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五三話

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 パカラン パカラン と、馬車を走らせ向かったのは自由騎士組合の裏手口。
 ここには馬車ごと通れるような大きな扉があり、俺はそこで待機していたセリカの部下である若い男騎士に手で合図を送る。
 と、男騎士が扉を開け、俺が通過し終わると手早く閉じた。
 ここは、自由騎士組合の物資搬入所。勿論、ここに来たのには訳がある。
 
「その様子からすると、首尾は順調のようだな」

 俺が馬を止めると、男騎士が近づき、そう声を掛けて来た。
 彼は強面ゴリマッチョ蔓延はびこるセリカの部下の中で、数少ない細身のイケメン騎士であった。

「ああ、賊の一部はあんたのお仲間に引き渡して、残りは全部門番に渡したよ。
 セリカも無事、街門の詰め所に潜入完了。あとは、あちらさんの行動待ちだな」

 俺はイケメン騎士に言葉を返し、御者台から降りると指に嵌めていた変身リングを外し、男騎士に向かって軽く放り投げた。
 イケメン騎士は、それをパシリと綺麗に掴む。

 ここに来た目的。それは、賊の眼を引き付ける囮役を、このイケメン騎士へと引き継ぐことだ。
 ただし、俺(中年商人)と王国騎士団が繋がっていることは、絶対に賊側にバレないようにしなくてはいけない。
 バレて向こうに警戒されてしまっては、何のための囮だか分からなくなってしまうからな。

 そこで、この自由騎士組合を利用することにしたのだ。
 ここには日夜、様々な業者がやって来ては、自由騎士組合に大量の商品を納品している。
 自由騎士組合は、依頼の斡旋だけではなく、食堂の経営や各種アイテムなどの物販も行っているので、行商人の馬車が一台、自由騎士組合に入って行ったところで、それを気にする者など一人も居ない。
 
 ただ、この囮作戦には大きな危険が伴うため、本当なら実力のあるベテラン騎士が抜擢されるはずだったのだが、悲しいかな、ゴリラ共の指に指輪が入らなかったために、消去法的人選でこの若きイケメン騎士となったのだった。
 てか、変身リングは装備者に合わせてサイズが自動修正されるはずなのだが……
 ゴリラは対象外、ということなのか?

 とはいえ、彼とて女王麾下の特殊部隊に歳若くして取り立てられた実力者だ。他の騎士に実力的に劣るということはないらしい。
 まぁ、セリカが太鼓判を押すのだから、間違いはないのだろう。
 それに、彼は弱小貴族の次男坊ということもあり、そろそろ目に見える武勲が欲しいと、やる気は他の騎士よりも遥かに高かった。
 功を焦って空回りしなければいいが……

「ただ、こっちの方は不発かもな。アピールはしたつもりだったが、残念ながら着けられた感じがまったくしなかった」

 俺はそう言いつつ、着ていた服を手早く脱いで、それをイケメン騎士に渡す。渡したのは、上着とズボンだ。
 変身リングは、顔と体系を変えることは出来ても、服装を変えることは出来ない。だからこうして、リングだけでなく服も渡しておかなければならなかった。
 でなければ、入った時と出て来た時で服装が変わってしまい、賊に怪しまれかねない。
 本当なら、同じような物を二つずつ用意するはずだったのだが、どうしても上着とズボンだけ揃えられず、現場にて現物を渡すしかなかったのである。

「折角ブルックに許可まで取って、ここを合流ポイントにしたってのに……この釣りは失敗かもな」

 俺は、インベントリにしまっていた自前の服に着替え終わると、そう言葉を結ぶ。
 街門を発ってからというもの、俺は持てる感知スキルを全開にして周囲を探っていたのだが、生憎と街門から誰かが俺の後を着けて来るような気配はまるで感じられなかった。
 もし尾行する者がいれば、ここでイケメン騎士と交代した上で、所定の位置まで誘導して捕縛する作戦だったのだが……

「いや、失敗と判断するには時期尚早だ。奴らが本格的に行動するとなれば、おそらくは人目が減り寝静まった深夜、もしくは、この街を出て孤立した街道で、といったところだろう」

 確かに、いくら無法な賊とはいえ、人目の多い昼の街中で目立った行動なんてしないか。
 なにこのイケメン? 手柄手柄と焦っているのかと思ったら、思いの外ちゃんと考えて行動してるようだ。
 すまん。イケメン騎士君、若くて顔が良いから大したことはないだろう、と完全に見縊みくびっていたよ。

「何にしても、作戦はこのまま続行する。兎にも角にも、まずは奴らにこちらの所在を知ってもらわねば、夜襲も掛けてはもらえんからな」

 イケメン騎士はそう言うと、俺から受け取った指輪を自分の指へとすぽりと嵌める。
 
「どうだ? これで姿は変わったのだろうか?」
「ああ。ばっちり中年デブになってるぜ? そうなっちまうと、折角のイケメンも台無しだな」
「顔の良さなど騎士には不要だ。騎士の本懐とは、民の安寧を守る守護者であることのみ」

 なにこのイケメン!? 性格までイケメンかよっ! クソがっ! ぐぬぬぬっ。
 ……いかん、顏が良いから、正しいことを言っているはずなのに、正当に評価できない自分がいる。
 なにせ、俺の座右の銘は“イケメン死すべし、慈悲はない”だからなぁ。
 ひょっして、武勲が欲しいと言っていたのも、名声や自己顕示といった自分のためではないのかもしれない。
 彼の家は弱小貴族だと聞いているからな、もしかすると家の為か、それとも領民の為か……

「どうした? スグミ殿? 随分と険しい表情をしているようだが?」
「いや……なんでもないんで、お構いなく……」
「? そうか?」

 俺を見て訝しむ(今は中年オヤジと化した)イケメン騎士を他所に、俺は御者台に座らせていた甲冑人形を回収。
 今はまだ別の場所で作戦行動中なのだが、後で人形の代わりとなる甲冑を着こんだ騎士と、他にも襲撃警戒部隊として数人の騎士と合流予定になっている。
 イケメン騎士は全員が集合したあと、街の各所を回り、指定宿屋で一晩を明かし、後にこの街から離れる予定になっていた。
 この何処かのタイミングで、敢えて賊からの襲撃を受ける。というのが、ここからの彼らの任務となる。
 危険な任務ではあるが、賊を捕らえることが出来れば、貴重な情報を入手するチャンスでもある。
 彼らには是非とも頑張って欲しいものだ。

「んじゃ、気を付けてな」
「そちらこそ、武運を」

 別れ際、俺がそう言うとイケメン騎士が、軽く拳を持ち上げて俺へと向かって突き出した。
 所謂、グータッチというやつだ。
 こっちでも、そういうのあるんだな……
 なんて思いつつ、俺はイケメン騎士の拳に、自分のそれを軽く押し当てた。

「あっ、そうだ。もしもの時はこれを使ってくれ」
「? これは……」

 俺はインベントリから数本のHP回復ポーションを取り出すと、それをイケメン騎士君に押し付けるようにして渡した。
 ただ、一山いくらのサービス品で申し訳ないとは思うが、無いよりはマシだろう。
 今回の作戦の立案はほぼほぼ俺だ。それで何かあって、騎士団の奴らに死人が出ようものなら、後味が悪くてしかたない。
 それが喩えイケメンだとしても、だ。

「これはっ! もしや、魔術薬かっ!? いいのか!! こんな貴重な物をっ!」
「言う程大したもんじゃないさ。それに、これからもこの国の人達の為に働きたいんだろ?
 だったら、生き残る手段は一つでも多く持っておいた方が良い。違うか?」

 俺はイケメン騎士の肩を軽く二、三度叩くと、踵を返して背を向けた。そして、背中越しに手を振って、別れを告げる。

かたじけい。この恩は、いつか必ず……」

 だから、そういうのは堅苦しいってぇの。
 俺はインベントリから一着のローブを取り出すと、それを羽織って自由騎士組合のロビーへと向かい、正面玄関から何食わぬ顔で大通りへと出て行った。
 さて、次はイオス達との合流だな。
 
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