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二二〇話

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 それと、結界には“防御”という特性以外に、もう一つの特性があった。
 それが、結界同士の干渉現象だ。

 これは『アンリミ』知識になってしまうのだが、『アンリミ』では結界同士が干渉した場合、上位のものが下位のものを一方的に打ち消し、同等であれば互いに消滅する、という仕様になっていた。

 ベルへモス(仮)に蹴りを入れた時に感じたあの既視感。
 それは、“拒絶の壁”が『アンリミ』での結界の反応によく似ていた、ということだった。

 仮に、だ。“拒絶の壁”が結界の類だとするなら、結界を纏った龍尾槍で攻撃すれば、何かしらの反応があるのではないか? と、そう考えたのだ。
 龍尾槍に使われている結界は、アイテムに付与出来る結界の中では最上位である“極光壁アヴローラ”という術式を使用している。
 あわよくば、対消滅も期待出来る……かもしれない。

 『アンリミ』の知識が必ずしも当てはまる、とは限らないが、それでも試してみる価値は十分にあるはずだ。

 一応、さっき蹴りを入れたついでに【身体解析フィジカルアナライズ】で奴のステータスを調べようとしたのだが、生憎と解析には失敗していた。
 【身体解析フィジカルアナライズ】も万能ではないからな。
 特に、俺のレベルでは相手が強過ぎたりすると、チェックに失敗することもしばしばだ。
 そのため、相手がワールドボスクラスともなると、成功することの方が稀なのである。
 とはいえ、まぁ、俺が直接解析出来なかったとしても、有志諸兄が調べたデータをサイトにアップなどしてくれるので、ゲームでは別に困ってはいなかったが……

 こういう初見相手では、少し面倒だな、とは思う。

 しかし、解析できないイコール倒せない、ではないのでそこはあまり気にしてはいなかった。
 相手を知るための判断材料が一つ減った、程度のことである。

 ちなみに、“極光壁アヴローラ”は付与専用のスキルであり、これを超える結界は、プレーヤースキルである“神の盾アイギス”のみである。
 格としては“極光壁アヴローラ”より“神の盾アイギス”の方が一つ上の為、接触するとサイズ云々関係なしに一方的に“極光壁アヴローラ”が打ち消されてしまうので、対人戦などで相手にこの“神の盾アイギス”を使うプレーヤーがいた場合、非常に戦い難くなる。
 まぁ、それならそれでやりようはあるのだが、厄介な相手、ということは変わりない。

 なんてことを、悠長に考えている場合でもないか。

 折角、背後を取ったのだ。このチャンスを有効利用しない手はない。
 いくら相手がカメの様にゆっくりした動きをしているとはいえ、まだどんな隠し玉を持っているか分かったものじゃないからな。

 俺は二人への説明もそこそこに、龍尾槍を一振りし、仕込まれた結界を展開する。
 途端。
 龍尾槍全体を、淡く虹色に輝く膜の様なものが包み込む。
 これが上位結界“極光壁アヴローラ”である。
 俺はドラグバハムートに龍尾槍を腰だめに構えさせると、ドンっ! と、一気に踏み込み、更には背部に設置されている推進用のバーニアも全開にして、ドラグバハムートをベルへモス(仮)へと突進させる。

 そして、守りもへったくれもないがら空きの背中、尻? まぁ、どこでもいいんだが、とにかく目の前の甲羅へと向かって龍尾槍を全力で突き出す。
 
 さて? どんな反応が出る?

 そして、あの見えない壁“拒絶の壁”に“極光壁アヴローラ”を纏った龍尾槍が触れた瞬間、ガクンっ! という強い衝撃と共に、バチバチバチバチバチバチっ! というアーク放電もかくやというような現象が起き、龍尾槍の動きを突進するドラグバハムートごとピタリと止めてしまったのだった。

 勿論、バーニアは現在もフルトロットルで吹かしている、にも関わらずである。

 そして、龍尾槍を強く押し込もうとすればするほど、放電現象はその激しさを増して行った。

 両方消滅するわけでもなく、ましてやどちらかが一方的に消されるわけでもない……これは『アンリミ』では見たことがない反応だった。

「これは、魔力の浸食反応!?」

 その様子を見て、まず声を上げたのはセレスだった。
 どの道、このままでは埒が明かないため、セレスから詳しい話しを聞こうと思い、一旦身を引こうと、ドラグバハムートの推進力を弱めた瞬間……

「おっと、危ないっ!」

 その瞬間を狙った……のかどうかは分からないが、突然、ベルへモス(仮)が邪魔だと言わんばかりに長い尻尾をドラグバハムートに向かって叩きつけて来たのだった。
 俺は寸でのところでそれを躱し、ステップを踏んでベルへモス(仮)から大きく距離を取る。

 で、俺が躱したことでベルへモス(仮)の尻尾は敢え無く空を切り、勢いそのままに大地へと激しく叩きつけられた。
 すると、ドゴンっ! と、今までドラグバハムートが立っていた場所を、ベルへモス(仮)の尻尾が打ち据え、小規模な爆発が起こり土砂を跳ね上げる。

 それはまるで、地雷なりミサイルなりが爆発したような光景だった。
 まぁ、そんなの映画とかでしか見たことないから、実際はどうかは知らんけど……とにかく、そんな感じだった。

 何にしても、今のは直撃していたら少しヤバかったかもしれないな……

 ベルへモス(仮)自身、手応えがないことを感じてか、今度はその尻尾を左右に大きく振り回し、所かまわず薙ぎ払って行く。
 とはいえ、向こうはこちらの位置が分かっていないようで、尻尾も狙って振っている、というよれはあからさまに適当に振っている様な感じに見受けられた。

 にしても、意外と器用に動く尻尾だな……てか、カメの尻尾ってあんなに長かったっけ?
 先端に、何かふさふさした毛みたいなのが生えてるし……

 そんなビッタンビッタンと尻尾を激しく振り回す様子を、俺は少し離れた所から見ていた。
 今、近づくと危なそうだからな。ところで、だ。

「で? セレス、さっきは何だって?」
「魔力の浸食反応が起きていたのよ……スグミ、あなた今、何をしたの?」
「何を、って聞かれてもな……強いて言うなら、結界で覆った槍でド突いてみたんだが……」
「結界で覆う?」

 そう不思議そうに問うセレスに、俺は龍尾槍について本当に簡単に説明する。呑気に事細かに話している場合でもないからな。

「なるほど。それならやっぱりあれは浸食反応だっのね……」
「……浸食?」

 俺か粗方話し終えたところで、セレスが一人、納得したようにそんなことを言う。

「簡単に説明するわね。魔術は、異なった系統の術式同士が接触した場合、術式干渉を引き起こして反発する性質を持っているの。
 だけど、似た術式同士がぶつかり合った場合は、逆に互いに相手の術式を自身に取り込もうとする動きに変わる……そして、最終的には力が強い方が弱い方を一方的に飲み込んでしまう。
 これを、類型術式の浸食反応、と呼んでいるわ。
 こうして術式が飲まれることを、俗に、魔術が喰われる、なんて呼んだりもするわね」

 なんだかよく分からんが、『アンリミ』と似た様な現象がこちらにもある、ということはなんとなく分かった。
 しかし、だ。
 その説明で、どうにも腑に落ちない点が一つあった。 

「けどセレス? 喰われる、って感覚は特にとなかったぞ? どちらかと言うと、弾かれている、みたいな感覚が強かったが?」
「……浸食反応は、同格同士がぶつかると互いに喰らい合って、反発現象にも似た反応が現れるの。
 そして、その時は決まって、雷にも似た現象を引き起こすわ」

 俺がそう疑問をぶつけると、セレスは少しの間を置いて、そう説明してくれた。
 ああ、なるほど。あのアーク放電がその浸食反応の一つだった、ということか。

「つまり、スグミが張ったという結界は、グランタス……いや、ベルへモスの“拒絶の壁”と同等の能力を有している、ということか?」

 その説明を聞いて、今度はセリカがセレスへと疑問を投げかける。

「はい。正直、私としてはそちらの方が驚愕というか、信じられないくらいで……それに……」

 そこまで言うと、セレスは何を考える様に言葉を一度切った。

「あのサイズです。魔力の強さは身体の大きさに依存する、という研究報告もありますので、仮に目の前の魔獣がグランタスの突然変異、もしくはその近縁種であると仮定した場合……この特殊個体、便宜上ベルへモスと呼称しますが、そのベルへモスが展開していた“拒絶の壁”は従来のグランタスの比ではなく、更に強固なものであると推測出来ます」
「……つまり、スグミが伝説とまで呼ばれる魔獣に匹敵する結界を張っている、と?」
「…………」
「…………」

 何故か、背後から無言の圧力を感じるんだが……
 
「あ~、で、その魔力の浸食反応ってのが分かったことで、こう、何か決定的な打開策みたいなのは、思いついたりしないのかセレス?」

 何処か重い空気を感じて、急遽話題転換を図る。どちらかというと、元に戻した、という方が正しい気もするが。

「ないわね。単純な力押しでいいなら、ベルへモスより強い結界をぶつける、なんて方法はあるけど?」
「残念ながら、今使っている結界が、俺の限界でね」
「となると、残る手は消耗戦くらいね。
 ベルへモスだって、呼吸をするだけで“拒絶の壁”を維持しているわけではないでしょうから、攻撃を続けて魔力を消耗させれば、いずれは“拒絶の壁”の維持も不可能になるかもしれないわ。
 ただ、それにどれだけの時間を要するか、皆目見当も付かないけれど」

 グランタスですら、千人掛かりで手も足も出なかったらしいからな……
 その上位存在であるベルへモス(仮)が相手ともなれば尚更だ。

 いくら回復アイテムがあるとはいえ、数に限りがある以上、長期戦ではこちらがじり貧になるのは目に見えている……か。

 つまり、一発逆転の奥の手、みたいなのはない、ということだ。

「それで、スグミの方はどうなのかしら? この子にはもっと凄い武器とかはないわけ?」

 で、今度はセレスからそんな質問が飛んで来た。
 ちなみに、セレスが言うこの子、とはドラグバハムートのことである。

「生憎と、武装に関しては今までに見せた二つがすべてだよ。ただ……」
「ただ?」
「なんとなくだが、力押しで押し切れるような手応えは感じたな」

 あくまで印象だが、もっと強く押せば、あの結界を抜けられるような気がするんだよなぁ……
 これはゲーマーの勘という他ないが、とにかく、ベルへモス(仮)からは負けイベや無敵キャラから感じる、どうにもならない理不尽感のようなものは感じなかった。
 むしろ、プレーヤーの工夫と技術でどうにか出来る、そんな手応えがあった。

 それに、いくら防御能力が高い“拒絶の壁”とはいえ、耐久が無制限、ということはないはずだ。
 持久戦が無理なのなら、ここは敢えて、一点集中火力で相手の防御を押し切ってしまえばいいんじゃないか? というのが俺の率直な感想だった。 

 「力押しって……ベルへモス相手に力比べをしようって言うの!?」

 そんな俺の言葉に、信じられないっ! とばかりにセレスが声を荒げる。

「まぁな。ただし、こちっにも準備が必要で、すぐに、とはいかないけどな」
 
 ベルへモス(仮)と渡り合うのに必須なスキル、【蟷螂之斧とうろうのおの】を発動するには、今少し時間が必要だった。
 それに、喩え今すぐ使えたとしても、残存MPが結構心許ないことになっているので、使った瞬間ガス欠になるのは目に見えている。
 しかし、MPを回復しようにも、MP回復ポーションを再使用する為のクールタイムもまだ終わってはいない。

 となると、ポーションのクールタイム明けに、MPを回復してからが本番ってことだな。
 というわけで、だ。
 その間、俺は戦闘状態の維持、兼、ベルへモス(仮)の行動パターンの解析をするため、付かず離れずの距離を維持しつつ、ちまちまとベルへモス(仮)へと攻撃を継続することにするのだった。
 
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