最弱で最強な人形使いの異世界譚

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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五九話

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五九話

 隠し通路に入ると、そこは四方を石の壁に囲まれた細い螺旋階段に繋がっていた。ただ、ここは階段の中間のようで、昇りと降りがまだそれぞれ先に続いている。
 螺旋階段ということで先が見えず、また、まったく灯りが無いためにそれはまるで地獄の底まで続いているように見えた。

 しかし…… 

 残念なことに、化粧台を動かしていた装置は壁の後ろには見当たらなかった。何かが動く作動音はしていたので、何かしらの装置があることは間違いないはずなんだが……残念だ。
 となると、あるとするなら天井側か床下か……
 正直、探してみたい衝動に駆られはするが、今は自分の知的好奇心を満足させている場合ではない。
 
 俺より先に隠し通路に入ったセリカだったが、部屋から差し込む僅かばかりの明かりでは先が碌に見えず、入ってすぐの所でその足を止めていた。
 まさにお先真っ暗状態では、不用意に足を踏み出すことも出来はしない。うっかり足を踏み外したら、奈落の底まで真っ逆さまだ。
 それに、上に行くのかも、下に行くのかも分からないしな。

 そんな時、不意に背後から少しだけ光が差した。
 何かと思い、セリカ共々視線を巡らせると、背後に立っていた使いの男の手に、小ぶりのランタンが吊るされていた。
 通路側に、携帯用の照明器具が置いてあったらしい。
 明かりの質からして、廊下を照らしていたランプやシャンデリアと同じようなものが使われているのだろう。
 まぁ、それくらいの用意はあるか。でなけりゃ、どうやってこの先を進むんだって話だしな。

『下です。さぁ、どうぞ』

 言い方こそ丁寧だが、手にした短刀をちらつかせている辺り、これは歴とした脅迫だ。
 暗闇の中、頼りの灯りは背後にあり、そして螺旋階段という形状の所為で先がよく見えない中、それでもセリカは正面へと向き直ると、左手を壁に突き無言のまま、そしてゆっくりと階段を降り始める。
 緩やかに左へと曲る階段を、どれくらい降っただろうか……
 
 セリカの歩みが遅い所為か、それともただ単に階段が長いだけなのか、階段を延々と降るが一向に底に辿り着く気配がしない。本当に、奈落の底に向かっているような気分になる。
 更に降ること数分。
 高低差にして、十数メートル程降った所で、ようやく俺達は平らな床のある場所まで辿り着いた。
 そこは階段とは打って変わって、横幅の広い通路だった。
 とはいえ、明かりとなるものは使いの男が持つランタンのみなので、それほど広い範囲が見えるわけではなかったが。
 通路の中央には、通路の大半を占める程の溝があり、そこには水が流れていた。
 ここは下水路……なのか? 流石に“臭い”を共有化させるスキルは無いため、確認は難しいな。
 そういえば、町のあちこちに無料の水場や井戸があったことを思い出す。
 俺達が宿泊している宿屋の裏にも井戸があり、女将さんが使用は自由だと言っていた。もしかしたら、これはそれらに水を供給している水路なのかも知れない。
 っと、それはさておき。

 てっきり、地下牢か何処かに繋がっていると思ったのだが、見当違いだったか?
 それにしても……と、俺は改めて周囲を伺う。
 この水路、明らかにさっきまで降っていた階段と、質というか雰囲気がまるで違うな。
 この通路の石壁は、階段のそれよりずっと古びた様な……そんな、年季のようなものを感じるのだ。
 それに、地下水路と階段を繋ぐ接合部があからさまに後付した感がハンパない。つまり、元々あった地下水路に階段を増設したのだろう。

『ここは、遺跡、なのですか……』

 俺が感じたような違和感をセリカも感じていたのか、ぽつりと使いの男にそう尋ねる。

『これはこれは素晴らしいご慧眼をお持ちの様だ。その通り。ここは旧文明時代に作られた地下水路なのですよ。
 水源の遠いアグリスタで水に困らないのは、この地下水路があるからなのです。
 とはいえ、如何せん旧文明人が造った代物ですからね。今となってはその迷路の様な内部構造を詳しく知る者などなく、我々は先人の遺産をただただ有難く使わせて頂いている、というわけです。
 ですが……それ以外にも有効な使い道というのもありましてね……
 おっと、無駄話はここまでです。さぁ、先に進んでください』

 話はそこで終わりだとばかりに、使いの男は会話を打ち切ると、また先に進むように促す。

「なるほど、そういうことか。通りでセリカ達がいくら見張っても、尻尾を掴めないわけだ……」
「あの……どういうことですか?」
 
 俺が何気なく零した独り言に、ソアラがそう聞き返してきた。

「ん? ああ、つまりだ。アグリスタから遠い水源から水を引いているってことは、確実にこの水路はこの街の外まで伸びていることになる。
 あの男は中が迷路みたいだと言ってはいるが、おそらく知っているのさ。街の外へと繋がる道をな。
 屋敷と外部を繋ぐ直接通路があるのなら、外部の者に悟られずに何時でも誰とでも接触することが出来る。
 それこそ、攫ったエルフを誰にでも簡単に引き渡せるってことだ。要は、密売し放題ってことだな」

 地下をこそこそ移動しているのでは、いくら上を見張ったところで徒労でしかない。
 
「なるほどぉ~、あれっ? でも、そもそも何でわざわざ街に攫ったエルフを連れて来る必要があるんですかね?
 誰かに見つかる危険を冒してまで街に運び込むより、外で受け渡しをした方が安全だと思うんですけど……」
「そうだな……ぱっと思い付く理由だと二つある。一つは、追跡の目を切るため、だろうな」
「追跡の目?」
「外じゃ、何処に人の目があるか分かったものじゃない。最悪、後を着けられている可能性は、何時だってあるわけだ。
 だから一度、完全に追跡を撒けるそんなエリアが必要になる。この屋敷がそのエリアなのさ。 
 実際、セリカ達はこの街にエルフ誘拐の拠点があり、それにこの街の代官であるバハルが関与しているのではないか? ってことまでは嗅ぎつけていた。だが、そこから先に一歩も進めなかったわけだろ?
 こんなの、屋敷の地下に外部に通じる通路があることを知らななければ、手の出しようがないわな」

 その所為で、セリカ達は一ヶ月近くも何の成果も上げられなかったのだから。

「なるほど……それでは二つ目は?」
「利益の専有化、だな。
 正直、バハルって男が、直接エルフの売買を仕切っているとは俺には思えない。
 セリカも、エルフの誘拐は各地で起きている、みたいなことを言っていたし、バハルはより上位に存在する組織の一部、
と考えるのが自然だろうな。
 大体、そんな大規模なことをしていれば、流石にセリカ達が気付くだろ。となると、バハルがしているのはおそらく仲買人ブローカー的なことだと思うんだよ」
「ぶろーかーって何ですか?」

 そういうシステムがないのか、“なにそれおいしいの?”みたいな顔でソアラが聞いて来る。

「ん? あ~、そうだな……商人から仕入れた商品を、商人に売る商人って言ったら分かるか?」
「……なるほど」

 はい。分かってないなコレは……

「そうだな。今回の場合だと、例えばエルフを欲しいと思っている奴が居たとするだろ? だが、そいつにエルフを直接攫ってくる方法がない場合、さてどうする?」
「……誰かに頼む?」
「だな。伝手のある奴に頼むのが普通だ。それが、バハルになるってことだな。
 バハルは賊にエルフを攫ってくるように命じて、上手くエルフが捕らえられれば、それを頼んで来た奴に渡す。とまぁ、そんな感じだな」

 多分、そのバハルを操っている奴が、今回の事件の黒幕だろうな。
 あの使いの男の言葉からも、まだ先にエルフを渡す存在が居るようなニュアンスが感じられたしな。

「はぁ~、なんとなく分かりました。でも、何でそんな面倒なことを? 捕まえたなら、そのまま欲しいという人に渡せばいいんじゃないですか?」
「それじゃ、バハルになんの旨みもないだろ? 賊には適当な金額を払って、それよりずっと多い金額を依頼主から貰えば、差分がまるっとバハルの儲けになる。
 そうすれば、賊がガンバレばガンバっただけ、バハルは何もせずにカネだけがガッポガッポと舞い込んでくるって仕組みなんだよ」
「そっ、それは、なんだか凄い話ですね……」

 ソアラなりに理解はしてくれたようで、へぇ~、と感心したように声を上げる。
 まぁ、実際はいうほど簡単にはいかないんだろうけどな。
 それに、こうして関係性を小刻みに区切ることで、末端が捕まった時に頭まで直接繋がらないようにする、という危機管理の側面もある、と俺は睨んでいた。
 構造的には特殊詐欺事件、所謂オレオレ詐欺と殆ど同じだ。
 “出し子”や“受け子”と呼ばれる実行犯が、今回でいうならソアラを攫った賊やクズームを初めとした汚職に手を染めた騎士達であり、“指示役”がバハル、でその上に犯罪組織の幹部、つまりババルに指示を出している者達の存在へと続く。
 この構造なら、末端が幾ら捕まったところで直接上の奴らに繋がることはない。
 精々、今回のように、賊を捕らえても辿り着けるのはバハルまでだ。
 そのバハルとて、おそらくは使い捨てのコマだろう。いざとなったら、セリカ達騎士団より先に組織の者によって処分されるような立場だということだ。
 また、俺はそのバハルを監視する組織の人間が奴の近くにいるのではないか、と睨んでいた。ちょんぼをした部下を処分する役割の存在だな。
 今のところ、それがこの使いの男なのではないか、というのが俺の予想だ。
 バハルの部下、という立場にしては色々と詳しく知り過ぎている感があるんだよなぁ……あいつ。
 ただ、何でもかんでもベラベラ話し過ぎなのは気になる。幾ら捕まらない自身があるにしても、話し過ぎではなかろうか?
 最終的に、私の完璧な計画がぁ! とか言って簡単に死んで行きそうな気がするよ。
 まぁ、これは素人推理なので、全然違う、なんてこともありそうだろどな。
 
「それにしても、スグミさん。そんなこと、良く気付きましたね」
「まぁな……」

 ゲームや小説、映画なんかでは割とポピュラーな設定ですから……とは言えなんわな。
 俺が賊の手口の解説をソアラにしている間に、セリカは目的の場所に連れてこられたようだった。

『着きましたよ』

 そこは牢屋だった。あっ、やっぱり牢屋あるのか。
 造りからすると、初めからあったものではなく、壁をき後から増設した物の様に見えた。
 造りは非常に荒く、セリカ程の力であれば容易に破壊出来そう代物だが、普通の村娘が壊すのは、まぁ無理な感じだな。
 使いの男は牢の鍵を開けると、格子状の扉を開く。
 碌に手入れをしていなかったのだろう。扉は開くのに合わせて、キィキィと耳障りな音を立てた。

『どうぞ、こちらへ』

 相も変わらず優雅な仕草で中に入るように、使いの男がそう指示する。
 セリカは特に逆らうような素振りを見せることもなく、素直に牢へと入って行った。
 セリカが中に入ったところで、扉を閉め施錠する。

『そう不安がることはありません。ここにそう長く居ることはないと思いますので。それでは、ごきげんよう』

 それはつまり、エルフの受け渡しが近いってことか……
 使いの男は、それだけ言うと元来た道を戻って行った。
 唯一の光源が使いの男が持っていたランタンのみだったため、すぐさま周囲は自分の手すら碌に見えない闇に包まれてしまった。

「ありゃりゃ……真っ暗になっちゃいましたね」
「大丈夫だ。ちょっと待ってろ」

 このままでは流石に困るので、暗視機能をオンにする。これでうっすらとだが周囲が見える程度には視界を確保出来た。
 一応、百里百足にもエテナイト程ではないにしろ、暗視機能が搭載されているのである。なにせ、こいつの本来の用途は探索用なのだからな。
 一応、小型のライトが搭載されてはいるが、使いの男が近くにいる今はまだ点けるべきではないだろう。
 それから少しすると、響いていた足音も聞こえなくなり、暗闇と水が流れる音だけがこの地下世界を支配する。と、

『あの……貴方も攫われて来たのですか?』

 ふいに、暗闇の中かからか細い女性の声が聞こえて来た。どうやら、セリカの前に捕らわれていた人がいたみたいだな。

『誰だ?』

 使いの男が居なくなったからか、セリカの口調が普段のそれへと変わっていた。

『貴女の前に攫われて来た者です』
『……そうか。ここに居るのは貴女一人なのか?』
『いいえ。私以外にもう一人……』
『分かった。少し待ってくれ。このままでは話もし難い。
 “我が求めるはしるべの明かり、迷いし者を誘う光よここにあれ。照光ルクスっ!”』

 呪文? だろうか。セリカがそう口にすると、突然、セリカの手の上に光る玉が現れた。
 その玉は、眩しいという程ではなく、少し明るめの蝋燭のような柔らかな光で牢獄内を優しく照らし出す。
 『アンリミ』のライトという、周囲を照らす魔術とよく似ているな。

『そんなっ! 首枷を付けられているのに、なんで魔術がっ……!』
『これは偽物なんだよ。何も付けていないと怪しまれてしまうだろう?』

 驚く女性に、セリカは事も無げに首枷をコツコツと叩いて見せた。
 この首枷は、俺が適当な金属を使って作ったダミーだ。取り外しも楽に出来るように設計されており、少し引っ張れば簡単に取れる様になっている優れものだ。

『貴女は一体……』
『その話は順を追ってしよう。その前に、もう一人というのは?』
『あっ、えっと……多分、牢の隅の方にいると思います……』
『分かった』

 視界を巡らせれば、確かに女性の言葉の通り、もう一人は牢の隅で小さくなって震えていた。

『大丈夫か?』
『…………』

 セリカが寄り添い、声を掛けるが返事はない。動いているので、死んでいるなんてことはないのだろうけど…… 

『この子は私より前に攫われていた子なんですが、その……精神を病んでしまったようで、話し掛けても碌な会話も出来ず……
 私がここに連れてこられた時には、もう……』

 そりゃ、助けは来ない、何時殺されるかも分からない、しかも真っ暗な場所に何日も閉じ込められる、そんな絶望的な状況の中じゃ心が疲弊して病んでしまったとしても、それは仕方ないのかもしれないな。

『酷いことをする……』

 セリカの言葉に激しく同意。俺も同じことを思ったよ。隣では、ソアラも同じようにブチキレていた。
 ただ、ソアラさんや。貴方が怒っているのは分かったから、取り敢えず俺を叩くのは止めてくれ……HPがガンガン削られて行くから……

「スグミさんが助けてくれなかったら、もしかしたから私もああなってしまっていたのかもしれないんですよね。私はただ、運が良かっただけで……」

 最後に、俺を叩いた手を止めると、そのまま俺のローブをぎゅっとソアラは握りしめた。

「スグミさん。勝手なお願いですが、あの子達も助け出して下さいっ! お願いしますっ!」

 心を病んでしまった彼女と、あったかもしれない自分の未来を重ねて見ているのか、ソアラは必死な目でそう俺に懇願して来た。

「当たり前だ。ソアラに言われんでも、セリカ達に手を貸すと決めた時から捕らわれているエルフがいたら助けるのは確定事項だよ。
 だから、そう心配そうな顔をすんな。な?」

 俺は、瞳に涙まで貯めて訴えるソアラの頭を軽く叩く。
 他人の為に、涙を流せる人は優しい人だと誰が言った。きっと、その通りなのだと思う。
 短い付き合いだが、ソアラという少女がそういう子なのだということはなんとなく理解していたつもりだしな。
 さて、これなら今更ちまちま証拠探し云々をする必要はもうないな。
 さくっと彼女たちを救出し、ぱぱっとこの事件を片付けてしまうではないかっ!
 

 
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