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三三〇話
しおりを挟む扉を観察していて、ふと、視界の端に何かが見えた気がしたのだ。
気になったのは扉本体ではなく、壁の部分だった。
扉自体は左開き……扉本体に対して右側にドアノブがあり、左側を中心に開く様になっていたのだが、そのドアノブ側の壁、そして丁度俺の目線やや下くらいの所に何かが描かれた跡? の様なものが薄っすらと見て取れたのだ。
顔を近づけてよく見てみるが……
文字……ではないようだが……図形?
白い紙の上に、白の絵の具で絵を描いた様な……そんな感じで非常に見え難いが、確かに何かか描かれている。
「どうしたの?」
俺が明後日なところを凝視しているのが気になったのか、セレスがそう聞いてきた。
「いや、ここ……壁の所に薄っすらと何か描かれているみたいなんだよなぁ……」
セレスにそう答えて、改めてその場所をじっくりと観察する。
「えっ? どこよ? 私、見えないんだけど!」
で、俺に倣い、同じ場所を観察しようとするセレスだったが、残念かなやや身長が足りていなかった。
セレスの身長は大体150センチメートルあるかないかくらいで、絵らしきものがあるのは大体170センチメートル辺りである。
必死にぴょんぴょんと飛び跳ねていたが、それでは見えても一瞬なのであまり意味はなさそうだ。
なるほど。セレスもマレアも、俺が来る前にここを調べていたはずなのに、これに気づかなかったのは物理的に背が足りていなかったからか、と妙に納得する。
マレアに至っては、身長はセレス以下だからな。
そんな感じで、邪魔なセレスを退かしつつ、改めて観察に入る。
上から塗りつぶしたり、また元々あった色を剥がした、という感じではない。ましてや、経年劣化で色落ちした風でもない。
なら、なんでここまで見え難くしているんだ?
「えいっ!」
そんな疑問を感じつつ、色々と考えていると、何を思ったのか不意にセレスがその場所に向かい突然手を伸ばしたのだ。
伸ばした、というより、叩いた、という方が近いかもだが……
すると……
「あっ……光った」
セレスがその絵に触れた途端。
薄っすらと描かれていた何かが、赤い光を放って浮かび上がったのだった。
「えっ!! うそっ! ちょっとスグミっ! 私見えないんだけどっ!」
で、またぞろセレスが周囲をぴょんぴょんと飛び跳ねまわる。ウザい……
まったく見えていないわけではない様なのだが、ちょんと見たいと、暴れ散らかしていた。
仕方ないので、俺がセレスの脇を抱えて持ち上げることにしたのだが……
「はぁはぁはぁ……お前、重すぎんだろ……」
「しっ、失礼ねっ! 標準よっ!」
「いやいや、スグミくんが脆弱すぎなんでしょ? 少しは体鍛えたら?」
……ごもっともで。
まさか、中学生女子一人も持ち上げられないとは……そんな自分にビックリである。
「てか、何か踏み台になるもの用意すればいいだけなのでは?」
と、マレアさん。
……ごもっともで。
ということで、何か適当に台になりそうな物をチェストボックスから取り出した。
で、早速踏み台に上るセレス。
最初からこうしていればよかった。そうすれば無駄に疲れることもなかったろうに……
「消えてしまっているわね……」
そんな感じで、セレスがようやくまともに観察出来るようになった時には、あの光はすっかり消えていた。
「ん~……多分、一定時間操作がなかったから消えたんだろ。もう一度触ったらまた光るんじゃないか?」
「そうなの? ……あっ、本当だっ!」
俺に言われるがまま、セレスが同じ場所に触れると、またあの図形が赤く光った。
その光景に興奮気味なセレスがそう声を上げるが、そんなセレスとは対照的に、俺はまったく別のことを考えていた。
ぶっちゃけ、セレスには悪いが、俺的には“触れたら光る”というのはそこまで驚くようなギミックではないからな。
むしろ、ああ、電光表示板のようなものだったか、という感じで納得すらしていたくらいだ。
そんなことよりも、俺が気になったのは浮かび上がっていた図柄についてだった。
「でも……これ……なに?」
そんな俺達を他所に、セレス同様踏み台に上ったマレアが赤く浮かび上がる図形を前に、そんな疑問を口にした。
マレアの感じた疑問も分からなくはない。
なにせ、その肝心な浮かび上がった図形というのが、大きな四角い枠の中に、小さな四角い枠が二つ、重なるように描かれている、というものだったからだ。
流石にこれだけは意味が分からん……が。
なんというか……この図柄に似ているものなら知っていた。だが、いや……まさかな……
でも、もしかしたら? いやいや、まさかまさか……と思考を巡らせる。
「ねぇ? さっきから何か真剣に悩んでるけど、もしかしてスグミくん、これのことも知ってたりするのかな?」
セレスが電光表示板をペタペタ触って夢中になって観察している傍らで、マレアがそう問いながら俺へと近寄って来ていた。
「言っておくが、これを直接知っているわけじゃないからな?
似たような仕組みのものを知っているだけだ」
その似ている仕組みのものが、異世界にあるには余りにも突拍子がなさ過ぎて、俺自身半信半疑なわけなんだが……
「それじゃ、その“似ている”ものってどんなものなのさ?」
「……読み取り機、だな」
「読み取り機?」
クレジットカードや電子マネーなど、電子決算を行う際にカードやスマホをかざして、ピッ、とするアレだ。
ここに描かれているマークが、正にあの読み取り機に描かれている絵にそっくりなのだ。
他にも、社員証などのIDカードをかざして扉を開く、電子錠なんかのタイプもあるのだが、今回の場合なら、後者の方がより近いのではないだろうか?
で、当然マレアがそんな物を知っているわけがないので、簡単にだが説明する。
「……つまり、この扉は特定のアイテムを所持していることで、初めて開くことが出来る、と? そして今はこの魔道具によって封印されている、ということかしら?」
と、途中から会話に参加して来たセレスがそうまとめてくれた。
踏み台に乗ったままなので、目線の高さが同じ事に新鮮味があるな。
「封印……というのは大げさだが、まぁ、そんな感じだ」
「でもでも、スグミくんはどうして“これ”が“そう”だって分かったのかな?」
と、マレアが不思議そうに聞いてくる。
「必ずそうだ、っていう確信があるわけじゃないぞ?
ただ……ほれ、ここに絵が描かれているだろ? 四角が二つ重なったようなやつ」
そう言いつつ、俺は光が消えていた表示に軽く触れ、再度赤く光るあのマークを指さした。
「こういうをピクトグラムって言ってな。特定の対象、もしくは行動指示なんかを簡略化して図記号化させたものなんだよ。
俺が知る限り、この記号が意味するところは“ここに何かをかざせ”ってことになる」
日頃目にするピクトグラムとしては、あの緑の非常口の絵や、禁煙マーク、携帯の電波強度やバッテリー残量なんかは、有名どころではないだろうか。
「その何かって何よ?」
と、マレアが突っ込んで聞いてくるのだが……
「流石にそこまでは分からんな……
まぁ、大体こういう場合は身分証と一体化して、持ち運び易いようにカード型だったりすることが多いと思うんだが……カード? そういえば……」
そこまで話して、ふと思い出したことがあった。
「どうかしたの?」
突然しゃがみ込み、チェストボックスを取り出す俺に、セレスがそう声を掛ける。
「いや、もしかしてと思ってな……」
「もしかして、開け方が分かった、とか?」
「確信があるわけじゃないからな? もしかして、だ。もしかして」
「ウソっ!! ホントっ!!」
そんな俺の一言に、派手に食らいついてくるセレス。
あまりに興奮気味なセレスが、無駄に纏わりついてくるので一旦落ち着かせつつ、俺はチェストボックスにしまっていた一冊のファイルを取り出した。
昨日、ダンジョンと地下都市を繋ぐ小部の一室で見つけた、動力伝達路について記されたあのファイルの一冊だ。
例によって、セレスが持ち帰ると言って聞かなかったので、俺が預かって保管していたのだ。
ちなみに、取り出したのは“141~150”という最終巻のファイルである。
俺はファイルを開くと、そこに挟まっていた無地で何も書かれていない緑色をした半透明のカードを手に取った。
「その“栞”がどうかしたの?」
セレスが言うように、俺も初めてこのカードを見た時は、誰かが栞として挟んでいたのかも? と思ったのだか、もしかして……
「もしかしたら、こいつが鍵かもしれないんだよ。
けど、いいか? “かも”だからな? 必ず上手く行くとか思うなよ?」
初めにそう念押ししたうえで、俺はものは試し、ダメで元々といった気持ちで手にした半透明な緑のカードをリーダーへと近づける。
と……
ピっ ガコンっ!
一瞬、場違いな電子音チックな音が鳴ったかと思ったら、何か重い物が動く音が響く。
おそらく、鍵が解除された音だろう。
「えっ!? うそっ!? 今、開いたわよねっ!! ねぇ!!」
「……開いたね」
「……いや、まさか……ホントに開くとはなぁ……」
そう呟いて、俺は手にしていたカードをマジマジと眺める。
自分でやっておいてなんだが、多分、一番驚いているのは俺ではなかろうか?
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