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二五三話

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「んじゃ、ラルグスさんからの依頼を片付けますかっ!」

 何だかんだで、セレスの私室の制作に午前を丸々使ってしまったので、一旦昼食をはさんで午後からラルグスさんからの依頼である、ベルへモスの解体施設の建設に取り掛かることにした。

 まずは、建設予定地の樹木の伐採をしなくてはいけないのだが、ラルグスさんからは、好きにしていい、という許可を貰っているので、気兼ねなく切り倒させてもらうことにする。

 しかし、その前に伐採区画の確認だ。
 
 俺は亜空間倉庫のARウインドウを開き、リストからベルへモスを選択。
 すると、視界内にベルへモスの全体像が赤枠で仮想表示された。

 赤枠であるということは、取り出しに必要な空間に何か干渉する物体が存在しおり、取り出し不可である、ということを意味している。
 まぁ、言わずもがなこの辺りの木のことだな。
 つまり、取り出し可能を表す青枠表示になるまで、ここらを切り開く必要があるということだ。

 にして、こうして改めて見ると、こいつかなりふざけたサイズしてんのな……
 もう視界内が真っ赤っかである。

 大まかな広さを確認し、こうして伐採の大体の目途を立てたところで、ベルへモスの取り出しをキャンセル。
 代わりに、亜空間倉庫から黒騎士を取り出し、樹木をスピード伐採。大型重機なんのそのなスピードで、バッサバッサと木々を切り倒す。

 切り倒した木は、そのままクラフトボックスへ放り込み、強化合板へと加工してしまう。
 切り株も残しておいても邪魔なので、掘り起こしてきっちり合板の材料に回す。
 結果、そこら中が穴だらけになったので、形状変化シャープ・チェンジを使い整地。
 ついでに、手持ちの石材を使い基礎も一緒に作ってしまうことにした。

 基礎とは、建物が地面に沈み込まないように支える土台の様なものである。
 土の上に直に建物を建てると、雨などで土砂が流出してしまったり、建物自体の自重で沈んでしまうなど、建物全体が傾いてしまうことがあるため、それを防ぐためのものだ。

 基礎にも色々と種類があるのだが、今回は簡単にベタ基礎という、地面全体をコンクリートなどで覆ってしまう方法を採用している。
 これが一番簡単だからな。ただ、コンクリートはないので、石材での代用となる。

 ある程度空間が確保出来たところで、また亜空間倉庫からベルへモスを仮想状態で取り出し、取り出し可能か確認をする。
 だが、まだ枠が赤だったので、更に拡張。

 そんな作業を、二度、三度と繰り返す。
 流石に規模が規模、ということで、やっとベルへモスを取り出せる十分な空間を確保出来た頃にはもう日も沈みかけていた。
 なので、この日は作業はこれにして終了となった。

 翌朝。

「何それ?」
「はぁ……はぁ……何って……引っ越しの荷物よ? ふぅ~」

 いつもの待ち合わせ場所に着くと、そこには息も絶え絶えといった様子で、大型のキャリーケースの様な物を都合四つも持ったセレスの姿があった。
 セレスの額に、玉の汗が浮かんでいるところを見るに、相当苦労して運んで来たみたいだな。
 まぁ、どう見てもキャリーケース四つの方が、セレスより体積も重量も大きそうだしな……然もありなん。

 ちなみに、ミラちゃんは今日もイースさんに着いてお役所周りである。

「宿舎じゃ狭くて保管出来ないから、貸倉庫に預けていた物を引き上げて来たの」

 とは、セレスの談である。
 中身はセレスのじいちゃん、つまり先代の神秘学研究会の学部長が個人的に残した資料……要は、日記とか、メモ書きとか、そういうものなどらしい。
 
 セレス自身は中身をすべて暗記しているらしいのだが、「こういう資料は私の頭の中だけにあればいい、なんてことはないの。こうして現物として残しておくことが大事なの」なんて話していた。

 取り敢えず、セレスが運ぶには大変だろと、俺が預かり亜空間倉庫へと放り込む。
 えっ? 俺が自分で持たないのかって?
 ははっ、このモヤシな体に、そんな重労働が出来るとでも?

 で、汗だくになってしまっていたセレスに、キャリッジホームでの移動中に風呂に入ることを薦めた。
 キャリッジホームの風呂は二四時間、何時でも入れるようになっているからなっ!

 それに、年頃の女の子が汗まみれのまま、ってのも気分がいい話しでもないだろう。 
 ついでに、着ていた服も汗でぐっしょりしてしまっていたので、適当な替えを俺が所持している女性用服飾アバターから用意する。

 セレスが選んだのは、スパッツとフードにネコミミ風の飾りが着いたパーカーのセットだった。
 ちなみに、このアイテムのタイトルはそのまま『ネコミミフードパーカー』である。

「……スグミ、説明」

 で、セレスが風呂上り後、頭からホコホコと湯気を立てながらの第一声がそれだった。
 そういえば、セレスにキャリッジホームの詳しい設備については話してなかったか……と思った時は後の祭りである。
 こうして、屋敷に到着するまでの時間、俺はセレスにキャリッジホームに搭載されいる風呂の仕組みについて、事細かく解説することになったのだった。

 ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢

「荷物はここに出しておくぞ? それじゃあ、俺は昨日の場所にいるから、何かあったら呼んでくれ」
「分かったわ。あっ、それと……ここまで運んでくれてありがとう」
「どういたしまして」

 屋敷に到着してすぐ、まず俺達はセレスの部屋にキャリーケースを運び込むことから始めた。
 あの量の荷物をセレスが自分で運ぶには大変だろうし、何より、わざわざ荷物を亜空間倉庫から出してまで、あとは自分で運べ、というのもどんな嫌がらせだよっていう話しだ。
 そんなわけで、手早く荷物運びから終わらせることにしたのだ。

 で、俺の仕事はここまで。ここから先は彼女の作業である。

 昨日の段階で、セレスの研究室と資料保管庫には簡易的な戸棚をいくつか設置しておいたので、持って来た荷物をどう整理するかはセレス次第、というわけだ。
 整理整頓作業で、第三者が介入しても碌なことにならないからな。
 あれはどうする、これは何処に置く、なんていちいち聞いて回る方が手間というものだ。
 こういうのは、それを使う人間が、使い易いように整理するのが一番なのだ。
 
 というわけで、荷物を置いたところで一旦、セレスとは別行動を取ることに。
 勿論、セレスは持ち込んだ荷物の整理、俺は昨日の作業の続きである。

 で、セレスと別れた俺は昨日の作業場へと足を向ける。

「おお、出来てる出来る」

 野外に放置して制作を進めていたクラフトボックスを確認すると、中には大量の強化合板が完成していた。
 これなら、施設を作るのに十分な量を確保出来たのではないだろうか?
 取り敢えず、亜空間倉庫にしまえるだけ強化合板をしまうと、早速、建設を開始する。

 まずは床になる部分を、ペタペタと基礎として作った石材の上に並べて、ある程度並べ終わったら、結合して一枚板にする。
 基礎いっぱいに床が出来たら、次に壁を作り、そして屋根を作って完成だ。

 手の込んだ物を作ろうと思えば作れるが、今回はスピード重視ということで最も簡単な構造である通称・トウフハウス建築となっている。

 トウフハウスというのは、床・壁・天井のみで建てられた四角い構造体のことを指すゲーム用語である。
 プレハブ、といった方が分りやすいかもしれない。

 しかし、簡単、とはいえだ。
 『アンリミ』では、このトウフハウスでも作るにはそれなりの工夫が必要だった。

 というのも、『アンリミ』ではトンデモ物理は不採用となっていたからだ。
 トンデモ物理とは、ゲーム内でのみ可能な、実際には絶対にあり得ない物理現象を指す言葉である。
 例えば、二段重ねした箱の下側を破壊しても上の箱が落ちずに空間に固定される、とか、細い棒一本で超重量物を支える、とかみたいなやつだな。
 『アンリミ』は割と物理現象に対しては忠実なため、そういうトンデモは絶対に許されないのである。

 そのため、何かを建築する際には、強度計算は絶対にしなければならないことであった。
 でないと、時間を掛けて作った建物が、一瞬で土台から崩れるなんてことにもなるからな。

 つまり、『アンリミ』では、トウフハウスの名の通り、碌な強度計算もせず、更には柱も使わずに床・壁・天井のみで真四角の建物を作ってしまうと、屋根部分が自重に耐えられず中央から折れてしまう、なんてことも起こり得るのだ。
 小屋程度の小さい建物ならまだ大丈夫だろうが、大型……特に、今回の様な超大型の建物の場合は、まず間違いなく崩落するだろう。

 なので、『アンリミ』では柱を使わずに屋根を作る場合は、概ねアーチ形に作られるケースが多かった。
 アーチ構造は垂直方向に対する荷重に対して非常に高い耐性があるので、屋根を柱や梁などで支える必要がないのだ。
 平らな屋根を作るより加工に手間が掛かるのは確かだが、その分、内部空間を広く確保出来たり、柱や梁を作らなくていい分、資源を節約することが出来る、というメリットなどもあった。
 
 あとは、柱を立てる必要がない分、工数自体も削減出来るメリットもあるな。

 ただし、これはゲームだからであり、現実でアーチ構造の建物を作ろうと思うとかなりの手間が掛かることは間違いないだろう。
 某番組で、某アイドルがアーチ橋を作ろうとして滅茶苦茶苦労していたのを思い出す。
 それはさておき。

 そんなわけで、『アンリミ』ではトウフというよりはカマボコに近い形状の建物が多く建てられていた。
 で、今、俺が建てようとしているのが、それの超大型版といった感じの建物だった。

 井戸や風呂のように、建築オブジェクトとして一括で作れれば楽なのだろうが、生憎とあの巨大なベルへモスを格納出来る程の巨大建築物は既存では存在しない為、こうして手作業で作るしかないのである。

 そんな感じで、俺は一人、せっせとトウフハウス改めカマボコハウスの建築に汗水流すのであった。
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