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二八一話

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 俺達が屋敷に戻って来たのは、午後の四時を少し過ぎた頃だった。
 帰って来るのに多少時間が掛かったが、改造馬車のテストも兼ねていたので、こればっかりは仕方ない。 
 結局は何処かで実働データを取らんといかんからな。必要経費というやつだ。

 とはいえ、まぁ、パーティー自体は酒も入ることもあって、夕方からとしていたので、この時間なら全然許容範囲内ではある。

 改造馬車の方は、特に問題らしい問題も見つからなかったので、このままマレア達侍女隊へと譲渡することに。
 で、この改造馬車を何処に停めるか? という話しをしたら、侍女隊が乗って来た馬車が所定の場所で管理されているとマレアが言うので、こいつもそちらへと持って行くことにした。

 改造馬車を片付けたあと、俺達は早速買って来た料理を厨房へと持って行くことにした。
 ただ、厨房へ向かうついでに、会場となる食堂を下見して行くことに。

 その道中、ひっきりなしに侍女達が右往左往している姿が目に付いた。それだけパーティーの準備に余念がない、ということだろう。
 規模が規模なだけに準備しなくてはいけないことが多い、というのもあるだろうが、自分達の為のパーティーということもあって気合が入っている、というような感じか。

 そんな中、俺を見つけた何人かのメイドさん達が、わざわざ俺の所まで足を運んでは、深々と頭を下げてお礼を言いに来た。
 とはいえ、特にこちら掛ける言葉もないので、楽しんでくれ、これからよろしく、と差しさわりの無いことだけを言っておいた。
 
 で、食堂に入ると、着々とパーティーの準備が進められている様で、テーブルの上には取り分け用と思しき空の食器の数々が、綺麗に並べられていた。
 しかも、所々に花瓶に生け花が差され飾られている。
 食器も花瓶も、どちらも見覚えがない物ので、侍女達が持って来た備品だろう。

 そんなことを考えながら周囲を見渡す。
 見るからに、後は料理を用意するだけ、といった感じだな。

 ちなみに、今回は自分で好きな物を好きなだけ取って食べるバイキング方式を採用していた。
 その方が色々と楽だろうし、メイドさん達も楽しめるだろうと思ってのことだ。
 一応、酒も飲み放題とはしていたが、明日に支障が出ないように、とは釘は差していた。
 特に、マレアにはきつく言い聞かせてはいたが……が、守るかどうかはヤツ次第だな。
 
 そうして、侍女達が準備を進める食堂を眺めながら、本題である厨房へ向かう。
 串焼きの様に、包まれているだけのものならそのまま出しても問題はないが、煮物など、容器に入れられているものは一度大皿に移す必要があるからな。

 せかせかと忙しなく働くメイドさん達の邪魔にならないよう、なるべく隅っこを歩いて食堂を抜けようとしたのだが、またしても俺に気づいた侍女達が、みな一様に仕事の手を止めて俺に向かって頭を下げたりしていたので、身振り手振りで続ける様に促した。

 厨房に入ると、そこではイースさんを始めとした侍女達が料理の仕込みを行っている最中だった。
 結局、何もしないのは申し訳ないとかで、彼女達は彼女達で簡単な料理をいくつか作ることにしたらしい。

 まぁ、余ったとしても、亜空間倉庫にしまっておけばいくらでも保存は効くので問題ない。

 そんな中、割と手の空いていそうな侍女を呼び止め、買って来た料理の入った包や容器を次々と渡して行った。

 余談だか、持ち帰り用の容器は、昨日、寝る前にクラフトボックスで大量生産をしておいたものだ。
 この世界では、タッパーの様な持ち帰りに便利な物がないため、料理を持ち帰り注文する時は、容器を持参しないといけないとセレスに教えられたので、急遽、作ることになった代物だ。

 外見は、木製で出来た大きめのお弁当箱、といった感じか。

 侍女から、渡した弁当箱の対処について聞かれたので、適当に捨てるなり燃やすなりしてくれ、と答えておいた。
 返却されても使い道もないし、正直困る。

 そもそもこの弁当箱、どれくらい必要か分からず、結構な数を作ったのはいいのだが、ぶっちゃけ、今日以降の使い道もないので一度きりの使い捨てになる予定だったのだ。
 ということを話したら、何故か侍女達が欲しいと言い出したので、使用済み、未使用の余り物含めて、すべて彼女達に渡すことになった。

 なんだか妙に喜んでいたが、そんなに良い物でもないだろうに……

 料理が揃ってしまえば、あとはあれよあれよという間に準備は進んで行き、イースさん達が作っていた分も完成したのを機に、予定より幾分早くはあったが、そのままなし崩し的にパーティー、というか食事会が開かれることになったのだった。

 主催者として開催前に何か一言、なんてマレアからそんなことを言われたが、ガラではないので「本日は無礼講だ」と一言だけ宣言して、即撤退。
 そんな俺に代わり、マレアが何かノリノリで話していたが、大したことはなにも言ってなかったな。
 簡単にまとめると、お掃除お疲れ様、明日からまた頑張りましょう、そして俺に感謝するように、の三点くらいか?

 そんな感じで、なんだかぬるっと食事会は始まったのだった。

 ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢

「スグミくん~、飲んでるぅ~?」

 パーティー……というか食事会が開催されて少し。
 適当に料理を集めて、セレスやミラちゃん、それにイースさんを交えてテーブルに座って食事をしていると、背後から覆いかぶさって来る何者かがいた。
 何者って、まぁ、こんなことをして、俺のことを“くん”付けで呼ぶのなんてマレアくらいしかいないんだが……

 その口臭から、かなりの酒気が感じられたることから、既にかなりの量を飲んでいることが伺えた。
 背後から抱き着かれている為、顏は見えないが、態度から察するに相当出来上がってもいるようだ。

 てか、あれだけ程々にと言ったのに……明日、どうなっても知らんからな。

「重いっ! それに酒臭いから離れろっ!」

 そんな悪ふざけをするマレアを引っぺがそうと手を伸ばすが、のらりくらりと躱され中々どうして、思うように捕まえられずにいた。
 体勢が悪い、というのもあるが、なんだかんだで巧いこと避け続けてられているんだよなこいつ……

 酔っ払っていてこの身のこなしとか、器用な奴である。
 このままでは埒が明かないので、もう手段は選ばないことにした。

「もぉ~、ホントは嬉しいくせにぃ~。なんなら、サービスでちゅーしてあげようか? ちゅ~」
「いらんわ。この酔っ払いがっ!」

 マレアが唇を突き出して、ゆっくりと近づいて来た瞬間。

「ぐえっ!」

 マレアから、そんなカエルを踏み潰した様な声が聞こえたと同時に、背中に乗っていた重みがふっと消えてなくなった。
 まぁ、実際にカエルを踏んだことなんてないので、その表現が正しいかどうかは不明だが。

 で、マレアに一体何が起きたのか? タネを明かせばなんてことはない。
 背後に黒騎士を出して、乗っかっていたマレアの首根っこを掴んで引き剥がしただけでのことだ。

 亜空間倉庫からの取り出しは、俺を中心に半径1メートル以内の距離なら、取り出す空間さえ確保出来ていれば何処にでも取り出すことが可能だ。
 なので、こうして見えない場所に取り出すことも可能ではあった。

 ただ、見えないポイントを指定するだけに、それなりの勘というか技術は必要だがな。

 で、振り返ると、捕まった野良猫よろしく首根っこ掴まれ、ぶら~ん、と黒騎士に片手で吊るされているマレアの姿があった。

 ちなみに、近くにいた侍女達が、突然の黒騎士の修験に何やらざわついていたが、そっちは気にしないことにした。

「ちょっと、これは酷くない? 酷くない?」  
「酷くない。お前が変な悪ふざけをするからだろ?
 で? わざわざウザ絡みしに来ただけってわけでもないんだろ? 何か話があったんじゃないのか?」
「ん、まぁね……っと」

 吊るされていたマレアはそう何気なく答えると、何をしたのかスルリと黒騎士の腕から抜け出し、足取りも軽く床へと降り立ったのだった。

 ……なんだ? 今のは?

 黒騎士と共有している感覚では、確実にマレアを掴んでいた……はずだった。
 なのに一瞬。一瞬で、マレアは黒騎士の拘束から抜け出してしまっていた。
 何をされたのか、理解も納得も出来ない。それはまるで、脱出系のマジックでも見せられているような気分だった。

「……お前、今、何をした?」
「うふふふっ、女の子には秘密が一杯なんだよ?」

 なんて、憎たらし気な得意顔でマレアがぱちりとウインクを飛ばす。 
 なるほど。説明する気はなし、か。

「……まぁ、いい。で? 本題は?」

 気にはなったが、追及したところで話さないだろうと思い、話を先に進めることにした。

「ん~、何か侍女のみんながね、スグミくんにお礼が言いたいから渡りをつけて欲しいって頼まれたのさっ!」

 なんでも、下位の使用人が挨拶などを除き、用もなくいきなり主に声を掛けるのは、この国の貴族社会ではマナー違反に当たるのだと、マレアが説明してくれた。
 では、下位の使用人達が主に話しかける為にはどうするかというと、まずは話し掛けてもいいですか? という許可を事前にとる必要があるのだとか。
 で、その確認を、通常なら主に直接仕えている使用人にするのだが、今回の場合は侍女隊で一番偉い立場に居るマレアが、その確認を行うことになった、ということのようだ。
 
 別に俺、君たちの正式な主なわけじゃないんだから、気にしなくてもいいのでは? と思ったのたが、そうもいかないらしい。
 難儀な事だ。
 他の子達も少しはマレアを見習えばいいものを。
 こいつ、そういう仕来りだかルールみたいなのがあるのを知っていながら、堂々と俺にウザ絡んで来るんだぜ? 凄くね?

「お礼って言われてもな……なんというか、これってそもそもが侍女達への……まぁ、お礼みたいなもんだろ? その礼って……おかしくないか?」
「そんな堅苦しく考えず、素直に受けとけば? 
 下手に断ると、自分達に何か落ち度があったんじゃないか? って思っちゃう子とかも出るかもだし?」

 ん~、この国の風習云々はよく分からんが、マレアが受けといた方がいいというので、そこは任せることにした。
 郷に入らば郷に従え、である。

 で。

 この国では、上の者が下の者に対してろうねぎらう行為の一つとして、主が手づから酌をする、というものがあるらしく、それに倣ってあいさつに来た侍女一人一人に、お疲れ様、とかご苦労さん、これからも頑張って、など一言付けつつ酌をしていくことに。

 このパーティーには侍女達との親睦を深める、という目的も含まれていたので、これでそれなりの成果でも上がればと期待する。

 流れで、なんか侍女隊とは関係なしに、セレスにミラちゃん、イースさんなんかも並んでいたけど、まぁ、いいか。
 三人にもそれぞれ一言添えて手酌する。

 ちなみに、未成年であるセレスやミラちゃんが酒を飲むという行為に違和感はあったが、そもそもこの国に飲酒に関する明確な法律はないらしい。
 お酒は二十歳になってから、というものはない、といことだ。
 マレアの話しでは、早い奴なら一〇代前半から飲み始めている者もいるとかなんとか。
 健康にはよろしくなさそうな文化だが、だからと俺が否定するわけにもいかないので、日本人的には明らかにアウトな二人には、アルコール度数が低い物を更にジュースで割った物を出すことにした。

「お酒って初めて飲んだけど、果実水とあまり変わらないのね」
「そだね~」

 とは、セレスとミラちゃんの感想である。
 まぁ、ほぼジュースですからその感想は正しいぞ。アルコール度数なんてあってないようなもんだろうからな。

 そんなサービスをした甲斐もあってか、パーティーも中ごろに差し掛かると、今までは遠巻きで見ていたか、差しさわりの無いあいさつくらいしかしてこなかった侍女達から、ようやく声を掛けられるようになった。

 そんな中、酒の勢いもあってか、侍女の一人がとある噂話は本当なのか? と、ゴシップ話を振って来た。
 その、とある噂、というのが以前とっ捕まえたギュンターのことだった。
 なんでも、今、城内はその話で持ち切りなんだとか。
 そういえば、誰かから同じ話を聞いたような気がするが……あれは誰からの話しだったか?

 で、その噂の真相が知りたいと、そんなことを聞いて来たのだ。
 ここに居る者達の所属を考えれば、特に秘密にする必要もないだろうと、俺が知っていることを一通り話すことにした。
 特にマレアからのストップも掛からなかったので、問題はないだろう。

 攫われたエルフの救出……まぁ、これはソアラのことだが……からセリカとの出会い、そして貴族邸へのカチコミ……

 で……これがびっくりするくらいバズった。

 勧善懲悪ではないが、実際に奴が犯行に及んでいた王都では、ギュンターの悪名が知れ渡っており、そのギュンターがボコにされて捕まった、という話しはかなり胸のすく内容だったみたいだな。
 彼女達からしたら、正義の味方が悪者を倒した、みたいな感じなんだろう。
 事実、中には俺のことを“英雄”だの“勇者”だのと持ち上げる子もいたくらいだからな。
 
 事実はかなり違うのだが……

 とまぁ、そんな感じで、女の子達からちやほやされたことで気分を良くした愚かなサルは、酒が入ったことも相まって、調子に乗ってこの世界に来てからのことを次から次へと得意気になって話し始めるのだった……

 だってしょうがないじょのいこ……女の子達にあんなにちやほやされたことなんてないんだから……
 だから、喩え調子に乗りまくっていたとしても、絶対に俺は悪くねぇっ!
 
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