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97話 表と裏と その八

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 神父様は、重たい溜息一つ吐くとそこまで話をひとまず区切った。
 鎧熊アーベアかぁ……鎧熊アーベアねぇ……
 これはまた、随分と厄介な名前が出てきたものである。
 鎧熊アーベア
 その名前を知らぬものは、まずこの村には、というかアストリアス大国にはいないだろう。当然、俺だって幾度となく聞いたことがある名だ。
 まぁ、“聞いた”ことがあるだけで実際にお目に掛ったことは一度もないけどな。
 というのも、今から何十年だか前……それこそ、じーさんたちがガキくらいの時分に、この村は一度だけ鎧熊アーベアに襲われたことがあるのだそうだ。
 その時は、村人たちで協力しあってなんとか鎧熊アーベアを退治したらしいが、出た被害はかなりのものだったらしい。
 聞くところによれば、討伐に参加した実に半数近くの人たちがお亡くなりになってしまったんだとか……合掌。
 その時の話は、悲劇的な厄災として今でも村の語り草となっている。
 親が言うことを聞かない子に対して、“悪い子のところには鎧熊アーベアがやって来てくるんだぞ”なんていうのは、脅し文句の常套句になっているくらいだ。
 俺はいい子なので、そんなことを言われたことは一度もないけどなっ! って話はおいといて……
 ナマハゲのような使われ方をされてはいるが、鎧熊アーベアはナマハゲと違って実際に被害が出ているので、躾のためとはいえその名を脅しに使うのは少々質が悪いような気もするがな。
 しかし、これであの毛玉どもが村に、というかうちに来なくなった理由がはっきりした。
 神父様の話に出てきた、アシロの大木とはアシロという種類の木の大木のことだ。
 まんまだな……
 で、その大木は主に方角を知るための目印にも使われていたりする。
 その大木の北東四レメント--まぁ、メートル換算で大体六〇〇メートルくらいだな--の辺りといえば、毛玉たちが棲んでいる群れの縄張りがある場所と、この村のちょうど中間辺りを指示していた。
 道中に、ンな物騒な生き物が陣取っているなら、そりゃ縄張りから出るに出られんだろうよ。
 話を聞く限りでは、森狼バァルフたちにも少なくない被害が出ているとのことなので、毛玉たちの安否が気になるところだが、それを確認する術がない以上、今は無事であることを祈るしかない。

「でもまさか、生きてるうちに鎧熊アーベアを見ことになるかもしれないなんて……」

 まったくもって、ついてない話だ。そんな危険生物、できれば一生関わり合いにはなりたくなかった。
 なにせラッセ村が始まって以来、鎧熊アーベアの目撃例、被害例なんてざっと五〇年前に現れたその一度きりなのだ。
 そんな鎧熊アーベアとの遭遇率など、一体どんだけの低確率だよっ! と思ってしまう。
 どんな気まぐれを起こして、森の奥からわざわざ出て来たのかは知らないが、本当に迷惑な話だ。さっさと帰れと切に願う。

「そういえば、似たようなことをバルトロも言っていましたね。“生きてるうちにまたヤツと関わることになるとわな……”と。
 ああ、それと“もう少し若ければ俺も討伐隊に参加できたものを……”とも言っていましたよ」
「年寄りの冷や水だから止めておけ、って言っといてください……」
「大丈夫ですよ。もう、釘は刺しておきましたから」

 俺の言葉に、神父様は軽く笑って答えた。笑いごとでもなかろうに……
 しかし、神父様の話からすると鎧熊アーベアの一件は緘口令かんこうれいまで引かれている案件のようだ。
 それを俺に話すということは、それ相応の狙いがあってのことだろう。
 まぁ、思い当たる節なんて一つしかないんだけど。

「そうですか。で、その話を俺にするっていうことは、詰まるところ“鎧熊アーベアを打倒できるような強力な魔道具を作れ”ってことでいいですか?」
「察しがよくて助かります。しかし、命令するつもりは毛頭ありませんよ。それに、作って欲しいのは武器ではありませんしね」

 なんですと? こんな状況下で武器以外の何を作れと?

「ロディフィス。君に作って欲しいのはむしろ防具の類なんです。あれだけの物が作れるなら、強力な防具も作れるのではないでしょうか?」

 あれだけの物、とは俺がエーベンハルト魔術研究所跡地で見せた数々の魔道具のことだろう。
 確かに、防御は大切だ。防御力に特化した物を作ろうと思えば、何かできるかもしれない。
 しかし……

「そりゃ、まぁ、作ろうと思えば……でも、防具を作るより鎧熊アーベアを一撃で仕留められるような武器を作った方が早くないですか?
 下手に戦わなくていい分、むしろ安全なような気もしますけど……」
「確かにそうですね」

 神父様は俺の発言に一応の肯定は示しつつ、ですが、と言葉繋げる。

それ・・を使うのは誰でしょうか? 自警団の方々ですよね?
 彼らは魔道具の扱いには不慣れです。そんな不慣れな道具を、いきなり実戦に持ち込むなど論外です。
 しかもそれが組織戦ともなれば殊更ことさらでしょう。
 十分な訓練をする時間があれば、それでもよかったのかもしれませんが、今はその時間がありませんからね」
「そう……ですね」

 はい……ごもってとです。
 いくら強力な武器とはいえ、使い方が分からなくては役には立たない。いや、むしろ危険が増すといってもいい。
 ロケットランチャーの使い方が分からん奴に、普通は装備なんてさせやしない。そんなことをして、味方ごと薙ぎ払われたのでは、たまったものではないからな。
 何事も、俺の知識を基準に考えてはいけないのだ。
 だったら……
 使える奴が使えばいいだけの話なのでは? 例えば……

「あっ! それなら俺が……」
「それはダメです」

 全てを言い終わる前に、俺の言葉は神父様によって撃ち落されてしまった。

「どこに、年端も行かぬ子どもを死地へと送る大人がいますか。流石に今回ばかりは、君の我が侭は聞けませんよ、ロディフィス。
 もし君に何かあったら、私はロランドとプレシアになんと言えばいいのですか……」

 そういう神父様の表情は真剣そのもので、珍しく厳しめの口調で咎められてしまった。
 まぁ、そりゃそうか……中身はどうであれ、ガワの子どもこんなんだしな。

「こんなことを頼んでいる手前、強く言えた義理ではありませんが、少しは私たち大人を信用してください」
「いやいや! 別に信用してない訳じゃ……俺が手を貸すことで、自警団の被害が少しでも減ればと……」
「“村人を守るための自警団が、逆に村人を危険にさらし、あまつえ守ってもらうなど本末転倒っ!”
 と、フェオドルならそう言うのではないでしょうか?」

 ああ、確かにクマのおっさんなら言いそうだ……
 あの人は騎士道を地で行くような人だからなぁ。まぁ、騎士でもなんでもないのだけどね。
 自警団とは、民の盾でありほこであるっ! みたいなことを日頃からよく言ってるし。

「……分かりました。今回は大人く何か良さげな防具でも作ってます」
「ええ、そうしてくれると助かります」

 俺がそう答えると、神父様は胸をなでおろすしたようにほっと息を吐く。
 俺が無理にでも付いていく、とか言い出すと思ったのだろうか?
 正直な話、そんな怖い所近づきたくもない、というのが本音だ。
 それでも、俺の力が何か役に立つなら……と思ったのだが、それがかえって他の人への負担となるようなら先ほどの言葉ではないが、本末転倒だろう。
 今回は、神父様期待に応えることに、全力を傾けるとしますかっ!
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