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二一一話
しおりを挟むSIDE ラルグス
「お約束していたのにお待たせしてしまって申し訳ありません、フューズおじ様。少し、公務が長引いてしまいまして……」
扉が開くと、そう言って、幾人もの侍女を従えた見目麗しい小柄な少女が小走りに執務室へと入って来た。
ラルグスはすぐさま座っていたソファーから立ち上がると、少女の前に跪き臣下の礼をとる。
「いえ、言うほどは遅れてはおりませんよ。どちらかと言えば、私の方が早く来すぎたくらいですので。
それに、無理を承知で急な接見を申し込んでいるのはこちら側です。ですから、そのような些末事はお気になさらないでくださいませ。マリアーダ陛下」
ここはノールデン王国王宮内、女王執務室。
スグミ達を見送ったラルグスは、一路、その足を報告の為に直接王宮へと運んでいた。
ベルへモスの捜索については、昨日、スグミと別れた後に、ラルグスは一人、王宮へと参じ、国王であるプレセアへ銀狼族の件も含めて報告に上がっていた。
今日はその件での追加報告である。
「もぉ……おじ様。公の場でもない限り、そんな畏まった態度は止めてくださいと、昨日も申し上げたはずですが?
それに、おじ様は少しと仰りましたが、既に半刻(一時間)は遅れている私にこそ非があるのです。ですから、どうか頭を上げでください」
そう言うと、プレセアもまた床に膝を突き、ラルグスの顔の高さに己のそれを合わせた。
「それに、折角こうしておじ様と私的に……ではありませんが、少なくとも公的でない場でお会い出来る数少ない機会なのですから、どうか昔の様にプレセアと、そう呼んでくださいませ」
そして、そんなラルグスの態度が気に入らなかったのか、プレセアが困った様に眉尻を下げながらそう言った。
「……昔がどうであるにせよ、今は一国の王とその家臣でありますれば、何時如何なる時も礼を弁えるは当然の事と存じます」
「はぁ~、まったく……あの娘にしてこの父親あり、なんですから……
なるほど。おじ様がそのような頑なな態度に出るというのであれば、いい加減私にも考えがあります。
今後も態度を改める気がないというのなら……私、泣きますよ?」
「…………」
「…………」
暫し、両者の間に何とも形用し難い沈黙が流れるが、先に折れたのはラルグスの方だった。
「はぁ、それは一体誰に対するどんな脅しなんだ……」
そう言うと、やれやれ、とでも言いたげにラルグスは億劫そうにその場に立ち上がったのだった。
それに満足したのか、プレセアの表情が明るく綻ぶ。
「対フューズ家用の最終手段です。アンジーもこう言うと大概の我儘は聞いてくれるのですよ?」
そうして、ラルグスのあとを追うように、プレセアもまた立ち上がった。
「大事なのは、乱用しないことと、ここぞという時に使うこと、そして要求が通らなった時は本当に泣くことでしょうか?
女の涙は武器になると、そうセコイア母様から教わりました」
そうにこやかに語るプレセアとは裏腹に、また余計な事を……と、ラルグスは内心妻の行動に舌を打つ。
ちなみに、ラルグスの妻の一人であるセコイアは、プレセアの宮廷作法の師であもあった。
そのため、何かと接点が多い二人なのである。
ある意味、悪知恵の働くセコイアの悪影響を一番受けているのがプレセアだともいえた。
また、プレセアの両親、つまり先の国王夫妻が他界してからは、セリカ同様、自分のことを無理やり母と呼ばせてもいた。
それが彼女なりの優しさなのか、それともただの趣味なのか、それは夫であるラルグスを以てしても、ようとして知れないことであった。
「……気付かぬうちに、随分と強かになったものだな」
「強くなくては、王の椅子になど座ってはいられぬと、師と母からそう教わりましたから」
事も無げにそう答えほほ笑むプレセアを前に、ラルグスは自分のことを師と呼ばれたことに心の何処かがむずがゆく感じると共に、強い痛みもまた感じていた。
本来、今回の様な国防、治安に関する事柄に関してはラルグスに一任されており、いくら国王とはいえ、こうしてプレセアにいちいち報告する義務は無かった。
つまり、ラルグスはノールデン王国内において、自身の差配一つで軍を好きにすることが出来きる立場にあり、報告をするにしても事後報告で十分だったのだ。
何も、彼女が国王だからと、国内のすべての諸問題に対する決定権を持っているわけではない。
というか、すべての権限が彼女に集中してしまっていては、国が回らなくなるのは目に見えていた。
だからこそ、そうさせない為に、ラルグスの様な専門性を持った官僚達が王の脇を固めているのである。
が。
プレセアを取り巻く環境は、決して安穏たるものではなかった。
歳を経て、経験を積んだ王ならなんの問題もなかったのだろうが、疫病で数年前にプレセアの両親である先の女王とその王婿(女王の配偶者、またその夫)が揃って他界してしまっていたため、彼女は己の意思とは関係なしに、若くして王位を継承せざるを得なかったのである。
当然だが、プレセアが新たな女王に即位したその時には、彼女に国を統治する能力などありはしなかった。
それでも、国内が平穏であれば、誰かが……それこそ、フューズ家が後ろ盾となり、彼女を支えるていればそれでよかった。
彼女が十分な経験を積むことが出来るだけの時間があれば、良き統治者になれるだけの資質は十分にあると、ラルグスはそう確信していたからだ。
しかし……時勢は彼女の味方をしてはくれなかった。
プレセアは王位を継ぐには若かった。あまりにも、若すぎたのだ。
この機に乗じて、彼女を王の椅子から蹴落とそうとする者、王家そのものを失墜させ、自分達に都合のいい新たな秩序を構築しようとする者、この国そのものを亡き者にしようとする者……
そうした者達が、プレセアの地位を揺るがす為に国内に混乱を、そして命を奪うために刺客を送り込んで来ていた。
今は亡き彼女の父は、ラルグスが仕える王婿であると同時に、騎士学校時代からの親友でもあった。
その忘れ形見であるプレセアを、ラルグスは自身の娘であるセリカと同等に大切に思っていた。
彼女の置かれている環境を思えば、この身で代われるというならいくらでも変わってやりたい、と、出来ることなら彼女には平穏に心安らかに過ごして欲しい、と、それがラルグスの嘘偽りない心境であった。
しかし、それを誰よりも良しとしなかったのも、またラルグス自身であった。
プレセアは、いくら若くとも一国の王であり、その血には民を導く責務が流れていた。
平時なら、誰かに頼ることも許されよう。しかし、有事の際ともなれば、王でしか下せない決断というのもあった。
何も知らない少女のままなど、許される立場ではなかったのだ。
それに、周囲は魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿だ。
彼女自身、生き残るためには相応の力を身に付けなければならなかった。
そこで、ラルグスが取った手段というのが、とにかく彼女に経験を積ませる、という強引なほどの力技であった。
故に、ラルグスは小さなことから重大な事案まで、ほぼすべてをプレセアへと報告し、その都度どう対応すべきかその判断を問うことにしていた。
勿論、彼女の決定にすべて従うわけではない。
プレセアの下した決断に、時には同意し、時には補足し、時には激しく否定し……
そして、持論や過去の例などを踏まえ、プレセア自身に考えさせ、そうして経験を積ませたのだ。
徹底したスパルタ教育である。
ラルグス自身、年若い少女に酷な事をしている自覚はあった。
だが、それがプレセアの為になるのだと、心を鬼として厳しく鍛えてきたのだった。
何も、優しくするだけが優しさではない、時に厳しくするのもまた優しさなのだと、自分にそう言い聞かせて。
(半ば、嫌われることも覚悟していたのだがな。なかなかどうして……)
その背丈に見合わず、大きく見える少女を前に、ラルグスは一人、心の中でそう呟いた。
「このまま立ち話というのもなんですから、どうぞお座りください」
「そうしようか」
そういうプレセアの勧めに従い、ラルグスはソファーに腰を落とした。
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