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二八六話

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「そういえば、まだ他にも理由があるみたいな感じだったけど、そっちはどうなんだ?」

 何を考えたところでドツボにはまりそうなので、気分転換も兼ねての話題転換。
 
「ん~、そっちは別に大した理由じゃないけど、あたしの個人的な理由かな?」
「個人的?」
「そ。単純にプレセアっちのことが好きってこと」

 そこまで話すと、硬くなった体を解すようにマレアがぐいっと体を伸ばすと……

「ブレセアっちは、あたしにとっても妹みたいなものだからねぇ~。
 デキるお姉ちゃんとしては、可愛い妹の為に一肌でも二肌でも脱いで助けてあげたいじゃん?」

 そう答えたのだった。

「妹って……プレセアとはそんなに仲がいいのか?」

 妹といえばセリカも似た様なことを言っていたが、あっちは王族とその側近である貴族という、かなり近い関係だからな。
 子どもの頃からの知り合いで仲もいい、というのだから納得も出来る。 
 それに聞いた話では王家とセリカのフューズ家は、遠縁ではあるが血縁もあるらしいしな。

 しかし。

 方や、マレアは女王付きの侍従とはいえ、別に貴族というわけでもなく、いってしまえばただの一般人である。
 これでプレセアがただの少女だというなら理解も出来るが、あの子はその外見とは裏腹に国家元首という肩書を持っているこの国で一番の要人なのだ。
 立場が圧倒的に下であるにも関わらず、マレアがそんな人物を妹呼ばわり出来るということにはやや疑問が残るところではある。

「あっ、その顔は信じてないな? 本当だからね!」

 そんなあからさまな態度を取ったつもりはなかったのたが、俺の表情を読み取ったマレアが鼻息荒く抗議の声を上げた。

「ちょっと前まではあたしがプレセアっちの側近護衛やってて、その時にすっかり仲良くなったのっ!」

 なんでもマレアの話しでは、その見た目も相まって、プレセアの幼少期の護衛を務めていたらしい。
 周りが大人ばかりではプレセアも精神的に辛いだろう、とはいえ、護衛を置かないわけにもいかない。
 ということで、見かけだけでも近いマレアが適任と判断されたとのことだった。

 しかし、その話に幾ばくかの疑問を感じたのも事実だった。

「いや、ちょっと待て? 幼少期の護衛って……お前、一体いつから王城で働いてるんだ? 確か今二三って聞いてるが……
 実はもっと上なんじゃ……実は四〇とか?」

 それがマレアの年齢だ。
 幼少期ということは、今のプレセアが一五だと聞いているので、少なくとも五年とかそれくらいは前の話しだということになる。
 となると、今二三だというマレアは当時一八くらいだ。
 しかし、見た目が特殊だからと、雇用されていきなり護衛の任務につけるはずもなく、数年の訓練期間はあっただろうことを考えれば、マレアが騎士団や入団したのはそれよりずっと以前ということになる。
 
 なら、こいつは何時からこの国に仕えているんだ? 

「二三だよっ! もうっ、失礼だなっ!
 えっと……あたしが騎士団に拾われたのが八つの頃だから……今から一五年前の話しだね。
 その頃から働いてる……ってことにるのかな?」
「八つ!」

 八歳といえば、日本では小学二年生だ。その頃から働いてるとか……

「で、プレセアっちが八歳から一二歳になるまでの四年間を、あたしが護衛として着いてたってわけなのさ。
 だから……当時のあたしが一六から二〇までの間になるのかな?」

 マレアの話しを鵜呑みにするなら、一六とはいえ勤続して八年目だ。
 ベテラン、とはいえないまでも十分な技術を身に着けていてもおかしくはない……か。 
 で、どうやらその時に二人は仲良くなったらしい。
 というか、それ以上に気になるワードを口にしてたなこいつ……

「てか……その、こういうことを聞いていいのか迷うが、拾われたってのは?」
「ん? まんまの意味だけど……なに? あたしに興味湧いちゃう感じかな? かな?」

 そう、マレアがはやし立てる様に茶化す。
 が、そこになんとなく、話したくない、というニュアンスが僅かばかり感じ取れた……ような気がした。

「別に、話したくないなら無理に聞く気はないぞ?」
「ん~、別にそういうわけじゃないんだけど……ちょっと長くなるのと、聞いて気分のいい話しでもないよ? それでも聞きたい?」

 どうしようかと一瞬迷ったが、マレアとプレセア、二人の関係が気にならないわけでもない。
 それに、気分が悪くなるような話し、というのも逆に興味を引いた。
 それがこの世界のことを知る機会になるかもと思い、好奇心半分、情報収集半分、といった感じてマレアの話しを聞くことにした。

「うし、分かった。では、聞かせて進ぜよう。
 あたしって、ほら。この見た目でも分かると思うけど、純粋な人間種じゃなじゃん?
 そもそもこの国の生まれでもないからね」

 で、マレアの話しに寄れば、マレアが生まれたのはノールデン王国からそこそこ離れたユグル大森林の何処か、であるらしい。

 ユグル大森林といえば、ソアラ達エルフも暮らしているあの広大な森である。
 そして、俺が初めてこの世界に来た時にいた森のことだ。

 にしても、なんともざっくりした話しだな、と思ったのだがこれにはコビット族の生活様式が関係しているとのことだった。
 というのも、コビット族はエルフ族の様に一所に定住しない種族のようで、数十人からなる集落を作り、森の中を遊牧民の様に移動しながら採取生活をしているというのだそうだ。
 なので、マレア自身、自分が生まれた時に集落が森の何処にあったかなど覚えていないし、興味もないと言っていた。
 だからこその、森の中の何処か、なのである。

 そんな生活スタイルの所為か、コビット族に国という概念はほぼなく、少数の部族が、自由気ままに森の中を移動しながら暮らしているのだとか。
 
 集落を形成している期間もまちまちで、その為、昨日居たのに今日はもう居ない、なんてこともザラにあるらしい。
 なんでも、コビット族のその見た目やそんな特性から、旅人達の間では“森の妖精”だとか“出会えら幸運な種族”だとかいわれているとかなんとか。
 
 余談だが、コビット族は農耕はせず、基本、採取と狩猟によって生計を立てている種族なのどマレアはいう。
 森の中でも季節によって採取出来る野草、狩猟出来る獲物が違う為、そのシーズンに合わせて森の中を移動するのだとか。
 その所為か、環境が良い場所などではたまに他の部族とバッティングすることもあるらしいが、そういう場合は縄張り争いなどはせず、一緒になって集落を形成するなど、争いごとを好まない温厚な種族なのだと、マレアが教えてくれた。
 また、そうして他の部族と一緒に暮らすことで、集落外の血を取り込んだり、別れる際も、部族毎に別れるのではなく、そこで新たなグループを形成して別れたりと、そうすることで部族内での血の偏りなどを防止しているらしい。
 これも先人の知恵、なのだろう。

 ちなみに、マレアは人間の父親と、コビット族の母親の間に生まれたとのことだった。
 なんでも、自由騎士だった父が森で遭難し、行き倒れになっているところを、たまたま母親に助けられてそのまま集落に居着くようになったのだとか。
 
 で、そんなある日。
 近隣にあったとある国家がマレア達の集落を襲撃し……壊滅した
 それがマレアが八歳の頃のことだ。
 で、その攻め込んで来た国っていうのが……

「スグミくんはさ、ジルディス神聖皇国って知ってる?」
「……いや、聞いたことないな」

 というか、当方、この世界の地理に関してはまったくもって無知である。
 ノールデン王国の近隣諸国とか、全然知らんからな……

「まぁ、そうだろうね。ジルディス神聖皇国。まぁ、簡単に言うとガチの宗教国家でね。
 “人間とは、神が世界を統治するために創られた支配種であり、他種族はその人間種に仕えるために神が作った隷属種なのであ~るっ!”
 みたいなことを本気で言う国、かな?」
「……なにそれ? こわ……」

 仮に教義がマレアが語った通りだとしたら、まんまカルト宗教のそれである。
 
「あっ、やっぱり人間のスグミくんでもコレ、怖いって思うんだ?」
「いや、怖すぎんだろ……額面通り受け取るなら、宗教的解釈のみを以て、人間は異種族に対して何してもいい、ってことじやねぇかそれ」
「そだね……だから、私の生まれた村はこいつにら焼かれちゃったのさ。
 人間じゃない、っていう理由だけで……ね」
「っ……」

 あっけらかんと語る割にヘビー級な事実に、なんと声を掛けるべきなのかと言葉に詰まる。
 強いていうなら、シュウキョウコワイ、だな。
 なるほど。これが、気分の良くない話し、ということか……

「まぁ、正確には“お前ら人間じゃないから我々の奴隷になれっ!”って言われて“は? バカじゃねぇの? なるわけねぇだろっ!”って言い返したら滅ぼされちゃったんだけどね……
 ああ、ちなみにこれは、あたしが騎士団に入ったあと、色々と調べていくうちに分かったことなんだけど……当時のあたしは、何もわからないまま戦火に飲まれて……
 で、またまた・・・・ノールデン王国の騎士さん達が偶然・・あたしの村の近くを通りかかって、その時助けてもらったのがあたしってわけ。
 まぁ、助かったのはあたし一人だけだったんだけどさ……」

 つまり、マレアが村唯一の生き残り、ということか……そして、この時にノールデン王国の騎士団に拾われた、と。

 しかし、たまたま、と、偶然、をやけに強調して言っているということは、きっとたまたまでも偶然でもなかったんだろうな……
 ただ、当時のノールデン王国側にどんな意図があったかまでは分からんが。

「って言っても、見つかった時はホントに瀕死の重傷だったみたいなんだけどね……
 助けられた時のことって、あたし気絶してて全然覚えてないんだけど、あとでお医者様からは助かったのは奇跡だって言われたよ」

 そう言うと、何を思ったのかマレアがおもむろに服の胸元を緩めたかと思うと、襟口から肩を大きく晒したのだった。

「ちょっ! おま……っ!!」

 またぞろ、先ほどの様に服を脱ぎ出すのかと思い、咄嗟に停めようとしたのたのだが……
 ふいに目に飛び込んで来た光景に、言葉だけでなく伸ばしたその腕の動きもまた止まってしまった。
 そこに見えたのは、酷い火傷の痕だった。
 比較的白い肌が、途中から赤黒くケロイド状に溶けた皮膚へとその姿を変えていた。
 まるで、そこだけが作り物の様に。

「実は全身結構こんな感じなんだよね……」

 まるで、それが他人事の様にマレアは言う。

 にしても、さっき服を脱ごうとしていた時は、火傷の痕などまったく見えなかったが……
 おそらく、見えない様に上手く隠していたのだろう。
 まぁ、女性ならこんなもの本当は人には見られたくはないだろうからな。
 それでも敢えて俺に見せたということは……

 マレア本人も言っていたが、これで更なる同情を引く……つもりなのかもしれないな。
 それとも単に俺を信用してか……
 どちらかというと、なんとなく前者のような気がするが。

 てか、それを考えると、マレアの奴、初めから俺をからかうのが目的で、その気はなかったんだろうな。
 まぁ、こちらとしても初めから本気だとも思っていなかったけど。

「あたしが騎士団に入ったのってさ、別に助けてもらった恩返しがしたいとか、この国を守りたいとか、そういう殊勝なやつじゃないんだよね……単純に力が欲しかっただけなのさ。
 村の人達を、あたしの両親を焼いたあのクソ野郎共に復讐する為の力が……さ」

 そんな昔話をしながら、マレアがスルスルと衣服を正して行く。

「単純な子ども心に、騎士団に入れば強くなれる、ってそう思って、団長……ああ、当時のね? 今はもう引退しちゃっていないんだけど、その人に頼み込んで騎士団に入れてもらって、鍛えてもらって……そりゃあもう、子どもだからって容赦なく、殴られたり投げられたりしたからね。血反吐を吐いて血尿が出るまで鍛えられたおかげでそこそこ強くなって……」

 そう語るマレアの顔が、若干青ざめて見せるのは気のせいではないんだろうな……と、他人事のように思う。
 血反吐に血尿って……どんなスパルタンな教育だったんだよ?
 現代日本でそれやったら間違いなく児童虐待で警察案件だろうな……

 ちなみに、マレアが受けたのは戦闘訓練だけでなく、侍女としての技能や作法
なんかもみっちりしごかれたと言っているので、かなりのハードワークだったみたいだな。
 
「そんな感じでしごかれて、よしっ! これだけ実力を付ければ奴らに一矢報いることが出来る、って思って後先のこととか一切考えず、玉砕覚悟でいざカチコミに行こうと準備してた時……
 あたしは初めてプレセアっちと出会ったんだ」
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