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四二話

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「もぐもぐもぐもぐ……
 それで、スグミさんは明日どうするんですか?」

 昼間立ち寄った食堂兼宿屋『飛び跳ねる兎亭』……という、名前だったとさっき知った。実際店に居るのは兎というより、ブ……ゲフフン……へと戻った俺たちは、夕食を食べつつ明日のことについて話し合っていた。

 ちなみに、今食べているのは『モルンコルンの香草焼き』と『ホタホタのスープ』、あと塩漬けされたサラダ……というか、漬物だよなコレ? とパンと水である。
 余談だが、モルンコルンは大型の草食動物で、ソアラの話を聞く限りでは大型の豚だか牛に近い生き物の様だ。
「顔がべちゃっと潰れていて、凄く不細工なんですよ。でも、そこがカワイイんですっ!」とソアラが言っていたが、こればかりは現物を見てみないとまったく想像出来ん。
 ホタホタは、丸くてゴツゴツした芋とのことだが……ジャガイモか?
 しかし、味はどちらかというと甘く、カボチャとトウモロコシの中間といった感じだった。
 
「そうだな……俺が本格的に手を貸すのは明後日からだから、明日はこの街の観光でもしてみようかなって思ってるよ。
 午前中に歩き回ったとは言っても、あの時はそれどころじゃなかったからな。今度はじっくり見て回りたい」

 それに、散策していて気になる場所もいくつかあった。
 武器屋とか防具屋とか、ファンタジーでは定番だが、実際はどういう物が売られているのか、興味は尽きない。あとは、道具屋とかもかな。

 あっ。そうだ。すっかり忘れていたが、自由騎士組合で洞窟で捕まえたあのデカい蜥蜴を買い取ってくれるか聞くのを忘れていた。
 まぁ、亜空間倉庫に入っている限り腐敗などはしないので、持っていくのは何時でもいいといえばいいのだが、売れるものなのかどうかくらいは早めに知っておきたい。
 手元の金銭も、無限にあるというわけではないからな。
 明日、ついでに聞きに行ってみよう。

「あっ、それなら私も着いて行っていいですか? 人間の街って興味あるんですよ」
「ん? ソアラは休んでなくていいのか? 昨日今日と、いろいろあって疲れてるだろ?」

 俺がそう尋ねると、ソアラが若干暗い表情で苦笑いを浮かべた。

「その……今は一人になる方が怖いかなって……」

 見知らぬ土地で、一人きり。安心より先に、不安が立つということか……
 すっかり明るく元気になっていたし、イオスという同郷の者にも会えたことで彼女の緊張もいく分和らいだかと思っていたが、そう簡単なものでもないらしい。
 そりゃそうか。つい昨日まで、ソアラは賊に捕まっていて、しかも俺と出会った時には命の危機に瀕していたのだ。
 忘れるには、あまりに時間が短すぎる。
 それに、頼りのイオスだって己が使命がある。ソアラの傍にずっと着いていられるわけでもなし。

 少し考えれば分かりそうなことなのに、ソアラの見かけの明るさにすっかり騙され、もう不安などないと勝手に思い込んでいた自分に猛省。
 
 ただ、ソアラが一人でいることより、俺と一緒にいることを選んだのは、正直嬉しいと思った。
 それはつまり、一人でいるよりは安心出来ると、俺のことをそれなりに信用してくれているということだからな。

「んじゃ、明日は街中で俺とデートだな」
「えっ!? 違いますよっ! 一緒に、お出かけするだけですからっ!」

 と、俺が冗談めかしていうと、ソアラが案の定猛烈な勢いで否定してきた。

「う~ん、今のは全然余裕で想像出来る範囲のリアクションで面白味に欠けるな。
 例えば、何の躊躇いもなく「いいですよ」と答えるとか、お兄さんはもっと機転ウィットに富んだ反応が欲しかったよ。
 総合的に判定して、今のリアクションはマイナス114514点。
 これじゃ、全国予選も通過できんぞ?」
「それは何の採点で、そのゼンコクヨセンって何ですか? しかも、マイナス点が妙に多いし……」

 俺がそうソアラのリアクション芸に対して批評を下すと、ソアラは呆れたように溜息をついた。
 
「まぁ、今のは軽い冗談だが、なんだよ? ソアラは俺のことがそんなに嫌いなのか? お兄さんはちょっぴり悲しいんだゾ」
「……なんですかその話し方? 正直キモいです」

 ちょっと茶目っ気を出しただけなのに、酷い言われようである。

「まぁ、嫌いとか、そういうことじゃなくて、デートって想い合う二人がするものじゃないですか?
 私とスグミさんは……そういう関係ではないですし……」
「そっか。そいつは残念だ。デートしてくれたら、この心優しいお兄さんが何でも好きな物を買ってあげようと思っていたんだけどな……」
「……なんですと?」

 俺がそう言うと、ソアラの瞳がギラリと光った……ような気がした。現金な奴め。

「でも、デートが嫌だって言うなら仕方ない。無理強いは良くないからな。
 明日は俺一人で出かけるから、ソアラは一人、宿屋で大人しく留守番でもしているんだな」
「デートではなく、ただ一緒にお出かけするという選択肢はないんですか……」
「ないなっ! 男女が連れ立って街中を歩くことを、俗世間ではデートと言うのだよ!」
「それ、デートの定義が広過ぎですって……」
「さぁ! お兄さんと楽しくお買い物デートをするか、一人寂しく留守番をしているかっ! 好きな方を選ぶがよいっ!」
「で、またそれですか……」

 俺の不本意な二者択一に、ソアラがまたぞろ呆れの溜息を吐く。

「はぁ~、はいはい。もぉデートでもなんでもいいですよ……お出かけします。
 ただ……言ったことは守ってもらいますからねっ!
 スグミさん、何でも好きな物をって言いましたよね? だったら、大量に買いまくって、ケツの毛まで毟り取ってやりますよっ! 
 こうなりゃ、爆買いですっ! 大人買いですっ!」
「まぁっ! 淑女が“ケツの毛”とか、おげふぃんなことを言うものじゃありませんことよ?」
「うるせぇですっ! あと、その話し方もキモいから止めてくださいっ!」
「さっきからキモいキモいって、酷いこと言うな……ボクちんの繊細な心はもうズタズタだよ……」
「何が“ボクちん”ですか。よく言いますよ、暗黒呪術でも汚染されなさそうなくらい、タフな精神してるくせに……」

 まぁ、実際、呪い系の効果に掛からないアイテムを装備しているので、効かないのは事実なのだが、それを話すとまたややこしくなりそうなので黙っておくことにした。
 てか、暗黒呪術ってなんだろうか? 気になる。今度聞いてみよう。

 こうして、ソアラとデートの約束(?)を無事(?)取り付け、俺たちは食後に運ばれて来た果実デザートを食べることにした。
 ちなみに、これが女将さんが言っていたサービスの品だ。
 ママンゴと言う黄色い果実で、流石に冷えてはいなかったが、ねっとりとした甘みの強い果物で、なかなかに美味しかった。
 これで冷えていればもっと美味かったのだろうが、冷蔵庫なんてあるわけもなく、それは高望みというものだろう。

「へぇ……湯場ねぇ」

 で、女将さんとなんとなく世間話をしていたら、近くに湯場……銭湯のようなものがあることを知った。
 昨日は洞窟で野宿だったからな、体が洗える場所があるのは有難いことだった。
 走って汗もかいたし、服だって洗濯なり着替えるなりしたい。

「私っ! 行きたいですっ!」

 特にソアラはここしばらく、体を洗うどころか拭くことすら満足に出来ていなかったので、一度ちゃんと体を洗いたいとのことだった。
 話題にこそ出さなかったが、体臭のことを気にしていたらしい。

「スンスン……ん~、別に気にするほど臭いとは思わな……げふんっ!!」

 体臭など自分では分かり難いのだろうと、折角俺が気を利かせて体臭を確認してやったというのに、何故かソアラに全力でブン殴られた。
 おいおい、今のでHPが半分吹っ飛んだぞ!

「スグミさんにはデリカシーってもんがないんですかっ!」
「気にしてたみたいだから、確かめてやろうと思っただけだろ? これは優しさだよ?」
「デッカいお世話ですっ!」

 と、そんなひと悶着はあったものの、俺とソアラは二人で連れ立って銭湯に行くことにした。

 女将さんに言われた通りに道を進めば、でっかい建物に辿り着いた。
 周囲より若干むっとした熱気を感じるので、ここが銭湯で間違いないだろう。
 建物に入ると、正面に番台らしき台があり、そこにお姉さん(おそらく、三十路くらい)が一人座っていた。

 俺たちは正面まで行くと、お姉さん(近くで見ると結構小じわが目立つな……実は四十路過ぎかも)から複数の小穴が空いた木の板を手渡された。
 俺が初めてだと告げると、お姉さん(四十代、たぶん)が、にこやかに説明してくれた。

 なんでも、施設内では様々なサービスを受けることが出来て、サービスを受けるとその内容を示す色付きの棒が穴に嵌めらけれて行くのだそうだ。
 で、湯場を出る際に一括して清算するシステムらしい。

 意外と画期的な方法で清算するんだなぁ、とちょっと感心してしまった。

 お姉さん(精神的には、きっと若い)から一通りの説明を受けて、早速中へと向かう。
 入り際、お姉さん(気持ちはいつまでも二十代)から木の板は首から下げておくといいとアドバイスを受けたので、その通りにする。

 男湯と女湯で入り口が分かれていたので……まぁ、当然といえば当然なんだけど……ソアラとはここで一旦お別れ、後でまたここで合流することにした。
 
 中に入ると最初に脱衣所があり、既に結構な数の先客で賑わっていた。
 壁に、鍵どころか扉すらない枠のみの棚が設置され、そこに衣服などをしまって入浴するようだ。
 ただ、財布などの貴重品は、専用の預かり係りに渡しておけば、確り保管してくれる、とお上りさんよろしく、辺りをキョロキョロしていた俺に案内員コンシェルジュらしき男性が近づいて来てそう丁寧に説明してくれた。

 実際は、窃盗などを監視する警備員だったようで、俺の行動を不審に思い声を掛けた、とのことだった。
 すまんね、初めてなもんで。
 恥ついでに、入浴に対するマナーや入り方などを聞くと、概ね銭湯のマナーと違いは無かった。
 騒がない、暴れない、他人の体をジロジロ見ない、などなど……

 ただ、俺が想像していた銭湯……お湯を貯めて、体を浸けるタイプのものではなく、ここではデカいサウナのような感じの場所だったので、入ってから出るまでの手順が少々違った。

 まず、温度の高いサウナで確り体を温め、たっぷりと汗を流す。
 こうすることで、体に付着した汚れ・垢を柔らかくし、落とし易くするのだそうだ。
 次いで、体を洗う。
 普通は自分で洗うのが一般的ではあるが、ここでは、専属の垢擦り師がいて、頼むと全身をくまなく洗ってくれるよらしい。
 勿論、有料サービスである。
 折角なので、垢擦り師さんに頼むことにしたら、何かの毛で作られた鍋掴みみたいなヤツで、全身泡でモコモコにされた。
 垢擦りの方はテレビ番組なんかでよく見る、力任せに全身ゴリゴリされて激痛で悲鳴をあげる……なんてこともなく、普通に洗ってくれた。

 はて、他人に体を洗われるとか、何時以来のことか……
 恥ずかしいような、くすぐったいような……だが、まぁ、王様にでもなったような気分が味わえて、悪い気はしないな。

 てか、石鹸があることにビックリだよ。
 垢擦り師に素材を聞いたら、サポアンという木の実を磨り潰し水に浸けて作った薬液に、いくつかの薬草の煮汁を加えた物を使っているのだと教えてくれた。
 思った以上に石鹸だな、と妙なところで感心してしまう。

「これを使って洗うと、驚くくらい綺麗になるんですよ」

 ムクロジという、洗剤としての効果を持つ植物も実際あるので、似たよう植物がこの世界にあっても不思議ではないよな。
 ちなみに、ムクロジが洗浄効果を持つのは、サポニンという界面活性作用を有する物質を多く含んでいるからだ。

 洗い終わると、俺が下げていた木の板に、赤い棒が一つ差し込まれた。
 なるほど、こういうシステムなのね。理解しました。 
 しかしこんなの、棒を引っこ抜いてそこら辺に捨てられたら、もう分からないじゃないか?
 と思い、試しに引っこ抜いてみようとしたのだが、思いの外ガッチリハマっていて、指の力だけでは抜けそうになかった。
 この棒を抜くには、何か特別な道具か何かが必要だな。まぁ、俺が非力過ぎるってだけの話しかもしれないが。
 とにかく、なんだかんだで良く出来ているもんだ。

 で、今度は少し温度が低めのサウナでじっくり汗を流し、最後に冷水で体を洗い流してお終いだ。

 湯上りに、火照った体をでっかい団扇で扇いでくれるサービスを行ってたので、これも受けることにした。勿論、有料だ。
 脱衣所の扇風機の代わり、といった感じか。
 終わると、今度は緑の棒を差し込まれた。

 すっかり汗も引き、すっきりしたところで着替えて男湯を出た。
 まだソアラは出てきていないようなので、番台……でいいのか?……の前で、ソアラが出て来るのを暫し待つ。
 それから少しすると……

「すいません。お待たせしましたか?」
「いや、俺もさっき出て来たところだよ」

 と、ソアラが奥から出て来てお決まりの言葉を言い合う。
 風呂上がりのソアラは、白のシャツに緑の短パン姿をしていた。露出が意外と多く、そこに湿った髪が肌に張り付いて、なんとも艶めかしい限りだ。
 しかし、こうして薄着になるとソアラの胸の貧相……げふんっ、慎ましさがよく分かるな。
 確か、歳は一七と言っていたか? とてもそうは見えんな……
 最近じゃ、中学生だってそれなりに発育がいいぞ?

「むむ? 今何か失礼なこと考えましたか?」
「い、いや、そんなことはない……ゾ?」

 妙に勘のいいソアラから、ついっと目を反らす。
 ちなみに、この服は湯場に来る前に道中で買い揃えたものだ。
 なにせソアラに関しては、服どころか下着すら持ち合わせがない状態だったからな。他にも、替えの服や下着を数着に、日用雑貨などもいくつか購入している。
 で、その時ソアラがどんな下着を買うのかこっそり見に行ったら、無言のままブン殴られた。
 ちょっとした好奇心なのに、酷いことをするものだ。

 ついでに、俺も同じ店で部屋着用の服を数着と、トランクスタイプの下着を数枚購入している。
 ソアラにどんなパンツがいいか意見を求めたら、やっぱり無言のままブン殴られた。
 ちょっとしたアドバイスを求めただけなのに、酷いことをするものだ。

 なんて話はさておき。
 俺はソアラと合わせて、手にしていた木の板を番台のお姉さん……もういいか、おばさんに渡して清算を済ました。

「垢擦りとか団扇で扇いだりとか、色々なサービスがあって面白かったな。女湯はどんな感じだったんだ?」
「こっちも凄かったですよ! 香油のマッサージだとか、髪のお手入れとか。あとっ! お風呂上りに果実水を魔術で冷やしてくれるのとかありましたっ!
 まるでお姫様にでもなった様な気分ですよっ!」

 興奮冷めやらぬ、といった感じで鼻息荒くソアラがそう捲し立てる。

「なるほど。それ全部受けたから、ソアラの入浴料あんなクッソ高かったわけか。俺の三倍くらいあったぞ?」
「ひゅ~、ひゅ~、何ノコト言ッテルカ、私、ワカリマセン」
「何で急にカタコトなんだよ? てか、口笛吹けてねぇし……」

 そう指摘すると、ソアラの奴、急にそっぽを向いて誤魔化し始めた。
 まぁ、別にいいんだけどさ。どうせこれらの資金は、全部ソアラを攫った賊共から巻き上げたものだ。
 当然、ソアラにも迷惑料としてこのカネを使う権利がある。
 だが、当の本人はそのことに気づいていないのか、全部俺の物だと思っている節があった。
 面白いので、別に教えてやるつもりはないが、同時に、ソアラがこの金をどう使おうが、俺から口を挟むつもりも毛頭なかった。

 明日の買い物も、本当の目的はソアラにこのカネを使わせることにあるのだ。
 少しでも、嫌な思い出を楽しい物に換えてくれればいいと思うが……

 俺達はそのまま、適当な会話を続けながら宿へと帰った。
 宿へと戻ると、二部屋予約していたはずが、手違いで一部屋しか予約が取れていなかった、とか、あまつさえ他に空き部屋がない、とか、しかもベッドがツインではなくダブルだったとか、仕方ないからダブルベッドで一緒に寝ることになった、とか……とか……
 そんなおいしいお約束など一切なく、一切なくっ!
 俺とソアラは部屋の前で別れて、それぞれの部屋で就寝することになった。

 女将さんめ……丁寧な仕事しやがって……
 いや、まぁ、それでいいんだけど……いいんだけどさぁ……ちょっとくらい、何かアクシデントがあってもいいのよ?

 オプション画面で時刻を確認すると、まだ午後の九時前だった。
 超夜型人間である俺としては、まだ寝るには速いと思っていたのが、なんだかんだで濃密な一日だったこともあり、ベッドに寝転がると急速に睡魔が襲って来た。

 結局、特にすることもなかったので、そのまま就寝と相成り申した。では、おやすみなさい。すやぁ~。


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