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三一話

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「そんなことがあったのか……スグミ殿、ソアラを助けて頂いたこと、同じ里の者として、そして、彼女の父母に代わり礼を言う。ありがとう」
「これはソアラにも言ったことだけど、元々は見捨てるつもりだったんだ。
 たまたま助けるって流れになっただけのことだから、そんなに感謝されても正直困る。だから頭を上げてくれ」

 俺に向かって深々と頭を下げるイオスに、慌てて頭を上げる様に促した。

「喩え偶然にせよ、結果としてソアラが助かったことは事実だ。
 もし、スグミ殿に出会っていなかったと考えると……ゾっとする」

 そう言って、イオスは苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をした。
 まぁ、あそこで出会わなければ、ソアラは“お薬”に加工・・されていたわけだから、その気持ちは分かるわな。

「しかし、遂にオファリアにまで賊の手が伸びて来たとは……これは早急に手を打たないとまずいな」

 ソアラとイオスが住んでいた村、オファリア村はエルフの集落の中では一番人間の街に近い村なのだとイオスがそう言っていた。
 人間の街に近いとなると、誘拐事件も多そうに思えるが、実際はその逆で人間の街に近いからこそ人の目、騎士団の目も近く、今までオファリアでは一度も誘拐事件は起きていなかったらしい。
 むしろ、人里から離れた辺境の集落の方が被害が多いのだという。

 警備がザルそうな宝石店でも、目の前にでっかい警察署があれば強盗に入り難い、みたいなものかと勝手に思った。
 そこに来ての今回のソアラの誘拐事件だ。
 エルフ誘拐犯たちが、なりふり構わず手あたり次第になってきているのではないかと、イオスが気を揉むのも当然の話しだった。

「ふむ。で、そのソアラを攫った下手人たちはすべて捕らえ、今は縛って街道に放置されている、と?」

 ここで、今まで黙って俺たちの話を聞いていたセリカがそう問いかけて来た。

「ああ。流石に連れ歩くわけにもいかなかったからな。一応、こいつら賊だから近づくな的な看板は立てて置て来たから、誰かが善意で逃がすってことはないと思うけど、回収するなら早めにした方がいいだろうな」
「ふむ。正直、にわかには信じ難い話しだな。
 貴殿が賊を捕らえた、という話しだが、貴殿には悪いが、私には貴殿がとても賊の一団を倒せるほどの実力があるようには見えないのだが?」

 そう言うと、セリカは訝しむ様子を隠そうともせずに、俺に疑念の眼差しを向けて来た。
 分かる。俺みたいなヒョロっとして男が、数十人からなる賊の一団を壊滅させましたといって、果たして誰が信じるだろうか?
 事実、俺自身は低ステータスのクソ雑魚なわけだからな。
 しかし、どうやって説明したものか……

 ソアラが話したのはあくまで経緯についてだけで、俺が如何にして賊を討伐したかについては話していなった。
 ここで、黒騎士かエテナイトを出して実演出来れば話も早いのだろうが、こんな狭い場所では黒騎士どころかエテナイトすら取り出せるスペースもない。
 せめて、クマのぬいぐるみでもあればよかったのだが、リュクは宿に預けてしまっていて、ソアラに見せた小型のクマのぬいぐるみは、チェストボックスの中である。
 結局、俺の代わりに戦闘用の人形を操って賊を倒した、と正直に話して説明をする他なかった。
 言葉だけでの説明になってしまったが、そこは話したがりのソアラが臨場感たっぷりに、その時の様子を身振り手振りを交えて話してくれたおかげで、セリカも半信半疑といった感じではあったが、一応の納得はしてくれた。

「ふむ……話を聞けば聞く程、信じられないことばかりだが……
 仮に今の話しがすべて真実だと仮定して、どの辺りに置き去りにしたか分かるか?
 一応、地図がここにあるが……」

 そう言って、セリカがどこからかゴソゴソと大きな地図を取り出し、テーブルの上に広げて見せた。

「ここだな」

 俺は迷うことなく、ある一点を指さした。
 土地勘なんて全くないが、俺にはオートマップがあるからな。俺が一度歩いた場所は、自動的に地図として記録されて行く。
 しかも、賊を放置した場所には目印としてピンを打ってあるので、あとは、セリカの出した地図と俺のオートマップを見比べて、ピンが打ってある場所を指さすだけだった。
 のだが……

「そんな馬鹿な話があるか」

 と、やや険しい声で一蹴されてしまった。

「先ほどの話しでは、賊を捕らえたのは今朝のことだと話していたな? 60エルメルも離れた場所から日中に街に着いただと?
 訓練した軍馬を使い潰す覚悟で走らせて、丸一日掛かる距離だぞ? そんな話しが信じられるか」

 セリカの言う、60エルメルが如何程の距離なのか分からないが、仮に、ドーカイテーオーが時速100キロメートルで一時間走っていたとすれば、単純計算で100キロメートルは離れていることになる。

 確かに、馬の脚で考えたら死ぬ気で走らせでもしない限り、辿り着けなさそうな距離だな。
 これは、普通に馬で移動したら二日は掛かりそうな距離だ。

 ちなみにだが、馬での移動と聞くとなんだか早く遠くに移動出来る、というイメージがあるが、実際はそうでもないらしい。
 馬が一日に無理なく移動できる速度と時間は、大体平均時速5~6キロメートルで八~一〇時間程、つまり大体40~60キロメートル程度なのだそうだ。そんなことを昔ネットか何かで見た覚えがある。
 勿論、これは馬の種類や道路状況、気候などで大きく変わってしまうので一概にはいえない数字だがな。

 それを考えれば、まぁ、セリカの反応も頷けるところだ。

「まぁ、特殊な方法で移動したからな」
「特殊な方法……?」

 これについても、俺が簡単に説明したあとで、ドーカイテーオーが如何に怖く危険な馬だったかを、ソアラが感情を込めて説明してくれた。
 話しているうちに、その時の感覚を思い出したのか、ソアが顏を真っ青にしていたな。

「……はぁ、騎士の人形だの鋼の馬だの、まったく理解が追い付かないが、ここで嘘だと断じても仕方あるまい。
 なんにせよ、賊をこのまま放置しておくわけにはいかないが、しかし、な……」

 放置はまずいと言いながら、どこか歯切れが悪くセリカが言葉を詰まらせる。

「何か問題でもあるのか?」

 不思議に思いそう尋ねると、セリカは渋い表情を浮かべ、しばし逡巡。
 しかし、待てど暮らせど、中々その口が開かない。
 
「……セリカ。ここは一つ、スグミ殿に協力を申し出るのはどうだろうか?」

 それに業を煮やしたのか、イオスが先に口を開いた。

「正気か? 今知り合ったばかりの一般人だぞ?」
「だが、信頼は出来る。
 ソアラを賊の手から救ってくれたこと、あまつさえ、ソアラがエルフであると知った上で、危険を承知で街で協力者を探し、村へと帰す方法を探してくれていた御仁だ。
 それだけで信頼するには十分な理由だろう。それに腕も立つようだしな……
 今の俺たちには、信頼が出来て腕も立つ、そんな協力者が喉から手が出る程に必要なのではないのか?」
「それは、そうだが……」

 イオスの言葉を肯定しつつも、踏ん切りがつかないのか、俯き加減でまたしてもしばし考え込むセリカ。

「……はぁ、致し方なし、か」

 少し悩み、ため息交じりセリカはイオスの提案を受け入れた。 
 ただ、了承はしたが納得はしていない感はアリアリのアリだったけどな。

「……これは貴殿を信用して話すことだ。くれぐれも、他言無用で願いたい」
「ん? ああ、分かったよ」

 そう前置きして、セリカが射殺さんばかりの真剣な視線で俺を睨むのだから、俺も居住まいを正して真剣な表情を浮かべてそれに答えた。
 実際、協力するかどうかは、話を聞いたあとにでも決めればいいしな。

「……実は我々は、女王陛下直轄の特殊な騎士隊でな。
 その性質上、信頼の置ける極限られた僅かな騎士のみによって構成されている。その為隊員が少なく、正直、我々に他に手を回すだけの余剰人員はいないのだ」

 詳しく聞くと、セリカたちエルフ拉致事件捜索班(仮称)は、極秘裏に行動している特殊部隊なのだそうだ。
 そのため、その活動は同じ騎士団の中でも秘匿されている、とのことだった。

 で、彼らの調査によると、エルフ拉致事件に深く関与していると思しき人物がこの街にいるらしい。

「恥ずかしい話しだが、どうやら騎士団の中に内通者がいるようでな……
 そちらの調べも進めてはいるが、人手が足りないうえに向こうも器用に尻尾を隠していてな……
 誰が味方で、誰が敵かも分からぬ現状では、我々がこの街で活動していることがバレること自体、あまり好ましいことではないのだ」

 だから、この街の騎士団にも救援要請が出せない、と。
 まぁ、この街の騎士団とその犯人とやらが繋がっていたら、目も当てられないからな。
 なるほど、理解した。

「一応、犯人ホシにアタリは付けているのだが、確証がない現状ではこちらから動くわけにもいかず、膠着こうちゃく状態がかれこれひと月程続いているのが現状だ。
 ここまで出来て、我々の動向を向こうに知られるわけには行かん」

 要は、セリカたちも動きたくても動けない、という状況のようだ。
 そこでふと、俺の脳内にちょっとしたアイデアが浮かんだ。

「なぁ、ちょっと提案いいかな?」


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