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91話 表と裏と その二

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 魔術は、人々の生活を助ける便利な力だが、反面、その気になれば幾人もの人の命をいとも簡単に奪える程の強大な力を持っている。
 だからこそ、魔術師は自分が振るう魔術という力を、誰れよりも深く理解しその恐ろしさを知っていなければいけない……
 とは、神父様が魔術について語る時の常套句だった。
 この考えには俺も同感だった。
 初歩的な魔術でさえ、指先に火を灯すことくらいは簡単に出来るのだ。その気になれば、放火くらいなら簡単に出来てしまう。
 石やレンガ造りの丈夫な家なら大した被害はでないだろうが、こと木材を主体としたうちの村のような住居では、一度ひとたび火の手が上がればひとたまりもないだろう。
 それが兵器としての性能に特化した、戦闘用の魔術ともなれば尚更だ。
 ちなみに、魔術は大きく分けると、二つのカテゴリーに区分することが出来る。
 一つは生活魔術と呼ばれるものだ。魔術の中では、極々基礎的なもので、指先に小さな火を灯したり、風を操ってそよ風を起こしたり、といったものがそれに当たる。初級魔術、初歩魔術なんて呼ばれることもある。
 村の学校で、神父様が子どもたちに教えている魔術がこれに該当し、また、村の人たちが使える魔術も殆どがこれに分類される。
 そしてもう一つは、上位魔術。字の如く、生活魔術より難易度の高い魔術は全てここに区分されている。
 小規模な爆発を起こしたり、突風を起こしたり、なんていうのが代表的な上位魔術に当たり、難易度が高い分、習得もより難しくなっている。
 また、それらからも分かるように、上位魔術というのは大変危険な代物で、村の中でこの上位魔術を扱えるのは神父様を除けば極僅ごくわずかしかいない。
 変わり種として、一応シスター・メルが使う治療魔術もここに含まれている。
 これは少し前の話だが、俺は一度だけ神父様に頼んでこの攻撃魔術というものを実際に見せてもらったことがあるのだが……
 うん。あれは絶対にダメなやつだ。
 なにせ、的代わりなっていた俺の身長程の大きな岩が、見事に半分吹き飛んでいたからな。思い出しただけで、ゾッとする。
 もしあの大岩が人だったらと考えると……
 俺の脳裏に、人体のあれやこれやが吹き飛ぶ一八禁映画張りのスプラッタシーンが再生され、慌てて頭を振って追い払った。
 だからこそ、魔術を扱う者はその力の大小に関わらず、大きな責任が伴うのだと、神父様はいつものように語っている訳だ。
 要は魔術師に求められるのは、技術よりもまず倫理や道徳。と、まぁそういうことなのだろう。
 魔術師たちが我欲のままに好き勝手魔術を使えば、社会秩序なんて成り立たなくなってしうからな。
 俺が元いた世界で例えるなら、自動車なんてその典型じゃなかろうか?
 もし、自動車をルールも守らず自分の好き勝手に運転していたらどうなるか……
 猛スピードで暴走する鉄の塊なんて、最早ただの凶器でしかない。
 で、それはぴったり俺にも当てはまる訳だ。
 俺は魔術は使えないが、代わり……といっていいのか、魔術と似たような性質を持つ魔術陣というものが扱える。
 今となっては、魔術陣は村の生活を豊かにする便利な技術として村の人たちからは認知されているが、それはあくまで魔術陣の一面に過ぎない。
 魔術陣もまた、魔術同様その気になりさえすれば兵器として利用することは十分に可能なのだ。
 神父様がいうところの、自分の持つ力を深く理解するためには、そう言った負の面とも確り向き合って行かなければいけないだろう、というのが俺と神父様の共通認識だった。
 綺麗な面だけ見て、見たくない物から目を逸らしていてはいけない、ということだな、
 そこで、俺たちは大体二ヶ月に一度くらいのペースでここに訪れては、“魔術陣を兵器利用した場合、何が出来るのか?”という前提で、各種試作品を作っては実験を繰り返していた。
 流石にそんな物騒な物を、村人たちの目のある所で実験する訳にはいかないからな。だから、わざわざこんな人目のない所で実験をしている、という訳だ。

「よっこらせ~のどっこいしょ……っと、くらぁ~」

 俺は、所定の場所へと着いたところで、持っていた実験道具を地面へとざっと広げる。
 神父様はまだエーベンハルト氏の墓参りからは戻って来ていない。まぁ、これはいつものことなので、もう少し待っていれば直に帰って来るだろう。
 ただ待っているだけってのもあれなので、神父様が戻って来るまで実験道具の試運転でもしておくか。
 ここにある魔道具は、作りはしたがまだ一度も動かしていない物ばかりだ。どれもこれも結構危険度が高いので、村の中では危なっかしくて仮起動も出来やしない。
 という訳で、俺は実験魔道具の中から一つを手に取り、早速準備を始めた。

 俺は、うつ伏せの状態で地面に横たわっていた。これは、別に昼寝を決め込んでいるとか、そういう訳じゃない。
 では何のためかと問われれば、それは体と得物を安定させるためだ。
 持っている得物のサイズが大きい……というか長い所為で、こうでもしていないと照準がブレてとてもじゃないが的に当たる気がしない。
 これなら、バイポッドも一緒に作っておくんだった。と、今更ながらに思う。まぁ、無いものは無いので、自分の腕をその代わりにしていた。
 何度か体勢を整えて、丁度良いポジションを探す。
 体勢が整ったところで、申し訳程度に付いている照準器を覗き込み、ターゲットを確認。
 ターゲットは、およそ一〇メートル先にある大岩の上に載せた、直径にして一〇センチ程の石。
 手にした魔道具には、既に十分な魔力マナが込められている。あとは、タイミングを見計らって撃つだけだ。
 俺は一度息を深く吸うと、一旦止める。そして……発射!

 ヒュン!

 そんな風を切るような甲高い音と共に、僅かばかりの反動が俺の体を押した。
 そして、一瞬の間のあとカンッ! という乾いたような音が響き、大岩の上に置かれた石が派手な動きで吹っ飛んでいった。

「ふぅ~、はい命中~」

 初段で命中。中々の精度じゃないか。
 いや? 俺の腕がいいだけか?

「それが今回作った魔道具ですか?」

 俺が次弾の装填作業をしていると、後ろから声を掛けらた。誰とはいうまい。
 なにせ、ここには俺と神父様しかいない訳だからな。

「ええ、まぁコレだけじゃないですけど……ってか、今日は随分と早いですね? もういいんですか?」

 俺は作業を途中で切り上げ起き上げると、体についていた草や砂を払い落としつつ、神父様の方へと振り返りそう尋ねた。
 いつもなら、もう少し時間を掛けていたはずだが……

「最近は頻繁に来ていますからね。報告することもすっかりなくなってしまいましたよ。今日は、少し手入れをしてお終いです」

 そういう神父様の手を見れば、確かに若干汚れているようにも見える。なるほど、今日はエーベンハルト氏の墓の掃除だけだから早かったということか。

「それより……それは?」

 神父様はそこで言葉を切ると、視線を俺がさっきまで使っていた魔道具へと向けた。

「えーと……なんと言えばいいか……強いて言うなら弾体加速機? 的な?」
「だんたい? かそく?」

 俺がそう答えると、神父様はオウム返しに言葉を繰り返した。
 こういうのは、いざ言葉にして説明しようとすると実に難しいものなのだ。
 今、俺が手にしている魔道具は、一言で言ってしまえばライフルだ。突撃アサルトではなく狙撃スナイプの方だがな。
 しかし、神父様に“これはライフルです!”と言って説明したところで、そもそも銃という概念が無いので理解するのは難しいだろう。
 であるなら、本質を端的にまとめて伝えるのが一番効果的……かと思ったが、どうも様子から察すにうまく伝わってはいないようだ。
 という訳で、百聞は一見に如かず。実際に解説を交えつつ、実演をすることとした。
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