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一五一話
しおりを挟むSIDE セリカ
「そうですか……」
セリカの言葉に、プレセアは難しい顔をして、アテンツァから返された白金貨へと視線を落とした。
「ですが、どんな意図を持ってブルックランズ様は陛下にこの白金貨をお届けになったのでしょうか?
報告だけなら書面で十分でしょうし、献上、というわけでもないでしょう。ましてや自慢の為、などあり得ない話しですし」
アテンツァは白金貨をプレセアへ返すついでに、そう問いかけた。
待遇の改善、また恩情を求めて高価な品を王族、または貴族へと送って来る輩、というのは常に一定数は存在していた。
しかし、既に貴族籍から外れているとはいえ、ある程度の地位を得ているブルックが、そのようなことをするとはアテンツァには思えなかった。
勿論、それは彼の性格も含めての話しだが。
「手紙によれば、単純に換金して欲しいだけの様ですよ」
そんなアテンツァに、プレセアは事も無げにそう告げる。
「つまり買い取って欲しいと?」
「はい。先ほどアンジーが話してくれたように、アグリスタは今、監督官であったバハル男爵が死亡したことで、代わりにブルックランズ様が臨時監督官を務めているようです。
そのお陰で大きな混乱は起きていないようなのですが……
ただ、邸宅を軽く調べただけでも、バハル男爵が街の税金を相当な額使い込んでいたことが分かり、このままでは近いうちに資金難に陥る可能性がある、と。
しかも、それを回避する為に恣意的な増税をする計画まであったようですね。
まったく、嘆かわしい話しです」
「つまり、資金繰りの為に、ということでしょうか?
ですが、それならバハルを監督官に任命した寄親でもあるイオニック伯爵家に請求するのが妥当だと思うのですが?」
「アテンツァ。相手はあのお金に小汚いイオニック家ですよ?
どうせ知らぬ存ぜぬ関係ないと、のらりくらり躱して1ディルグも支払うことはないでしょうね」
「陛下、少々お言葉が乱れておれますよ」
「これは失礼。
ともかく、ブルックランズ様もそれは分かっている様で、一応は使者を遣わしたそうですが、色よい返事は期待していないそうです。
当てにならないなら自分達で何とかするしかない、ということで私の所に白羽の矢が立った、ということなのでしょう」
「そういうことだ。しかも、物が物だけに、適当な所に流すわけにもいかんからな。
確実に信用のおける相手、となると数は限られる。
ちなみに、プレセアの所がダメだった時は父上の所に持って行くように言われているよ」
と、セリカがプレセアの言葉を継ぐように説明した。
「分かりました。では、この件は私の方で預からせて頂きましょう。
アテンツァ、後ほど財務卿を私の所へ呼んでください」
「畏まりました」
プレセアの言葉に、アテンツァが恭しく首を垂れる。
「それにしても、これはブルックランズ様にお礼を申し上げなくてはなりませんね……」
「ん? 礼? 何故だ?」
プレセアがぽつりと零した呟きを、耳ざとく拾ったセリカが不思議そうに聞き返した。
「何故って……はぁ、アンジーは剣の修練ばかりしていないで、少し政治というものに興味をもって下さい」
と、プレセアはそんなセリカに、悲しそうな者を見る様にため息を吐いた。
「む、私は騎士だからな。民の平穏を守るのが務めだ。人々を守るために剣の腕に磨きをかけて何が悪い?
政に関してはプレセア。お前の畑だろう?」
「もぉ、貴方は騎士である前に貴族でしょうに……
いいですか? この白金貨。価値こそ我が国の大白金貨三枚分の価値と同等ですが、その純度の高さとこの精緻な意匠。
しかも、現状、我が国に一枚しかない代物であること。それらを勘案すれば、その付加価値は計り知れない物があります。
そして、この手の物は何時の世も人の耳目を集めるもので、特に、他にない、特別、希少という言葉に目のない方達に取っては、正に喉から手が出る程欲しい代物でしょうね。
つまり、いざという時の強い切り札になり得る、ということです」
当然、スグミがこの白金貨を他に流出させれば、一枚きり、ではなくなってしまうのだが、ブルックの手紙には無暗に売らないこと、売る時は必ず自由騎士組合を通すことを念押ししていると綴られていた。
勿論、スグミが必ずそれを守るとも限らないが、一応の同意は示してくれているらしい。
故に、完全に、とは行かないまでも、この白金貨の流通に関し、こちらである程度の制御は可能であるということだった。
なにせ、自由騎士組合がいくら表向きは民間企業とはいえ、その運営はブルックを始めとした退役した国家騎士達が多数その経営に関わっていた。
ともなれば、王国の意思を反映させることはそう難しいことではなかった。
「ふむ、そういうものか? 私にはただ高価な白金貨程度にしか思えないが?」
「お金に興味のないアンジーには、そうでしょうね」
「む? そこはかとなく馬鹿にされているような気がするが……
こう見えて、私とて常日頃からカネ勘定には精神をすり減らしているんだぞ?
限られた予算で国内を極秘に調査をするも、存外大変なのだからな?」
「そういう意味ではないのですが……まぁ、アンジーはそのまま純粋なアンジーのままでいて下さいということです」
「むぅ……」
金銭に執着していない、見栄に拘らない、そういう意味でプレセアは口にしたのだが、当の本人であるセリカには上手く伝わっていないようで、セリカは何処か納得のいかないまま渋い顔を浮かべていた。
「とにかく。他の方もアンジーと同じように思っているわけではありませんよ、ということです。
中には、見栄が服を着て歩いているようなブタや、お金にがめつい低俗なクソ貴族連中に取っては特に、ですね」
「陛下、少々お言葉が乱れておりますよ」
「これは失礼。
なんにせよ。ブルックランズ様はそれらを見越した上で、初めに私のところへこのお話を持って来て下さったのでしょう。
特に最近は、新貴族派の台頭も著しいですし……
本当に、昔から私のことをお気に掛けて頂き、有難い話しです。
もしかすると、ブルックランズ様のことですから、換金の話し自体が口実、ということもありますね」
「いや、それはないだろうな。実際、ハバルの金庫はカラだったわけで、そのことに伯父上も怒り心頭といった感じだったからな」
「それは……心中お察し申し上げます。
支払いには、少し色を付けておくことにしましょうか」
「そうしてくれると、伯父上も喜ぶだろうな」
と、二人の話しに終わりが見えたタイミングで、セリカの袖をくいっくいっと引っ張る誰がいた。
視線を向ければ、そこに居たのはマレアだった。
「ん? マレアか。どうした?」
「いやねぇ~、アンジーが何か凄そうな殿方と知り合ったみたいだから、今度紹介してもらおうかと思ってさ」
「紹介? 機会があればしてもかまわんが……してでどうしようというんだ? マレアとは特に関わり合いの無い男だぞ?」
「はぁ? それ、本気で言ってんのアンジー?
そんなん、玉の輿狙いに決まってんでしょうが! た・ま・の・こ・しっ!!」
途端、マレアが科を作り、扇情的なポーズをとって見せた。
「私の魅力と美貌で悩殺して、一生可愛がってもらいながら、裕福に暮らすのっ!
それくらい分かれっ!」
「ああ、そういうことか……」
と、そこでようやくセリカはマレアの意図を理解した。
実家が裕福な貴族家であることから、金銭に対してあまり執着がなく、また本人が実直で真面目な性格であるが故に、セリカにはマレアのような絡め手ともいえる思考が中々出て来なかったのだ。
それがアンジェリカという娘の本質だった。
そんなセリカではあるが……
「美貌……魅力……ね」
そう言って、セリカはちんまりとしたマレアの体を上から下まで一通り眺め、次いでその壁の様な胸へと視線を巡らせた。
「まぁ、その……なんだ。
スグミが特殊な性癖の持ち主だといいな」
本人にそういった経験はないが、一般的な男女の機微について、セリカとてまったく知らないわけではなかった。
それこそ、本当にスグミが特殊な性癖の持ち主でもない限り、マレアに脈があるようには思えなかったのだった。
「ちょっとそれ! どういう意味よっ! 失礼しちゃうわね。いいもん、見てなさいっ! 絶対、落としてやるんだからっ!」
そう息巻くマレアを前に、スグミも変なのに絡まれて大変だなぁ、と他人事のように思うセリカなのだった。
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