマのおっさん! んじゃ……」
「ただしっ!」

 許可も下りたことで、俺が早速アーリー探索へと出発しようと、その一歩を踏み出した刹那。
 クマのおっさんの強い声が、俺の動きに待ったをかける。

「流石に一人でという訳にはいかん。おいっ、誰かディムリオをここに……」
「はい、ここにいます」

 クマのおっさんの言葉を遮るように、おっさんの後ろからゆっくりとディムリオが姿を現した。
 いつからそこにいたのだろうか……気づかなかった。

「ディムリオ、いたのか。話は?」
「概ね聞いていました。ロディフィスのアーリーちゃん探しに僕も同行すればいいんですよね?」
「ああ。隊の中ではお前が一番身軽だからな。探索任務なら、お前が適任だろう」
「了解しました。
 それじゃ行こうかロディフィス。少しでも急いだ方がいい」
「ありがとう先生。助かるよ。んじゃ、早速……」
「待て」

 と、俺とディムリオが出発しようとしたところを再びクマのおっさんに呼び止められた。

「もう! 今度は何だよ、クマのおっさん! 用があるなら一回で済ませてくれ、一回で!」

 俺は出鼻を二度も挫かれ、不満たらたらといった体でクマのおっさんを見上げた。
 そこには、いつにもまして真剣な表情を浮かべるクマのおっさんの顔があった。

「……絶対に無茶だけはするな。いいな?」
「時と場合によるから約束はできん」
「はぁ~、お前は……そこは嘘でも分かったと言っておけ……」

 俺の返答に、やらやらと言いたげな顔で呆れるクマのおっさん。

「素直なのが性分なもんで」
「どの口が言うか……ディムリオ、こいつが無茶しそうになったらお前が力ずくで止めろ。いいな?」
「はい。了解しました団長」

 俺に言っても無駄だと思ったのか、クマのおっさんは代わりにディムリオ一言釘を刺した。
 こうして、俺は護衛なんだか監視なんだかよく分からないディムリオと共に、アーリーの探索をするため、森のより深き場所へと足を踏み入れたのだった。
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