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一四六話
しおりを挟む「よっこらせっ……と……」
俺は、たまたま目に付いた手頃なサイズの石の上に腰を下ろした。
うっ……飲み過ぎたか……
宴会も始まり数時間。
俺は一人、会場から少し離れた森の中に来ていた。
あのままあの場に居たら、潰れるまで永遠と酌をされそうだったからな。
ステータス画面を確認したところ、【酩酊・Lv1】と出ていたので状態回復ポーションを使えば多分即時回復出来るんだろうが……
それはれで、本当に酌が止まらなくなりそうで怖い。
ちなみに、『アンリミ』には【酩酊】なんていう状態異常は存在しなかったので、異世界に来てから発現した状態異常だ。
なので、お手洗いだ、と適当なことを言って少しばかり抜けて来た、というわけだ。
それに、こうして酔いで火照った体を夜風に晒すのも、それはそれで悪くはない。
森を吹き抜ける程よく冷たい風が、肌を撫でる心地よさに暫し身を委ねる。
「ふぅー……」
ため息一つ。
で、何とな~く夜空を見上げると、そこには満点の星々が光り輝いていた。
人工的な灯りが少なく、空気も澄んでいるためこれだけ多くの星が見えるのだろう。
その中に、特に目を惹く大きな星が二つ。
大きな月と小さなな月が一つずつ。計二個の月が、煌々と輝いて夜空に浮かんでいるのが見えた。
……今までまじまじと空なんて見たことがなかったから、全然気が付かなかったな。
そうか。この世界には、月が二つあったのか……
そんなところに、今更ながらにここが地球ではないのだと思い知らされる。
俺は、元の世界に帰ることが出来るのだろうか……
ふと、そんな不安が胸中を通り過ぎて行った。
てか、元の世界じゃ、今頃きっと大騒ぎだよな……
なんだかんだで俺がこの世界に来て、もう十日以上の時間が過ぎていた。
裏を返せば、それは俺が元の世界からいなくなった時間でもある。
となれば、当然その間会社は間無断欠席をしているわけで、普通に考えれば会社から両親や、俺が住んでいたアパートの管理人などに俺の失踪の連絡は行っているはずだ。
場合によっては、警察などにも連絡が行き、失踪届も出されているかもしれない。
……これ、帰ったら帰ったでメッチャ大変なことになりそうだな。
両親から説教を食らうのは言わずもがなだが、会社の方は下手をすればクビだ。まぁ、これだけ長々と無断欠席していればな……
しかも俺の場合、失踪した理由を聞かれても答えられないときた。
素直に「異世界に行ってしまって、中々帰って来られませんでした。てへっ」なんて言おうものなら、即病院送りだぞ?
なら何て言えばいいっていうんだ……
多分、警察からも事情聴取されるだろうし……変に答えなかったら、それこそ事件性を疑われかねない。
警察に変に目を付けられた挙句、この不景気な情勢で再就職とか……
あれ? これ帰ったところで俺の人生詰んでね?
ふと、日本に帰らず異世界で暮らしていた方がいいんじゃないか? なんて考えが脳裏を過って消えて行った。
こっちなら、資産も豊富だし、『アンリミ』でのゲーム能力も使えるし、生きていく上ではなんの不自由もないからな。
むしろ左団扇な生活が……っていかんいかん!
後ろ向きな考えは一旦捨てよう! 今はまず帰る方法を探す!
それが一番の目的だ。
もしかしたら、俺が元の世界に帰ったら、この世界に飛ばされた時点まで時間が戻る、という希望的かつ理想的な展開も可能性としては微レ存、ワンチャン残っている。
まぁ、その帰れるのが何時になるのか、皆目検討が付いていないのが現状なんだがな……
それが半年後なのか、一年後なのか、一〇年後なのか……それとも死ぬまで戻れないのか……
って、また後ろ向きな考えになっているな。
……これもある種の不安の表れってやつなのかねぇ。
明日、俺はこの村を発つ。ある意味、本当の一人旅の始まりだ。
俺はこの世界に来てからというもの、初日からソアラと出会ったことで今までずっと誰かと一緒に居た。
本当の意味で一人になるのは、明日からが初めてなのだ。
そこに少なからずの不安があるのは、隠しようもない事実だった。
そんな自分になんの根拠もなく、まぁなんとかなるさ、と言い聞かせる。
ついでに、頭の中のマイナス思考を追い払う様に頭を振ると、ふと、何処からかミントの様な清涼感のある香りが漂って来た。
何だろう? そう思った時……
「何一人でブツブツ言ってるんですか?」
振り返らなくても、誰かは声で直ぐに分かった。ソアラだ。
そう確信したうえで振り返れば、そこには確かにソアラが一人立っていた。その手に一つの湯呑を持って。
「今後の予定について、ちょっと色々と考えてたんだよ」
「そうですか。はい、どうぞ」
そう言って、ソアラがずいっと手にしていた湯呑を差し出した。
と、仄かに立ち昇るに湯気に乗って、ミントの様な匂いが強くなった。
どうやら、このミントの様な匂いはその湯呑から漂って来ているようだった。
「これは?」
そう問いつつも、湯呑を受け取る。
「酔い覚ましの薬湯です。随分と飲まされていたみたいですから、必要かと思って作って来ました」
「そいつは嬉しいな、ありがとさん」
渡りに船とばかりに、俺はそんなソアラに礼をいい、湯呑に口をつける。
温度はぬるま湯。息で冷ます必要もないので、一息に飲み干した。
味はハッカ湯に近い感じだろうか? メントールでも含まれているのか、温度自体はぬるま湯のはずなのに、口の中は何故か冷たく感じる。
ソアラからの薬湯を飲み干すと、今まで感じていた頭の重さがすっと軽くなった気がした。
試しにステータス画面を確認すると、【酩酊】の状態異常が消えていた。
おおっ! まさか状態回復ポーションを使わずに回復するとは……
エルフの薬、意外とやるではないか。
「ふぅ~、随分楽になったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
ソアラは笑いながらそう言うと、俺の手から湯呑を回収していった。
「そんな所で突っ立ってるくらいなら、隣座るか?」
湯呑を受け取ってなお、立ち去る雰囲気が無かったので、ソアラにそう進めてみた。
俺が今座っている石は、そう大して大きな物ではないが、それでも端に寄ればもう一人分くらいは確保出来そうだったからな。
とはいえ、内心では断って立ち去るだろうと思っていたのだが……
「そうですか? なら……」
と、ソアラは俺の予想とは異なり、勧められるままに開けたスペースに腰を下ろしたのだった。
そんな普段とは違う対応に、もしかしたらソアラから何か話があるのかと思い、暫し様子見をするのだが、ソアラは手にした湯呑を手の中でコロコロと転がすばかりで、何かを話し出すことはなかった。
が、何かを言いたそうにはしていたので、仕方ないとこちらから水を向けることにした。
「で? なんでまたここに? 俺は、トイレに行く、って言って出て来たはずだけど?
……もしかして、覗きにでも来たのか? いや~ん、ソアラちゃんのエッチ~」
「は? 何ぬかしてんですかこのスットコドッコイは」
某国民アニメのヒロインよろしく。
科をつくってそんなことを言ったら、ソアラからまるで汚物でも見るよう蔑んだ目で睨まれた。
せっかく話す切欠を作ってやったというのに、この仕打ちは酷くないか?
「はぁ~、いいですか? スグミさんが向かった先に、御手洗いはありませんからね」
「もしかしたら、そこら辺で致していたかもしれないだろ?」
「村では、所定の場所以外での排泄行為は禁止となっております。もし、そんなことをしていたら、背中を蹴飛ばして逃げるつもりでした」
そう言って、ソアラは虚空を蹴る様な素振りをみせる。
いや、出している最中で蹴られたら、大でも小でも大惨事になるからマジでやめれ……
「……なんてことを」
「まぁ、それは冗談ですけどね。えっと……」
「……」
「……」
それっきり、また会話がぱたりと止まってしまった。
ソアラ自身は何かを言いたそうにしているのだが、中々次の言葉が出て来ない、という方が正確か。
それから互いに無言が続いていると……
「その……ありがとうございました」
暫しの沈黙の後、ソアラが唐突にそう切り出して頭を下げた。
「どうした急に?」
「あー、いえ……村に戻って来てから、スグミさんにちゃんとお礼を言っていないなって思って……
色々ありましたけど、お世話になったのは事実ですから」
「そっか……でもまぁ、世話になったていうのは俺も同じだけどな」
「えっ?」
俺のそんな言葉に、ソアラが不思議そうな顔を浮かべていた。
「ほら、俺はこの国のことを何も知らないだろ? 右も左も分からない中、ソアラが一緒に居てくれたおかげで助かったことも沢山あるってことだ。
そういう意味じゃ、今まで世話になったのは俺の方かもな。今までありがとうソアラ」
「な、なんですか急に……スグミさんらしくないですよ?」
「ん? ほれ、最後くらいは……な」
「最後だなんて……
あっ、ほらっ、あれですよ! あれ! スグミさんが好きな調味料やお漬物だって、食べれば無くなるわけですし、無くなったらまた村に来ることだってあるじゃないですか?
だから……最後じゃないですよ」
「そう、だな……」
とはいえ、俺が貰った量を考えると使い切るのに何年かかるやら、という話しだがな。
「その、私のこと、村のこと、合わせて色々、本当にありがとうございました。
そ、それじゃ、私は先に戻るので、スグミさんも早めに戻ってきてくださいね。みんな待ってますから」
最後に、ソアラは俺へと向かって深々と頭を下げると、足早にその場を去って、夜の闇よの中へと消えて行ったのだった。
そして、それから少しして、俺も村へと戻ることにした。
さて、酌攻めの二回戦目の開幕だ。
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