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3巻
3-1
しおりを挟む第一章
日本人の好きなもの
一話 ロディフィスの悲願
「「「「ありがとぉーございましたぁー」」」」
ガキ共が、声を揃えて一斉に頭を下げる。
勿論、その〝ガキ共〟の中には、この俺、ロディフィス・マクガレオスだってきっちり含まれている訳だが……
俺たちは今、丁度護身剣術の授業を終えて、自警団から教練のために出張って来てくれた先生たちに向かって終了の挨拶をしているところだった。
辺境にあるこんな田舎の村では、〝自分たちの身は自分たちの手で守る〟それが当たり前のこととされている。
もし仮に、何か不測の事態に陥ったとしても、隣村に助けを呼びに行くなんて簡単にはできない。なにせ、馬(っぽい生き物)をとばしても一日は掛かるくらい離れているのだ。
故に、子どものうちから少しずつでも戦う術を知っていかなければ、いざという時、何も、誰も、守れはしない。
とはいえ、ここアストリアス王国はしばらく戦争もしていないような、比較的平和な国だ。そんなに肩肘を張る必要もないだろう、と俺は思うのだが……
極稀に、野盗が出たという話も聞くには聞くが、専ら大きな街道沿いで隊商が襲われたという噂が届くくらいで、現物なんて見たこともない。
まぁ、見たいとは思わないけどな……
そもそも、奴らが狙っているのは金持ちの商人などが持っている商品や金品な訳だから、こんなな~んにもないビンボー村を襲っても得になることなんて何一つない。それが、この村が安全である理由の一つだ。
それにもし犯罪を犯して〝お尋ね者〟にでもなろうものなら、そこら中から賞金稼ぎたち――俗に、冒険者と呼ばれている連中――に付け回されるのがオチだ。
この国には治安を維持する保安機構のようなもの――自警団なんかがその代表だ――はあるものの、犯罪者を取り締まる警察のようなものはない。
代わりに、そういった犯罪者は国や自治体から〝賞金〟を掛けられ、冒険者組合を通して、全国に一斉指名手配される。
短期間で確保すると賞金が上乗せされる、というシステムもあり、その検挙率(?)は意外と高いらしい。
じーさんたちの話でも、ここ数十年はそういった〝野盗に襲われる〟ような事案は発生していないそうなので、俺たちが実際に野盗相手に切った張ったをするということは、まずないだろう。
じーさんたちが若かった頃は結構そういうこともあったようだが、村人が団結して立ち向かい、撃退したそうだ。
その時の武勇伝は、ウチのじーさんから耳がタコになるほど聞かされている。
だが、この世界は人間以外にも脅威となるものが存在する。
それが、魔獣だ。
魔獣は通常の獣より体が大きく、そして凶暴なのだという。
ここラッセ村の北側には、魔獣が棲むと言われている大きく深い森が広がっているのだが……残念なのか幸運なのか、俺は生まれてこの方、まだ魔獣というものを一度も見たことがない。
どういう訳か、ここに棲む魔獣は滅多なことでは森の奥深い所からは出て来ないのだとか。
稀に、森の浅い所まで出て来る個体はいるらしいが、それも自警団が巡回などをして早めに討伐しているので、特に問題にはなっていない。
何故、森の奥から出て来ないのか……何か理由があるのか、それともただ引きこもりなだけなのか……
それは分からないが、どちらにしろ村にとっては良いことだ。
そんなこんなで、ここラッセ村は比較的平和であるにせよ、〝転ばぬ先のつっかえ棒〟〝備えあれば嬉しいな〟という言葉もある。
いつ何時、野盗が襲ってくるとも限らないし、どんな気まぐれで魔獣が群れを成して村にやってくるかも分からない。
だからこうして〝備える〟ために、毎日厳しい訓練に身を捧げている、という訳だ。
で、ここ最近気づいたことがあるのだが……それは、どうやら俺には剣術の才能がない、ということだ。
今の体の性能自体は、生前より遥かに優れている。
体は柔らかいし、体力だってある。機敏に動くし、視力もいい。足腰だって丈夫だ。
……生前のあの体はなんだったのか。
はっきり言って、軽自動車とF1カーくらいの性能差があるんじゃなかろうか? 最早勝負にすらなっていない。
しかし……こと、剣術になるとからっきしだった。
これはもう、体の性能云々関係なく、俺のセンスの問題なのだろう。
素振りをしていると〝筋は悪くない〟と褒められるのだが、いざ掛かり稽古――格上の者に対して、一方的に攻めの練習をするやつ――となると、棒が相手に当たらない。
避けられるとか、そういう次元の話ではない。
当たらない、のだ。
自分では当てるつもりで振っているのに、手前過ぎて空振りしたり、逆に突っ込み過ぎて体当たりになったりと散々な結果を出している。
ここ最近では、女の子であるタニアを相手にした模擬戦でも連戦連敗中だ。あいつはすばしっこくて、冗談抜きで瞬きをしている間に姿をくらますから、もう本当に手に負えない。
素振りも姿勢もメチャクチャ、なのに何故か勝てない……あれはもう獣の動きだ。あいつは野生児に違いない。
タニアだけでなく、同じく幼なじみのグライブにもリュドにも勝ったことがない。
魔術の才能もない、剣術もダメダメ……俺がファンタジー世界に憧れたあれやこれやが、軒並み破綻していくよ……
別に〝世界最強になるっ!〟なんていうつもりはないが、少しくらい……ほら? ねぇ?
折角こうして、転生なんて奇跡みたいなことを体験している訳だから、〝特殊能力で無双〟みたいな展開があってもいいのではないでしょうか神様?
……別に神なんて信じちゃいなかったが、〝転生〟が起きている身としては信じなくもない心境だったりする。
ちなみに模擬戦で使う棒は、素振りに使っている硬い棒ではなく、ヘチマのタワシのようなヘコヘコした物だ。
感触としてはウレタンに近く、これなら殴られてもあまり痛くない。
とはいえ、こんな物でポコポコ練習しているのは俺たち幼年期組くらいなもので、グライブたち年長組は素振りに使う硬い棒で打ち合っている。
硬い棒を使うので、もちろん怪我だってする。が、そこはファンタジー世界だ。
先生役である教会のシスターの一人に、治療系の魔術を使える人がいるので、怪我をした時は皆、その人に治療してもらっている。
今日は、彼女の世話になるような怪我を負った者はいなかったのか、先生たちへの挨拶が終わると、皆三々五々自分の家へと帰っていった。
「お~い! ロディ、今日も川に行くんだろ?」
訓練で自分が使った分の備品を片付けていると、先に片付けを終えたグライブが声をかけてきた。
「当たり前だろ? 汗かいてベタベタで気持ち悪いし、この暑さだからなぁ……」
日差しはすっかり夏のそれだ。
剣術の訓練は、この炎天下の中で棒切れを振り回すという過酷なものだ。その所為で、汗の量がハンパない。
着ているシャツやパンツを絞ったら、どれだけ汗が滴ることか……
そんな訳で、そのまま帰るのも気持ちが悪いと、近場の川で汗を流してから帰るのが最近の流れになっていた。
勿論、着替え用の服一式が愛用の肩掛けカバンの中に入っている。で……
「それに、今日辺り今作ってる実験機が完成しそうだしさ」
実は、ここ数日俺は荷車に乗って教会学校へと通っている。別に、歩いて行くのが面倒くさいとかそういう訳じゃない。
俺は今、川でとある実験をするために、ここ数日間コツコツと下準備を進めていた。その実験の資材を荷車を使って運搬していたのだ。
資材はレンガが主なため、手で持って運ぶには重いのよ……
学校が終わってから資材を回収して川へ向かう、という手もあったが、それだと地理の関係上二度手間三度手間になってしまうので止めた。
そこで、俺は朝早めに家を出て、資材を回収してからその足で学校へ向かう、という方法を採っていた。これなら、わざわざ荷車や資材を取りに戻らなくて済むからな。朝が早くて多少辛いが、後のことを考えればこちらの方が効率はいい。
で、そうして荷物を積んだ荷車を転がして登校していると、たまに同じく登校中のミーシャやタニアと遭遇することがあり、そんな時は一緒に荷車に乗っけて登校したりもしていた。
と、そんなことをしていた所為で、最近では俺が荷車で登校している、というのは学校に通っている者なら誰もが知るところとなっていた。
「あいよー。俺はまだ片付けが残ってるから、荷車の所で待ってろよ。行くのはどうせ、いつもの面子なんだろ?」
「ああ。んじゃ、残りの奴らに声かけてくるわっ!」
そうして、グライブは教会の方へと走っていった。
この暑い中、よく走る気になるものだ……
走り去ったグライブを見送って、俺はまたいそいそと片付けを始めたのだった。
いつもの面子とは、俺、ミーシャ、タニア、グライブ、リュドの五人のことだ。
俺は皆を荷車に乗せると、一路川へと荷車を走らせた。
教会の近くには小さな川が流れている。距離にしたら子どもの足で徒歩五分といったところか。
大衆洗濯場のある川に繋がる支流の一本で、一応は洗濯場よりも上流にあることになる。
以前、商人のイスュを連れて行った――行かれた、と言うべきか?――場所も、ここから少し下流に行った所だ。
ここは、村に一番近い水源ではあるのだが、岩が多いわ、道が悪いわで、水を汲んだり洗濯をしたりといった、生活水源にはし難い場所だった。
実際ここで水を調達しているのは、教会に住んでいる神父様くらいなもので、その神父様だって、魔術を使って運搬の負担を軽減していると言っていた。
〝そうでもしなければ、わざわざこんな所の水を汲みになんて来やしませんよ〟とは、神父様の言だ。
ちなみに……
教会に住んでいるのは神父様だけで、シスターたちはちゃんと別に家があります。
一つ屋根の下、神父様が若い女性三人と一緒に暮らしている、なんていうことはないのです!
川の近くまで来て、俺は荷車を止めた。
ここからは悪路であるため、荷車では先に進めないのだ。とはいえ、川はもう目と鼻の先だ。ゆっくり歩いたって一分もかからない。
ミーシャとタニアは荷車が止まるなり飛び降りると、一目散に川に向かって走っていった。
グライブとリュドには、ここまで運んでやった見返りとして、荷車に積んであった実験資材であるレンガを、川まで運ぶのを手伝わせた。一日五、六個ずつをちまちま運んで今日、ようやく完成……する予定だ。
このレンガはただのレンガではなく、洗濯槽を造るのに使ったのと同じく魔術陣がスタンプされた物だった。
この川は川幅も狭く、水量も少ないので流れが穏やかで、一番深い所でも水深が四〇センチメートルもない浅い川だ。そのため、この季節になるとここは子どもたちの格好の遊び場となる。
そんな川に真っ先に飛び込んだのは、タニアだった……それもマッパで……
パンツすら脱ぎ捨てて、正真正銘の真っ裸で、飛び込んでいったのだ。その後を、グライブ、リュドが追う。勿論こっちもマッパだ。
川岸では、ミーシャがもぞもぞと服を脱いでいる途中だった。その様子から、ミーシャも全裸で川に入るつもりらしい。
かくいう俺もすでに全裸で川の中である。
……いいじゃない、だって子どもだもの。
生前の年齢と容姿で、全裸で川に入っていたら、猥褻物陳列罪で速攻御用となっていたかもしれないが――おまけに全裸の少年少女が近くにいようものなら、罪状がいくつ追加されることやら――今は七歳児なので問題ない。
近くでやんややんやと遊ぶガキんちょ共を尻目に、俺は軽く水を被って汗を流すと、早速作業に取り掛かったのだった。
既に完成しているも同然なので、大した作業はないのだけどね。
………
……
…
と、いう訳で出来上がったのがコレである。
ひと言で言ってしまえば、石を積み上げて作った生簀……の、ようなものだ。
大きさは、横幅二メートル程、奥に一メートル程の大きさで、石を積んだ高さは三〇センチメートルもない。
でもまぁ、一応水面は超えているので、実験機としては上出来だろう。
で、この生簀の上流部分には、魔術陣の刻印されたレンガが数列にわたって水面近くまで積み上げられていた。
「おっし! これで完成だなっ!」
「何が完成したって?」
近くからグライブの声がしたので振り向けば、そこには先ほどまでやいやい遊んでいた面子が雁首揃えて立っていた。
遊ぶのにも飽きたのか、俺の様子を見に近づいてきたようだ。
「で、石をコツコツ、コツコツ積み上げて、小さな大鬼はこの間から一体何作ってんだよ?」
リュドのヤツも、俺が作った生簀が気になるのか、中を覗き込んでいた。
別に、そこには何もいやしないがな。
「ふっふっふー! 丁度いい、今から実験するからそこで見てなっ! あっ! 危ないから石で作った囲いには近づくなよ? いいな?」
皆が頷き、石で作った囲いから離れるのを確認した上で、俺は積み上げたレンガの一番上の魔術陣に手を突いた。
チリチリとあの魔力を吸い取られる独特の感覚が、手の平全体に広がっていく。
魔力を供給されたことで、魔術陣は……いや、今や魔道具となったレンガの塊は、決められた手順に則って魔術を発動していく。
時間にしたなら三〇秒程だろうか……
生簀の中から、次第にゆらゆらと白い靄が立ち上り始めるのが見えた。
俺はそれを確認して、魔道具と化したレンガの塊から手を退けた。
「さってさて~温度は如何程かねぇ~」
そして、徐に生簀の中へと手を突っ込んで……
「あっちゃやぁぁああーー!!!」
あまりの熱さに、慌てて手を引っこ抜いて冷たい川へドボンと浸ける。
加熱時間が長すぎたか……?
煮え立つ程ではなかったが、人がこの中に入るには些か抵抗がある温度ではあった。
バラエティ番組としてなら使えそうだが、俺は普通に使いたいのだ。
この辺りは要調整だな……
「なぁ、ロディ……お前、もしかしてお湯を作ったのか?」
ゆらゆら立ち上る湯気を指差して、グライブがそんなことを聞いてきた。
確かに、俺はグライブの言う通りお湯を作った。しかしそれは、真実ではあっても真理ではない。
何故なら……
「違うっ! 俺が作ったのはお湯じゃないっ! 〝風呂〟だ!」
その言葉に、誰もがキョトーンとした顔で俺のことを見ていた。
無理もないだろう。
この世界で風呂と言ったら、お湯で湿らせた布で体を拭くことだ。
日本のように、お湯を溜めて体を浸す様式は存在しない。もしかしたら、似たようなものがあるかもしれないが、少なくとも俺は知らない。
「といっても、こんな熱湯じゃ流石に入れんな……よしっ! 水で割るか」
俺はそう言うと、早速川の水をバシャバシャと生簀の中へと注ぎ入れた。
「ほれほれ! お前らも、ただ突っ立てるくらいなら水入れるのを手伝えって!」
俺がそう声をかけると、タニアが真っ先に何が楽しいのか笑いながらマネをしだして、次にミーシャが、そしてグライブ、リュドが困惑気味にあとに続いた。
適当なところで一旦作業の手を止めて、近くに転がっていた棒で生簀の中を攪拌、手を入れて温度を確認すると、多少下げ過ぎてしまった感はあったが、熱湯よりはましになっていた。
再加熱すると、またあつあつになってしまう恐れがあったので、今回はこれで良しとする。
「さて、んじゃお先に失礼してっと……」
俺は、〝よいこらしょっ〟と声を上げて石垣を跨ぎ、生簀の中へと入っていく。
所詮、その辺の石で作った囲いなため、囲い付近は石の隙間から冷たい水が流れ込んでしまっていたが、中心部分に向かうに連れて、温度が一定化していく。
そして適当な場所を見繕って、俺はざぶりと腰を落とした。
「っああぁぁぁ~~……」
温度が多少低いとか、水かさが低くて肩まで浸かれないとか、石がゴロゴロしている所為でケツが痛いとかとか。とてもそれは、俺が恋焦がれた風呂ではなかった。
だがしかし、この世界に来て初となる日本式の風呂は、それも露天風呂は……間違いなく〝最高〟の風呂だった。
「ほら、何してんだよ? お前らも入って来いよ! 早くしないと温くなっちまうぞ?」
生簀の外で、俺の行動をぼけーっと眺めていた四人に声をかける。
「ロディ、お前さっきは危ないから近づくなって言っておいて、今度は入って来いって言うのかよ?」
「魔術陣を動かしてる時は危ないから近づくな、ってことだよ。今は大丈夫」
「じゃあ、あたし入るぅ~!! ていっ!!」
グライブが不機嫌そうに聞いてきたので、簡潔にそう答えると、代わりにタニアのヤツが勢い良く石垣を飛び越えて生簀の……いや、浴槽の中に飛び込んできた。
そして案の定、バッシャーン! と盛大な水しぶきが上がる。
「うおおぉぉ!! なんだこれ温ったけぇ~! ミーシャも来なよ! 面白いぞっ!」
本来、風呂とは静かに入るものなのだが、タニアのヤツはそんなこたぁ知らんとばかりに――いや、実際知らないんだが――浴槽の中で手足をバタつかせて遊び出した。
子どもの頃、銭湯の大きな浴槽で誰もが一度はそうするように、本当はタニアもこの浴槽の中を泳ぎたかったのだろう。しかし残念なことに、この即席の浴槽では圧倒的に水かさが少ないのでそれはできなかった。
おかげでバタ足で上がった水しぶきが、俺の顔に掛かること掛かること……
そんな楽しそうにしているタニアに釣られたのか、ミーシャが、そしてグライブ、リュドが続いて浴槽へと入ってきた。
「うわぁ……あったかい……」
「おいおい、川の水がお湯になっちまったっ! マジか……」
「ロディ……これ、お前がやったのか?」
「まぁなっ!」
困惑したような表情でそう聞いてきたグライブに、俺はドヤ顔で答えてやった。
タニアは相変わらず笑いながらバタバタと暴れ、グライブとリュドは不思議そうな顔で水面を眺め、ミーシャはほけーっとした顔で俺の隣で湯に浸かる……
そんな風に思い思いに風呂を楽しんだ俺たちだったが、それも二〇分もしないうちに終わりを迎えてしまった。
浴槽のお湯が、もうお湯とは呼べないくらいに冷めてしまったのだ。
元々、隙間だらけの石垣で作った囲いだ。浴槽内には随時、冷たい水が入り込み、中のお湯は外に出てしまっていたのだから仕方がない。
が、こんなものはあくまで実験の一端に過ぎない。
今回の真の目的であった、加熱魔術陣の実験が成功を見た今、浴槽の問題点など最早些末事。あとで如何様にもすればいい。
これで作れるっ! と、俺は確信していた。一度は諦めた、日本式の風呂っ!
俺は、この村に日本式の風呂を再現するっ! そして、毎日あつあつの風呂に入るのだっ!
そうと決まれば、早速準備開始だ。
二話 布教活動はじめました
「で、どうっすかね神父様?」
俺がそう問うと、神父様は難しい顔で目を閉じた。そしてしばらくして……
「ふむ、そうですね……」
神父様は閉じていた目をゆっくりと開くと、言葉を選ぶように静かに続ける。
「……ロディフィス。君が言う〝風呂〟というのがどういうものなのか、言葉だけでは私にはよく分かりません。しかし本当にそんなに素晴らしいものであるのなら、小規模でもいいので実際に作ってみる、というのが皆の理解を得られる一番の近道ではないでしょうか。そしてそれが本当に素晴らしいものであるなら、使った者の内から自然と要望する声が出るでしょうし、出なければそれまでのことです」
最後の方は若干の苦笑を交じえて、神父様はそう言った。
ふむ、やはり正攻法しかないか……
いくら幾千幾万の言葉を並べたとしても、〝風呂〟の良さを伝えるのは難しい。それだけで、賛同者を募るのには無理がある。
良さを理解してもらうには、実際に入ってもらうのが一番手っ取り早い、ということなのだろうな。
俺は神父様に相談をするために、朝も早くから教会へと足を運んでいた。
今日は数日に一度の礼拝日で、学校はお休みだ。しかし、神父様はこのあと村人相手の説法やら何やらで忙しくなるため、相談を持ち掛けるにはこのタイミングしかなかった。
俺からの相談とは、ずばり村人たちに〝風呂〟が受け入れられるようにするには、どうすればいいか? というものだ。
今回の俺の目標は、村に〝銭湯〟を建設することである。やはり風呂は大きい方が気分が良い。
元々は個人用の小ぢんまりとしたものを作るつもりだったのだが……リバーシの販売で得た思わぬ収入で気が変わった。
俺はあの金で、この村に大型スパ・リゾートを建設するのだっ!
……あっ、いや、流石にそれはムリだって分かっているので〝スーパー銭湯〟的なものが造れればいいなぁ、と考えている。
しかし仮に銭湯を造ったとしても、それが盛況となるかどうかは現状未知数だ。
だって、お湯に浸かるという〝日本式の風呂〟などこの世界には存在しないからな。受け入れられるのか拒絶されるのか、それすら分からない。
銭湯を造るとなると工事の規模も資材の量も、大衆洗濯場の比ではない程大掛かりになってしまう。
大金を投入して造ったはいいが、人気が出ませんでした、では流石に笑い話にもなりはしない。俺は銭湯に、そんな勢いだけで造ったどこぞの行政の箱物みたいな末路を辿らせたくはなかった。
そこで、俺は神父様に銭湯計画の全容を話し、この〝風呂〟という概念が受け入れられるか、拒絶されるのか、受け入れられるにはどうしたらいいのか、とそんなことを相談したのだ。
まぁ、結果は〝正攻法で攻めろ〟という無難なアドバイスで終わってしまったが。
しかし、よくよく考えれば大衆洗濯場だって、元は主婦の皆様方からの熱い要望によって〝洗濯場を作ろう〟という流れになっていったのだから、それと同じことを銭湯でやればいいだけか。
まぁ、直接的な原因は各家庭用の試作型洗濯機が大破してしまったからなんだけど……
そもそも銭湯建設の資金は、村の人たちがリバーシを作って稼いでくれたものだ。なら、彼らが喜んでくれるものでなければ意味がない。
流石の俺だって、あれだけの大金を自分勝手な理由で使うのは気が引けるからな。
よしっ! そうと決まれば、早速〝日本式の風呂〟のサンプルを作ろうではないか!
最悪、誰からも評価してもらえなかった時は、今後そのサンプルは俺が個人的に使うだけの話なので、何の問題もない。
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