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九三話
しおりを挟むエルフの集落に入る際、一番最初に目に付いたのは当然というべきか跳ね橋だった。
橋があるからには、下に川でも流れているのかと思えばそうでもない。
そこにはなにも無かった。あるのはただただ大きな溝。
所謂、空堀というやつだ。
深さは大体3メートル程度はあるだろうか。意外と深いうえに、斜面も急だ。一度落ちたら、そう簡単には登れそうにない。
それが、門から続く木壁を囲むようにずっと続いていた。
見える範囲において、村へと続いている橋はここしかないようだ。
よく見れば、木壁の所々に櫓が組まれていることから、有事の際には跳ね橋を上げ、櫓から弓矢などで応戦するのだろうと予測された。
跳ね橋さえ上げてしまえば、ここはもはや陸の孤島だ。 その上で櫓から弓を射掛けられては、容易に近づくなど出来ないだろう。
しかも、木壁の高さだけでも2メートルくらいあるので、トータルの高さは5メートルにも及ぶ。
上から矢の雨を降らされながら、この5メートルの防壁を突破するのは至難の業だ。
ここまで来ると、村というよりはもうちよっとした要塞といえた。
「かなり厳重な防衛をしているんですね。これも誘拐対策ですか?」
橋を渡っている最中、少し気になったことを隣を歩くノマドさんへと問いかけた。
ちなみに、ソアラ達一団は俺達より少し前をおしゃべりしながら歩いている。
「いえ、そういう訳ではありませんね。この防壁は、周囲に生息している魔獣対策となっているのです。
この辺りの森にはゴブリンを始め、コボルト、オークといった魔獣が多数住み着いていますから」
へぇ~、ゴブリンとかもいるのか。
まぁ、エルフがいるんだからゴブリンくらいいてもおかしくはないわな。
ゴブリンといえば、ファンタジーモンスターの代表みたいな奴らだ。機会があれば、一度は見てみたいものである。
「奴らは数だけは多いですからね。普段から気を付けて見つけ次第駆除はしていますが、いつ何時襲われるとも限りませんから」
「そんなに襲われるものなんですか?」
「いえいえ、あくまで用心ですよ。
襲われると言いましても、この村が魔獣の被害に遭ったことなど、私が生まれてからは一度もないのです。
私の父の代には、稀に襲われたことがあったようですが、それも片手の指より少ない回数だったそうです。
奴らは知能は低くとも、馬鹿ではありません。危険だと分かっている場所に、自分達から簡単には近づいて来ることは、そうはないのですよ」
「なるほど」
転ばぬ先の杖、天災は忘れた頃にやって来る、みたいなもか。
津波対策の高台や、非常時にのみ使用可能な緊急避難場所。
日頃は使うこともなく、また、使う機会なんてないに越したことはないが、いざという時のためにあったら心強いもの、という認識なのだろう。
しかし、だ。
「ですが、木の防壁なんかで大丈夫なんですか? ゴブリンといっても、賢い奴は火矢を使ったり、中には魔術を扱うような個体だっているでしょう?」
ゴブリンアーチャーとかゴブリンマジシャンとか。この世界にいるかどうかは分からないが、『アンリミ』にはそういうのはいたからな。
「はははっ、確かにそういうのもいますが、ご安心を。
防壁に使われている木材は、“アインズウッド”という少しばかり特殊な種のものを使っておりましてね。
このアインズウッドは、他の種の木より圧倒的に成長が遅い代わりに、非常に硬く丈夫に育つのです。
その堅さは鉄に劣らず、腐食にも強い。また、火に焼べても簡単には燃えることはありません。
この防壁も、作られたのは今から三〇〇年以上昔のことだと聞き及んでいます」
おおぉ……ファンタジー素材。
固い木というなら黒檀が有名どころだが、流石に腐食もしなければ燃えもしない、というのは凄まじいな。
確かに、そんな素材で村を囲まれているなら、そりゃ安心だ。
そんな話しをしつつ、橋を渡り、門番をしている人たちに軽く会釈をした程度で門を通過。
本当なら、身分証明や村に来た理由など検問を受けることになる、とノマドさんが話してくれたが、今回は事前に話が通っているようでノーチェックで通過させてもらえた。
門を通ると、早速エルフの集落が見えて来た。
森の中にしては少し開けた空間が広がっており、そこに二、三軒の民家をひと塊にポツポツと軒を連ねている。
「なんだか、思っていたより普通だな……」
「当たり前ですよ。普通の村なんですから。スグミさんは、エルフの村をどんなものだと思っていたんですか?」
村の様子を見ているうちに、なんとはなしにポツリとこぼした呟きを、何時の間にやら隣に立っていたソアラが耳ざとく拾う。
「いやほら、エルフっていったら“森の民”みたいなイメージがあるからさ。こう、高い木の上に家とか作って生活しているのかなぁ、ってな」
俺がそう、エルフに抱いている勝手なイメージを伝えると、ソアラがあからさまに人をバカにしたようなため息を吐いた。
「はぁ、なんですかそれ? なんでわざわざ木の上なんかに家を建てないといけないんですか?
それじゃ、家を出る時と帰って来た時に、毎回毎回木登りしなくちゃいけないじゃないですか。
ちっちゃい子とは、滑って落ちたらどうするんですか? 大怪我しますよ、それ?
そんな面倒で危険な家に、誰が住むと? それともスグミさんは、そうした家に住みたいと思っているんですか?」
「いや、俺は嫌だけど……」
そんな正論で返されると返す言葉もないじゃないか。
「自分が嫌だと思うな家に、好き好んで住む人なんているわけないじゃないですか。少しは常識を考えて話してくださいよぉ~」
くそ。ソアラの奴、珍しくマウントを取ったからって、ドヤ顔で勝ち誇ってやがる。
そのニヤニヤ顔が妙にムカつくったらない。
……この調子に乗っている小娘、どうギャフンと言わせたろうか。
「とは言え、スグミの言う様な樹上施設もあるにはあるな」
ソアラをキャイン言わせる方法を考えようとした時、後ろからイオスに声を掛けられた。
「村の中央に御神樹と呼ばれている大木があるのだが、その上部に緊急時の避難施設が建てられているんだ。
まぁ、年に一度の村総出の避難訓練の時にしか使わないような施設だがな」
「へぇ~、そんな場所が。しかし、なんでまた木の上に?」
ソアラの話していた感じでは、エルフだからといって必ずしも木の上を生活空間に利用しているわけではないようだが。
「この辺りに生息している魔獣は、木に登れない種族が多いんだ。
ゴブリン然り、コボルト然り、な。
奴らは弱いが足は速い。しかも、弱いと言っても戦う術を知らない者なら、容易に殺されてしまうくらいには強い。
だから、戦えない者は下手に応戦したり地面を走って逃げるより、大木に登ってやり過ごした方が安全、というわけだ」
「ほぉ~ん、なるほどね」
ソアラのドヤ顔はイラっと来るものがあるが、イオスのエルフ村豆知識は大変ためになったので、イオスに免じて今回は見逃してやることにした。
アニキに感謝しとけよ。
そんな感じで、イオスからエルフの森で生活する上での基礎知識などを聞きつつ、ソアラの自宅へと向かう。
道中、ソアラの家まで目と鼻の先程の距離に来た時だった。
「悪いが俺はここで失礼する」
と、イオスがそう言った。
「ん? 何処かに行くのか?」
「ああ。ソアラが無事に村に着いたことを族長に知らせにな」
イオスの話しでは、この村の族長は足を悪くしているそうで、家から中々出られないらしい。
本当は自分からソアラの出迎えに行きたがっていたそうなのだが、そういうわけにもいかず、仕方なしに今は家で待っているのだとか。
「ソアラ。族長に報告に行くぞ」
「あ、うん。今行く」
ということで、イオスはソアラと連れ立って族長の家へと向かって行った。
「他の家より随分立派な家なんですね」
イオス、ソアラと別れて二、三分でソアラの自宅へと到着した。
ソアラの自宅を一言で言うなら、とにかくデカい、だ。
木造平屋の一戸建てなのだが、そのサイズがおよそ他の民家の二、三倍くらいはあるんじゃなかろうか、という大きさをしていたのだ。
正確には、大きい、というより、広い、だろうか。なんとなく、武家屋敷、という言葉が脳裏に浮かぶ。
「私は村では薬師をしておりまして、自宅が診療所も兼ねている関係で他より多少大きくなっていのですよ」
「ああ、そういえば、ソアラも自分の事を薬師の見習いだ、なんて言っていましたね」
それで、薬草を摘んでいたところを攫われたんだったな。
「一人前になるには、まだまだ修行が足りませんがね。
どうぞ、こちらです」
ノマドさんはそう言って、俺を建物の裏側へ案内した。
建物正面にある玄関は診療所用で、自宅の玄関は裏側にあるのだという。
自宅の玄関先に着き、扉を開けたノマドさんに入る様に進められると、そこには少しばかりの土間があり、脇には背丈の半分くらいの箱が一つ置かれていた。
そして、板張りの床が内と外を分ける様に一段高く敷かれている。
この見慣れた光景……これってもしかして……
「申し訳ございませんが、屋内に入る際は靴を脱いで上がって頂けると助かります。脱いだ靴はこの箱にしまうことが出来ますので、ご利用ください」
俺が動かず玄関を観察していると、ノマドさんからそう説明を受けた。
やはり、思った通りエルフの住宅は、日本と同じく屋内土足禁止になっているみたいだな。
エルフの家なんて初めてではあるが、勝手知ったるなんとやら。
俺は手早く靴を脱ぐと下駄箱に靴をしまい、ノマドさんが用意してくれた室内用のサンダル……要はスリッパに履き替える。
「多くの人間種の方々は、靴を脱ぐことに戸惑ったりするのですが……もしや、スグミ殿はエルフの風習をご存知でしたか?」
そんな慣れた様子に違和感でもあったのか、ノマドさんがそんなことを聞いて来た。
「いえ、まったく。ただ、俺の故郷も似たような文化なもので、靴を脱ぐのに抵抗がないんですよ」
「そうでしたか。しかし、我々と似た風習を持つ人間の国があるとは驚きですね。ではこちらです。どうぞ」
そうして、俺はノマドさんの案内でリビングと思しき部屋へと通された。
板張りの床の上に、獣の毛皮を加工したような絨毯らしき物を敷き、その上に足の短い大きなテーブルがドンと置かれていた。
椅子やソファといった類の家具がないことから、多分、この毛皮の上に直に座るってことなんだろうな。
床の上に直に座るとか、エルフ文化ってやつは益々以て日本に似ているな。
あと、他にはあるものといえば、少々の調度品が置かれているくらいか。室内自体は、特に飾り気もないシンプルな感じだった。
「何処でもお好きな所へどうぞ。床の上に直に座るのは慣れないでしょうが、どうかお寛ぎください」
「それじゃあ」
何処でもいいと言われたので、俺は勧められるままテーブルの端っこに胡坐をかいて座った。
流石に、真ん中に堂々と座る勇気は俺には無い。基本的に、俺は隅っこに居たい人間なのだ。
「……もしかして、これも故郷の文化なのでしょうか?」
そこがノマドさんの定位置なのか、対面の中央に俺と同じく胡坐で座ったノマドさんがそんなことを聞いて来た。
ノマドさんの言う、これ、とは床に直接座ることを指しているのだろう。
“慣れないとは思うが”とも言っているし。多分、床に直に座るのは、人間社会では一般的なことではないみたいだからな。
なのに、何の躊躇いもなく座る俺を見て不思議に思った、といった感じか。
「そうですね。なので、俺に取っては珍しいことでもなんでもないんですよ。
まぁ、違いがあるとすれば、故郷じゃ座る時に座布団……綿が詰まった敷物の上に座ることくらい、ですかね」
「ふむ、中々に興味深い話しですね。私は人間の世界に詳しいわけではないのですが、少なくとも今までスグミ殿のような方とは出会ったことがありませんよ」
ノマドさんが興味を示したことで、日本の文化について少し話すことになった。
俺とて日本人ではあるが、そこまで詳しいわけではないので、適当に掻い摘んでの話しになってしまったことは仕方ない。
その中で、いくら似ているとはいえ日本文化にあってエルフ文化にないも。逆に、エルフ文化にあって日本文化にないものがいくつか分かった。
その一つが、エルフ文化に上座・下座といった概念が一切ないことだった。
エルフ文化において、座る場所は大して重要な要素ではないらしい。
もう一つは、食事の順番だ。
エルフの料理は一人ずつの小分けにはせず、一つの料理が大皿に盛られて振る舞われるのが一般的らしい。
品一つに対して、大皿が一枚といった感じだ。それを、各々が小皿に好きなように盛って食べるのだという。
それで、エルフが客人を持て成す時、小皿に取り分ける前に、まず大皿から家長がすべての料理を一度口にしてから客に振る舞うのが礼儀なのだそうだ。
これは昔、まだエルフが部族同士で対立していた時代、和睦の席で出された料理に毒物などが含まれていないことを示すための行為の名残なのだと、ノマドさんが話してくれた。
家長が大皿から一口ずつ口にすることで、毒物の類が含まれていない、安全な食べ物であると言うことを客人にアピールしているのだという。
日本じゃ間違いなく失礼に当たるだろうけど、ところ変われば価値観なんて違って当たり前、ということなんだろうな。
「今の時代、本当の意味での毒見として行っている者はいないでしょうけどね」
エルフ文化。似ている様で、所々違っていたりで興味は尽きない。
そんな感じで、気付けばついつい好奇心から色々と話し込んてしまっていた。
「……そういえば、奥さん達は?」
ふと、思い出したついでに、さっきから姿が見えない奥さんや妹ちゃんにつて聞いてみた。
「ああ、女衆でしたら今は料理の準備で竈の方にいるかと。
家内に何か御用でしたかな?」
「いえ、姿が見えなのでどうしたのかと思いまして」
そういえば、料理は女の仕事、みたいなことをソアラが話していたな。
今は料理中だったか。はてさて、どんな料理が出て来ることやら。ゲテモノが出て来ないことを祈るばかりである。
と、
「ただいまぁ~」
ガタン、と玄関が開く音とソアラの声が聞こえて来た。どうやら、族長のところから帰って来たみたいだな。
「ソアラ~。帰って来たならこっちを手伝いなさい!」
「えぇ~! 私、今帰って来たばっかり……」
「つべこべ言わずにさっさと来るっ!」
「は~い……」
母親に叱られ、トットットッと小走りする音が台所の方へと消えて行った。
しかし、誘拐事件からやっと故郷に帰って来たってのに、早々に料理の準備を手伝わされるとは、ソアラも大変だな。
まぁ、キャリッジホームの中じゃ寝てばかりだったから、差し引きゼロってところか。
「あ、あのっ! お茶をお持ちしましたっ!」
と、まるでタイミングを計ったように、奥からソアラの妹の……確か、アイラちゃんだったな……が姿を現した。
手にはお盆と湯呑が一つ。
アイラちゃんは俺の近くまで来ると、たどたどしい手つきで俺の前にお茶を置いてくれた。
「粗茶ですが、どうぞ」
「ありがとう」
なんとも微笑ましいそんなアイラちゃんにお礼をいうと、彼女は何を思ったのか手にしていたお盆を胸に抱き、すとんと俺の前に座ったのだった。
「は、初めましてっ! あのっ! 私、お姉ちゃんの妹のアイラって言いますっ!
お姉ちゃんのことを助けて頂き、本当にありがとうございましたっ!」
そう言って、アイラちゃんが深々と頭を下げる。
うむ。礼儀正しく元気で利発そうな子だな。なんだか、ソアラとはえらい違いだ。ホントに妹か? こっちが姉なんじゃないのか?
そんなアイラちゃんを見て、ふと、頭の片隅に“駄姉”という言葉が浮かんで、すっと消えて行った。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
一方その頃、台所では……
「あの……お母さま? 私、誘拐されて、ついさっきようやく自分の家に帰って来れたばっかりなのに、なんで料理の手伝いをしないといけないのでしょうか?
正直、凄く疲れておりまして少しはゆっくりしたのですが……」
「あの人間の方にはお世話になったんでしょ?
そのお礼としておもてなしをするというのに、一番お世話になったあんたが手伝わないでどうするの!」
「それは……そうかもだけど……
えぇ~、スグミさんにお礼って……何か違う気が……」
「ほらっ! 口を動かす前に手を動かすっ! 手をっ!」
パシンっ!
「きゃわっ! もうっ! お尻叩かないでよっ!」
「あんたがもたもたしてるのがいけないんでしょ? 後は焼くだけだから、ソアラに任せるわね」
「えっ? お母さん、何処に行くの!?」
「あの人間の方……スグミさんとおっしゃったかしら? 親として娘を救って下さったお礼の御挨拶に伺って来るのよ」
「えっ!? いいよいいよ! スグミさんはそういうの気にする人じゃないからっ! 放っておいて十分だから!」
「何バカなこと言ってるのっ! 娘を助けてもらってお礼も言わないなんて、そんな恥知らずなまね出来るわけないでしょ!!」
「うぅ……なんか嫌な予感しかしないんだけど……」
「ああ、そうだ。それ、エノクさんに無理言って譲ってもらったものなんだから、絶対に焦がしたりするんじゃないわよ? もし、ダメにしたら……分かってるわね?」
「ひぃぃぃ~! は、はいっ! 気を付けますっ!」
という、母娘の会話が繰り広げられているのだった。
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