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二七八話
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ストックがカラになったので書き溜めしてました。また再開します。
---------------------------------------------
はい、出来ましたっ! 板バネ。
板バネといっても、その種類と形状は多様である。
今回作ったのは、弓なりに反った板を複数枚重ね合わせた、重ね板バネ、という種類のものだ。
普段、あまり目にする機会がないタイプのバネではあるが、現代でも、バスやトラックといった大型車両に使われ、古くは馬車の懸架装置として使われた由緒正しきバネである。
今回は馬車用なので、むしろ当然のチョイスといったところか。
材料は、大量所持して使い道もなくただただ腐らせていたただの鉄。
ここは工房といっている通り、金属加工に必要なもの、例えば溶鉱炉や、金床など、そうしたものが一通り揃っているのですぐに作業に移ることが出来た。
つまり、このバネは俺のお手製、ということだ。
ちゃんと、金槌でカンカンして作った鍛造加工品である。
まぁ、クラフトボックスで作れないこともないが、品質が低いと破損の原因にもなるので、今回は俺が手ずから作ることにしたのだ。
馬車は人の命を預かる乗り物だからな。事故が起きない様に慎重に、である。
ちなみにだが、加工、成型などに形状変化などのスキルが使えないので、それなりに手間はかかっている。
というのも、これは鍛冶に限った話ではないのだが、『アンリミ』では何かを作る時、行動に類するスキル以外のスキルを使って加工した場合、完成時の品質が著しく低下してしまう、という縛りがあった。
例えば今回の様な金属加工をする時、錬成系スキルに該当する形状変化など、鍛冶系スキル以外のスキルを使う、などがそれに該当する。
なので、ちゃんと鍛冶スキルを使い叩いて製造している、というわけだ。
ただ、俺の様なモヤシマンが全力で金槌を振ったところで、まともな鍛造など出来るわけもないので、そこは鍛造専用の人形が工房には置いてあった。
黒騎士同様、デカくてゴツい成りをしている人形で、重量と最大出力なら黒騎士をも凌駕する完全なパワータイプの人形だ。
まぁ、ハイパワーではあるが、クソ重量で鈍足の為、戦闘にはあまり使えないがな。
ただ、敵が向こうから突っ込んで来るような防衛戦なら、無類の力を発揮することが出来るかもしれない……が、あくまで金属加工用の人形である。
俺が金属を押さえて、こいつがカンカンする、ということだ。
現代の鍛造加工でも、鍛造だからと人がハンマーで叩くなんてことはなく、大体が機械ハンマー……もの凄い勢いで鉄をボコボコ叩く機械を使って叩いているので、それの人形版だと思えばいいだろう。
見ようによっては、金属加工に傀儡操作を使っていることになるのだが、直接ではなく関節なのでノーカンとなるらしい。
また、こうした鍛造用の人形や、ギガンティックアームなど、工作用の人形というのが、この工房には数多く置かれていた。
ちなみに、この子の名前は“鉄 鍛三くん”である。ダサいとかいうな。
で、作った重ね板バネの数は計八個。
しかし、そもそも単体の板バネは弓なりに反った半楕円形をしており、これを二つを1セット、互いの反りが向かい合うように楕円状に組み合わせて使うので、都合4セットということになる。
次に、この板バネを車体に取り付けて行くわけだが、そのまま直付けはしない。
車体に直に取り付けてしまうと、結局、板バネを設置した四ヶ所に重量が集中してしまい、破損の原因になるからだ。
そこでもうひと手間。
車体と同程度の大きさの金属のフレームを作り、その四隅に板バネを固定。
そして、作ったフレームの上に車体を乗せて固定。
こうすることで、車体の重量をフレーム全体で受け止め、板バネに掛かる重量を分散させることが出来るのだ。
車輪は板バネに直接取り付けてしまえばいいので、車軸から取り外す。必要なくなった車軸はポイっである。
ついでに、車輪の回転を滑らかにするためにボールベアリングを組み込んでおいた。
ボールベアリングに必須な真球を作り出す技術こそ難しいが、精度を追及しなければ、作り自体は簡単な構造をしているので、この世界でも再現は十分に可能だろう。
別に真球でなくても、丸ければそれなりの効果は得られるからな。問題ないはずだ。
最後に、短い鉄製の車軸を四本作り、それぞれの車輪と板バネを接続すれば、はい、完成。
見かけこそ殆ど変わらないが、性能は段違いに良くなった……と思う。
こればっかりは、誰かに使ってもらって感想を聞かないことには分からんからな。
ちなみにだが、板バネやフレーム、またベアリングに至るまで、全て鉄を使っているので、蛇口や配管にした加工同様、腐食の原因となる赤錆防止も兼ねて黒錆加工を施している。
黒錆は正式には四酸化三鉄という酸化物で、鉄を九〇〇度程で加熱すると表面に生成される物質だ。
この四酸化三鉄は、その名が示す通り、そのものが既に酸化物であるためこれ以上の変化がなく、かつ、その構造が非常に緻密であるため、内部の鉄材と酸素や水分といった酸化の原因となる物質を遮断する効果を持っているのだ。
水回りに強い理由がこれである。
具体例だと、南部鉄器などが黒錆加工のいい例だろう。
これだけで完全に赤錆を防げるわけではないが、防錆の効果としてはなにもしないよりかは遥かに効果的だ。
そういえば……と、御者台に座っていた侍女の子が、振動でお尻が痛いとぼやいていたことを思い出した。
なので、御者台椅子にスライム素材で作ったクッション、ムッションを敷くことにした。
実はこのムッション。隠しステータスとして衝撃吸収率90パーセントと、自己回復という、なかなかにふざけたアビリティを持っていたりする。
ぶっちゃけ、コレで防具とか作ったら、打撃系の攻撃はほぼほぼ無効化出来るのだが……
まぁ、そんな甘い話しはなく、高性能アビリティを所有している反面、ムッション自体の耐久力が防具として使うには非常に低く設定されていた。
いくら衝撃を90パーセント軽減し、自己回復しようとも、まともに攻撃を受け止めたら、一発でパーンっとはじけ飛んでしまうのだ。
流石にこれでは防具としては使えない。
勿論、普段使いする分には全く問題ないがな。
しかし、ただ敷いただけではズレ落ちたりしてしまうので、形状を整えて座面に結合で固定してしまう。
よし。これでズレたり落ちたりしないようになった。
また、ムッションが剥き出しの状態ではあるが、そもそもムッションは柔らかシリコン的な素材で出来ているので、濡れても水を吸うということがないので雨が降っても問題ない。
馬車の主な利用場所は野外なので、その辺りはちゃんと考慮している。
『アンリミ』素材は極力使わないつもりだったが、これは、まぁ、サービスみたいなもんだ。
板剥き出しの椅子に長時間座るとか、流石に可哀想だしな。
と、一通り改造が済んだところで、ちゃんと板バネが機能しているのかの確認も兼ねて、取り敢えず荷台に上がり、飛んだり跳ねたりと繰り返す。
その度に、ギシギシと、板バネが軋みを上げで適度に沈み込んだ。
流石にスプリングコイルより硬さを感じるが、ないよりは全然マシだろう。
一応、足回りの確認も兼ねて、馬車を押したり引いたり、前後へと移動させる。
見かけはかなり大型の馬車だが、ボールベアリングの効果もあり、俺程度の力でも凄く滑らかに移動させることが出来た。
前の状態がどういうものか分からないが、これだけ動くなら上出来だろう。
さて、修理と改造も済んだので、これをメイドさん達に引き渡そう。
報告するなら一応侍女長であるマレアか? そういえば、あいつ、何処で仕事してるって言ってたかな?
「スグミく~ん。こっちに居るって書いてあったけど、居るかな~?」
なんてことを考えていたら、怖いくらいのタイミングでマレアの声が聞こえて来た。
単なる偶然だろうが、一瞬ビクっとする。
「ああっ! 居るぞっ! 今開けるからちょっと待ってろ!」
と、外に居るマレアにそう声は掛けたが、今居る位置が扉からはそれなりに離れているので、果たしてこの声が届いているかどうか……
「スグミく~んっ!」
で、俺が扉へと向かう道中、案の定というか、どうやら俺の声は届いていなかったらしく、マレアが扉をガコガコと激しく揺さぶり出した。
「今開けるからちょっと待てっ!」
どうやら今度はちゃんと声が届いたらしく、扉を揺すっていた音がピタリと止まった。
てか、前にその扉は俺にしか開けられないって話しをしただろうに……
「はい、お待たせ。で? 俺に何か用事か?」
扉を開き、ちょこんと扉の前に立っていたマレアにそう話し掛ける。
「もぉ~、用事がないと会いに来ちゃいけないのかな?」
ばたんっ!
なんて、上目遣いに品を作りながらいうものだから、咄嗟に全力で扉を閉めてしまった。
「あっ! ごめんっ! ごめんてっ! 冗談っ! 軽い冗談だから開けてっ! 用事あるからっ! しかも凄く大事なやつっ! これ報告しなかったから、あたし凄く怒られるやつだからっ!」
で、閉めた途端、ガンガンガコガコガンガンガコガコ。
扉を叩くわ無理やり開けようとするわ、なんか外でマレアが暴れ散らかしていた。
まぁ、マレアが暴れた程度でこの扉が壊れるとは思わないが、暫く無視を決め込んでいたら、今度は泣きそうな声で「お願いだから開けて~!」と、悲鳴みたいな声が聞こえて来たので、仕方なくもう一度開けることにした。
「ったく、用事があるならヘンな事せずにちゃんと話せ」
「もぉ~、スグミくんは冗談が通じないんだから~。そんなじゃ女の子にモテないよ?」
「なんだ? もう一度閉めてやろうか?」
「イエッサー! ご報告申し上げますっ!」
なんて俺が言ったら、直立不動の敬礼姿勢をとるマレア。こいつはまったく……
「フューズ様から連絡がありまして、近日中に研究員の視察が可能かどうか、質問が届いておりますっ!」
「ん? ラルグスさんから? それに視察?」
どういうことかとマレアに詳しく尋ねたら、どうやらベルへモスの研究チームが、現物があるなら早く見せろ、と暴動……とまではいわないが、陳情というか要望というか、とにかくそういう要求が上へ、つまりラルグスさんのところに大量に上がって来ているようなのだ。
しかし、ベルへモスのお披露目式はまだ少し先。
話しを端的にまとめるなら、研究チームをこのまま放置しておくと五月蠅いから、ガス抜きも兼ねて一度現物見せてやってくってくんない? ということらいし。
まぁ、研究者からすれば未知の生物の発見だからな……
現物があるなら早く調べたい、と思う気持ちも分からなくはない。
ちなみに、ラルグスさんからどういう手段で連絡を受けたかは秘密のようだ。
その辺りは国というか、軍とかに関係することだろうからな。機密事項というのも理解出来る。なので、俺も根掘り葉掘り聞くつもりもない。
ただ、外から屋敷に誰かが近づいて来た雰囲気はなかったことから、伝書鳩的な小動物を使った通信手段か、もしくは俺の感知に掛からないくらい隠密レベルの高い密偵が潜んでいるかのどちらかじゃないか? とは踏んでいた。
特に、敵意もない小動物なら、流石の俺の感知スキルも反応しないからな。
もしくはその両方か……
まぁ、そっちはさておき。
「ほ~ん。そういうことなら別に俺は一向に構わないけど……
でも、現物見るだけ見て、じゃあ帰れっていって従うもんかね?」
という、一抹の不安が頭を過る。
研究者であるセレスの今までの行動を鑑みるに、素直に従うようにも思えないんだが?
泊まり込みで調べさせろ、とか言いそうでならない……
「ん~、どうなんだろ? あたしはそうよく分からなかな~?」
と、マレアが言うので、そういうのに詳しい参考人を招致することに。
というわけでお呼びしたのは、研究者代表、セレス女史ですっ!
で、セレス女史曰く……
「絶対帰らないわね」
というお墨付きを頂きました。
「やっばりか?」
「当然でしょ? 目の前に未知の研究対象があるなら、納得するまで調べたい、ってのが研究者の業だもの」
「無理にでも帰らせようとした場合、どういうことになると思う?」
「最悪、建物に籠城するんじゃないかしら? ほら? 研究者って変わり者が多いから」
確かにな。
「なによ?」
「……いや、別に」
と、そう思いながらセレスをしげしげと見つめていたら、睨まれてしまった。
にしても、なんとも厄介な……
これが一人二人なら簡単に摘まみ出すことも出来るだろうが、今回は三五名、全員来るらしい。
もし、全員が一度に暴れたら流石に面倒なことになるのは目に見えていた。
あれ? これ、もしかしにラルグスさんも手を焼いてるから、体よく俺のところに厄介払いしようとしているのでは?
その可能性……あると思います。
とはいえ、今回は別に命令でも強制でもなく単なる要請なので、俺が断っても何の問題もないそうだ。
面倒そうなら断れば? とはセレスからのアドバイスだったが、しかし、日々多忙な中、研究者達からせっつかれるラルグスさんを思うと、それはそれでなんだかなぁ……と思ってしまう。
ここは漢スグミっ! 一肌脱ごうではないかっ!
「なぁ、マレア? そういえば、西棟の準備ってどれくらい進んでるんだ?」
と、ここで西棟の改修状況を確認する。
「ん~、今、みんなで進めてるから、清掃関係なら今日中には片付くかな? あとは家財道具の搬入とか?」
「ベッドや机程度ならもう用出来てるけど?」
「マジぃ? だったら今日中に全部片付くかな?」
中央棟や東棟と違い、絨毯などの飾りっ気が全く無い為、準備自体は随分早く進んでいるらしい。
ぶっちゃけ、掃除して終わり、みたいなところあるからな。
まだ照明系には手を着けていないが、あれはその気になればすぐに終わる作業だし、別に当面はロウソクやランプでの生活でも問題はないはずだ。
よし。これなら、収容するには問題ない。
「分かった。それじゃあ、西棟の準備が終わり次第、視察を受け入れて、そのまま滞在してもらうって方向でいいんじゃないか?
で、お披露目式まで好きにしてもらうということでどうだ?」
「そうね。それが一番穏便に済む方法かしら?」
「りょ~かいっ! んじゃ、そういう感じて伝えておくねっ」
と、俺の考えを両名に伝えると、セレスは同意、マレアは俺の意見に従う、といった感じで各々同意してくれた。
そして、マレアはこの決定をラルグスさんに伝える為にこの場から立ち去って行ったのだが……
「ねぇ? スグミ。実はさっきから気になっていたんだけど、あれ、なに?」
と、マレアを見送ったあと、改造が完了していた馬車を、セレスが目敏く見つけると、こちらの返答も聞かずに勝手に調べ出してしまったのだった。
当然、板バネなどの機構やムッションが見つかり、激しく質問攻めにされることに……
しかも、ムッションには一際興味が惹かれた様で、ムッションとムファーを研究用として、いくつかブン取られことになったのだった……
今思ったけど、俺っていっつもこの子に何かたかられてないか?
女子中学生に脅されてたかられる成人男性とは一体……
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はい、出来ましたっ! 板バネ。
板バネといっても、その種類と形状は多様である。
今回作ったのは、弓なりに反った板を複数枚重ね合わせた、重ね板バネ、という種類のものだ。
普段、あまり目にする機会がないタイプのバネではあるが、現代でも、バスやトラックといった大型車両に使われ、古くは馬車の懸架装置として使われた由緒正しきバネである。
今回は馬車用なので、むしろ当然のチョイスといったところか。
材料は、大量所持して使い道もなくただただ腐らせていたただの鉄。
ここは工房といっている通り、金属加工に必要なもの、例えば溶鉱炉や、金床など、そうしたものが一通り揃っているのですぐに作業に移ることが出来た。
つまり、このバネは俺のお手製、ということだ。
ちゃんと、金槌でカンカンして作った鍛造加工品である。
まぁ、クラフトボックスで作れないこともないが、品質が低いと破損の原因にもなるので、今回は俺が手ずから作ることにしたのだ。
馬車は人の命を預かる乗り物だからな。事故が起きない様に慎重に、である。
ちなみにだが、加工、成型などに形状変化などのスキルが使えないので、それなりに手間はかかっている。
というのも、これは鍛冶に限った話ではないのだが、『アンリミ』では何かを作る時、行動に類するスキル以外のスキルを使って加工した場合、完成時の品質が著しく低下してしまう、という縛りがあった。
例えば今回の様な金属加工をする時、錬成系スキルに該当する形状変化など、鍛冶系スキル以外のスキルを使う、などがそれに該当する。
なので、ちゃんと鍛冶スキルを使い叩いて製造している、というわけだ。
ただ、俺の様なモヤシマンが全力で金槌を振ったところで、まともな鍛造など出来るわけもないので、そこは鍛造専用の人形が工房には置いてあった。
黒騎士同様、デカくてゴツい成りをしている人形で、重量と最大出力なら黒騎士をも凌駕する完全なパワータイプの人形だ。
まぁ、ハイパワーではあるが、クソ重量で鈍足の為、戦闘にはあまり使えないがな。
ただ、敵が向こうから突っ込んで来るような防衛戦なら、無類の力を発揮することが出来るかもしれない……が、あくまで金属加工用の人形である。
俺が金属を押さえて、こいつがカンカンする、ということだ。
現代の鍛造加工でも、鍛造だからと人がハンマーで叩くなんてことはなく、大体が機械ハンマー……もの凄い勢いで鉄をボコボコ叩く機械を使って叩いているので、それの人形版だと思えばいいだろう。
見ようによっては、金属加工に傀儡操作を使っていることになるのだが、直接ではなく関節なのでノーカンとなるらしい。
また、こうした鍛造用の人形や、ギガンティックアームなど、工作用の人形というのが、この工房には数多く置かれていた。
ちなみに、この子の名前は“鉄 鍛三くん”である。ダサいとかいうな。
で、作った重ね板バネの数は計八個。
しかし、そもそも単体の板バネは弓なりに反った半楕円形をしており、これを二つを1セット、互いの反りが向かい合うように楕円状に組み合わせて使うので、都合4セットということになる。
次に、この板バネを車体に取り付けて行くわけだが、そのまま直付けはしない。
車体に直に取り付けてしまうと、結局、板バネを設置した四ヶ所に重量が集中してしまい、破損の原因になるからだ。
そこでもうひと手間。
車体と同程度の大きさの金属のフレームを作り、その四隅に板バネを固定。
そして、作ったフレームの上に車体を乗せて固定。
こうすることで、車体の重量をフレーム全体で受け止め、板バネに掛かる重量を分散させることが出来るのだ。
車輪は板バネに直接取り付けてしまえばいいので、車軸から取り外す。必要なくなった車軸はポイっである。
ついでに、車輪の回転を滑らかにするためにボールベアリングを組み込んでおいた。
ボールベアリングに必須な真球を作り出す技術こそ難しいが、精度を追及しなければ、作り自体は簡単な構造をしているので、この世界でも再現は十分に可能だろう。
別に真球でなくても、丸ければそれなりの効果は得られるからな。問題ないはずだ。
最後に、短い鉄製の車軸を四本作り、それぞれの車輪と板バネを接続すれば、はい、完成。
見かけこそ殆ど変わらないが、性能は段違いに良くなった……と思う。
こればっかりは、誰かに使ってもらって感想を聞かないことには分からんからな。
ちなみにだが、板バネやフレーム、またベアリングに至るまで、全て鉄を使っているので、蛇口や配管にした加工同様、腐食の原因となる赤錆防止も兼ねて黒錆加工を施している。
黒錆は正式には四酸化三鉄という酸化物で、鉄を九〇〇度程で加熱すると表面に生成される物質だ。
この四酸化三鉄は、その名が示す通り、そのものが既に酸化物であるためこれ以上の変化がなく、かつ、その構造が非常に緻密であるため、内部の鉄材と酸素や水分といった酸化の原因となる物質を遮断する効果を持っているのだ。
水回りに強い理由がこれである。
具体例だと、南部鉄器などが黒錆加工のいい例だろう。
これだけで完全に赤錆を防げるわけではないが、防錆の効果としてはなにもしないよりかは遥かに効果的だ。
そういえば……と、御者台に座っていた侍女の子が、振動でお尻が痛いとぼやいていたことを思い出した。
なので、御者台椅子にスライム素材で作ったクッション、ムッションを敷くことにした。
実はこのムッション。隠しステータスとして衝撃吸収率90パーセントと、自己回復という、なかなかにふざけたアビリティを持っていたりする。
ぶっちゃけ、コレで防具とか作ったら、打撃系の攻撃はほぼほぼ無効化出来るのだが……
まぁ、そんな甘い話しはなく、高性能アビリティを所有している反面、ムッション自体の耐久力が防具として使うには非常に低く設定されていた。
いくら衝撃を90パーセント軽減し、自己回復しようとも、まともに攻撃を受け止めたら、一発でパーンっとはじけ飛んでしまうのだ。
流石にこれでは防具としては使えない。
勿論、普段使いする分には全く問題ないがな。
しかし、ただ敷いただけではズレ落ちたりしてしまうので、形状を整えて座面に結合で固定してしまう。
よし。これでズレたり落ちたりしないようになった。
また、ムッションが剥き出しの状態ではあるが、そもそもムッションは柔らかシリコン的な素材で出来ているので、濡れても水を吸うということがないので雨が降っても問題ない。
馬車の主な利用場所は野外なので、その辺りはちゃんと考慮している。
『アンリミ』素材は極力使わないつもりだったが、これは、まぁ、サービスみたいなもんだ。
板剥き出しの椅子に長時間座るとか、流石に可哀想だしな。
と、一通り改造が済んだところで、ちゃんと板バネが機能しているのかの確認も兼ねて、取り敢えず荷台に上がり、飛んだり跳ねたりと繰り返す。
その度に、ギシギシと、板バネが軋みを上げで適度に沈み込んだ。
流石にスプリングコイルより硬さを感じるが、ないよりは全然マシだろう。
一応、足回りの確認も兼ねて、馬車を押したり引いたり、前後へと移動させる。
見かけはかなり大型の馬車だが、ボールベアリングの効果もあり、俺程度の力でも凄く滑らかに移動させることが出来た。
前の状態がどういうものか分からないが、これだけ動くなら上出来だろう。
さて、修理と改造も済んだので、これをメイドさん達に引き渡そう。
報告するなら一応侍女長であるマレアか? そういえば、あいつ、何処で仕事してるって言ってたかな?
「スグミく~ん。こっちに居るって書いてあったけど、居るかな~?」
なんてことを考えていたら、怖いくらいのタイミングでマレアの声が聞こえて来た。
単なる偶然だろうが、一瞬ビクっとする。
「ああっ! 居るぞっ! 今開けるからちょっと待ってろ!」
と、外に居るマレアにそう声は掛けたが、今居る位置が扉からはそれなりに離れているので、果たしてこの声が届いているかどうか……
「スグミく~んっ!」
で、俺が扉へと向かう道中、案の定というか、どうやら俺の声は届いていなかったらしく、マレアが扉をガコガコと激しく揺さぶり出した。
「今開けるからちょっと待てっ!」
どうやら今度はちゃんと声が届いたらしく、扉を揺すっていた音がピタリと止まった。
てか、前にその扉は俺にしか開けられないって話しをしただろうに……
「はい、お待たせ。で? 俺に何か用事か?」
扉を開き、ちょこんと扉の前に立っていたマレアにそう話し掛ける。
「もぉ~、用事がないと会いに来ちゃいけないのかな?」
ばたんっ!
なんて、上目遣いに品を作りながらいうものだから、咄嗟に全力で扉を閉めてしまった。
「あっ! ごめんっ! ごめんてっ! 冗談っ! 軽い冗談だから開けてっ! 用事あるからっ! しかも凄く大事なやつっ! これ報告しなかったから、あたし凄く怒られるやつだからっ!」
で、閉めた途端、ガンガンガコガコガンガンガコガコ。
扉を叩くわ無理やり開けようとするわ、なんか外でマレアが暴れ散らかしていた。
まぁ、マレアが暴れた程度でこの扉が壊れるとは思わないが、暫く無視を決め込んでいたら、今度は泣きそうな声で「お願いだから開けて~!」と、悲鳴みたいな声が聞こえて来たので、仕方なくもう一度開けることにした。
「ったく、用事があるならヘンな事せずにちゃんと話せ」
「もぉ~、スグミくんは冗談が通じないんだから~。そんなじゃ女の子にモテないよ?」
「なんだ? もう一度閉めてやろうか?」
「イエッサー! ご報告申し上げますっ!」
なんて俺が言ったら、直立不動の敬礼姿勢をとるマレア。こいつはまったく……
「フューズ様から連絡がありまして、近日中に研究員の視察が可能かどうか、質問が届いておりますっ!」
「ん? ラルグスさんから? それに視察?」
どういうことかとマレアに詳しく尋ねたら、どうやらベルへモスの研究チームが、現物があるなら早く見せろ、と暴動……とまではいわないが、陳情というか要望というか、とにかくそういう要求が上へ、つまりラルグスさんのところに大量に上がって来ているようなのだ。
しかし、ベルへモスのお披露目式はまだ少し先。
話しを端的にまとめるなら、研究チームをこのまま放置しておくと五月蠅いから、ガス抜きも兼ねて一度現物見せてやってくってくんない? ということらいし。
まぁ、研究者からすれば未知の生物の発見だからな……
現物があるなら早く調べたい、と思う気持ちも分からなくはない。
ちなみに、ラルグスさんからどういう手段で連絡を受けたかは秘密のようだ。
その辺りは国というか、軍とかに関係することだろうからな。機密事項というのも理解出来る。なので、俺も根掘り葉掘り聞くつもりもない。
ただ、外から屋敷に誰かが近づいて来た雰囲気はなかったことから、伝書鳩的な小動物を使った通信手段か、もしくは俺の感知に掛からないくらい隠密レベルの高い密偵が潜んでいるかのどちらかじゃないか? とは踏んでいた。
特に、敵意もない小動物なら、流石の俺の感知スキルも反応しないからな。
もしくはその両方か……
まぁ、そっちはさておき。
「ほ~ん。そういうことなら別に俺は一向に構わないけど……
でも、現物見るだけ見て、じゃあ帰れっていって従うもんかね?」
という、一抹の不安が頭を過る。
研究者であるセレスの今までの行動を鑑みるに、素直に従うようにも思えないんだが?
泊まり込みで調べさせろ、とか言いそうでならない……
「ん~、どうなんだろ? あたしはそうよく分からなかな~?」
と、マレアが言うので、そういうのに詳しい参考人を招致することに。
というわけでお呼びしたのは、研究者代表、セレス女史ですっ!
で、セレス女史曰く……
「絶対帰らないわね」
というお墨付きを頂きました。
「やっばりか?」
「当然でしょ? 目の前に未知の研究対象があるなら、納得するまで調べたい、ってのが研究者の業だもの」
「無理にでも帰らせようとした場合、どういうことになると思う?」
「最悪、建物に籠城するんじゃないかしら? ほら? 研究者って変わり者が多いから」
確かにな。
「なによ?」
「……いや、別に」
と、そう思いながらセレスをしげしげと見つめていたら、睨まれてしまった。
にしても、なんとも厄介な……
これが一人二人なら簡単に摘まみ出すことも出来るだろうが、今回は三五名、全員来るらしい。
もし、全員が一度に暴れたら流石に面倒なことになるのは目に見えていた。
あれ? これ、もしかしにラルグスさんも手を焼いてるから、体よく俺のところに厄介払いしようとしているのでは?
その可能性……あると思います。
とはいえ、今回は別に命令でも強制でもなく単なる要請なので、俺が断っても何の問題もないそうだ。
面倒そうなら断れば? とはセレスからのアドバイスだったが、しかし、日々多忙な中、研究者達からせっつかれるラルグスさんを思うと、それはそれでなんだかなぁ……と思ってしまう。
ここは漢スグミっ! 一肌脱ごうではないかっ!
「なぁ、マレア? そういえば、西棟の準備ってどれくらい進んでるんだ?」
と、ここで西棟の改修状況を確認する。
「ん~、今、みんなで進めてるから、清掃関係なら今日中には片付くかな? あとは家財道具の搬入とか?」
「ベッドや机程度ならもう用出来てるけど?」
「マジぃ? だったら今日中に全部片付くかな?」
中央棟や東棟と違い、絨毯などの飾りっ気が全く無い為、準備自体は随分早く進んでいるらしい。
ぶっちゃけ、掃除して終わり、みたいなところあるからな。
まだ照明系には手を着けていないが、あれはその気になればすぐに終わる作業だし、別に当面はロウソクやランプでの生活でも問題はないはずだ。
よし。これなら、収容するには問題ない。
「分かった。それじゃあ、西棟の準備が終わり次第、視察を受け入れて、そのまま滞在してもらうって方向でいいんじゃないか?
で、お披露目式まで好きにしてもらうということでどうだ?」
「そうね。それが一番穏便に済む方法かしら?」
「りょ~かいっ! んじゃ、そういう感じて伝えておくねっ」
と、俺の考えを両名に伝えると、セレスは同意、マレアは俺の意見に従う、といった感じで各々同意してくれた。
そして、マレアはこの決定をラルグスさんに伝える為にこの場から立ち去って行ったのだが……
「ねぇ? スグミ。実はさっきから気になっていたんだけど、あれ、なに?」
と、マレアを見送ったあと、改造が完了していた馬車を、セレスが目敏く見つけると、こちらの返答も聞かずに勝手に調べ出してしまったのだった。
当然、板バネなどの機構やムッションが見つかり、激しく質問攻めにされることに……
しかも、ムッションには一際興味が惹かれた様で、ムッションとムファーを研究用として、いくつかブン取られことになったのだった……
今思ったけど、俺っていっつもこの子に何かたかられてないか?
女子中学生に脅されてたかられる成人男性とは一体……
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直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
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